第17話 6月10日 水曜日③

 五時間目、六時間目を終えてさらにホームルームのあと教室の掃除を終え校門を出た。

 今日、理髪店は休みだった。

 登校時間のときはまだ理髪店の営業時間外で気づかなかった。

 定休日じゃなくても休む日もあるか。

 左側の新築のアパートの工事現場では作業員の人たちが足場の上で一生懸命に働いていた。


 休む人がいれば働く人もいる、長い人生、多少は休んだっていいのかな? その問いの答えは僕にはわからない。

 今日はコンビニ寄らず学校から「ブランデンタルクリニック」のところまで一直線に進んだ。


 そこで右折して調剤薬局のところ行くと、あの娘がすでに電話ボックスにいるのがわかった。

 心が高揚はずんだ。

 もうどこかに電話をかけたあとだろうか? 彼女は僕が電話ボックスに近づいていくのに合わせて彼女も電話ボックスのドアをすこしづつ開いた。

 ちょうど僕が電話ボックスの前についたと同時に彼女はまた電話ボックスのドアに挟まった。


 「やっぱり誰かと話せるっていいね?」

 

 誰かと話し終えたあとか? もう公衆電話には慣れたみたいだ。

 

 「使いかた覚えたんだ? んで、昨日言ってたこと今日学校で調べてきたよ」

 

 「おっ?! 仕事早いね~」

 

 僕はなんだか”できる人”みたいに思われて嬉しくなった。

 

 「まずは11のあとの1ね」

 

 「うんうん」

 

 そううなずく彼女のスクールバッグには「L」というアルファベットのキーホルダーがあった。

 今まで見落としていたけれど、そのロゴ、Ludeのキーホルダーだったんだ? 秋山さんがいっていたように流行に敏感な女子ならLudeを先取りするのかもしれない。

 彼女もやっぱりふつうの女子高生なんだ。


 たぶん僕が最初に会ったときもこのキーホルダーをつけていたんだろう。

 そもそも僕がLudeの存在を知らなかったからな。


 「つまり111の電話番号のことね」


 僕が身振り手振りで伝えると彼女は僕の一挙手一投足を真剣に見てくれた。

 

 「うん」

 

 「111は折り返しの番号」

 

 「折り返しって?」

 

 彼女はきょとんとして目を丸くした。

 

 「111にかけると自動で折り返し電話がかかってくるんだって」

 

 「怖っ?! わ、私それ系苦手なのよ」

 

 怖い話が苦手って? 意外ってわけでもないか? なんとなく僕の心がまたそわそわした。

 彼女にだって怖いものがあって……いや、やめておこう。

 

 「そういう機械的なシステムなんだよ。幽霊とかじゃないから」

 

 きみは知らないかもしれなけど心をなくした人間より怖いものなんてないよ。

 

 「おっとぉ」

 

 彼女は――おっと。の”と”の語尾を上げた。

 

 「ならいいよ。つづけて、つづけて」

 

 いわれた僕は順番に「112」「113」「114」がどこに繋がるのかを伝えた。

 彼女は「ほー」とか「おー」とかリアクションをとる。

 なかでも電話機が壊れてるのかどうかがわかる「113」に感心し目から鱗を落とした。

 

 「んで115は電報ね」

 

 「電報ってあの結婚式とかの?」

 

 「そうそう」

 

 「結婚ってさ……」

 

 彼女はそこでいい淀んだ。

 

 「いや、ううん、いいや」

 

 何?って訊こうと思ったけれど僕は冷静に諸事情で収めた。

 

 「そういや111の怖い話もあったな」

 

 僕はさっき隠していた「111」にまつわる別の都市伝説も引っ張り出してみた。

 話題を変えるのにこの選択は間違いだったかもしれない。

 

 「ガ、ガクブル」

 

 言葉でガクブルといわれてもいまいち怖がっているようには思えない。

 でも、上手くこの場の空気を変えられた気がした。

 本当に怖い都市伝説を披露するつもりはないから軽めの話で抑える。

 彼女を怖がらせたいわけじゃないんだ。

 ただ、すこしだけ距離が近くならないかな?とかの淡い期待だった。


 クラスの男子が夏場に女子を集めて怖い話をしてたけれどこういう感覚なんだろうか? リアクションが嬉しい?みたいな。

 彼女は”結婚”という言葉に何を隠したんだろう? そしてまた電報の「115」から後半の番号の「116」「117」「118」「119」までを教える。


 彼女はまた「へー」とか「ほー」と言っていた。

 「117」に関しては昨日電話かけたし、で終わった。

 これで昨日、僕が彼女に頼まれた約束は果たした。

 

 でも考えようによっては明日会う理由がなくなった、ともいえる。

 約束の力がないとすこしだけ不安になる。

 

 「よし。じゃあ私の1パワーで111にかけてみよう」

 

 怖いっていってたわりには乗り気だ。

 さっきの都市伝説で逆に興味を持たせてしまったかもしれない。

 まあ、「111」は人工的な機械のシステムだから。

 

 「1パワーでたりるかな?」

 

 僕もすこしだけ話に乗ってみる。

 

 「たりなかったら私のテレホンカードの2パワーでも3パワーでも使っていいよ」

 

 あっ、僕は今日まだ菊池さんに電話をかけてなかった。

 いつの間にか僕はこの瞬間を楽しんでいた。

 いつ以来だろう? 時間を忘れて楽しいなんて思ったのは。

 

 「ごめん。諸事情でちょっと電話かけなきゃ」 

 

 「あっ、そうだね。うん。いいよ」

 

 僕は制服の内ポケットから生徒手帳を出して中に挟んであった残り「10」パワーのテレホンカードを出した。

 

 「……にしかわたくみ……S町の?」

 

 彼女に突然名前を呼ばれて驚いた。

 

 「えっと、そうだけど」

 

 なんで知ってるんだろうと思ったけど僕自身が僕の名前が載っている生徒手帳の表紙裏ひょうしうらのページを開いているのが理由だった。

 

 「東西南北の西に難しくないほうの川。拓海は手偏に石と海で西川拓海。だけど」

 

 「へ~」

 

 彼女の声のトーンが弱まった。

 

 「家ってこのへん?」

 

 「ここからでも屋根だけ見えるよ。ほらあの青い屋根の家」

 

 つい答えてしまった。

 

 「……」

 

 彼女はまた沈黙した。

 

 「ここから屋根が見えてるのに電話ボックスで電話するなんてやっぱり諸事情だね?」

 

 「うん。ま、まあ、ね」 

 

 昨日の前言撤回をさらに撤回する。

 諸事情は便利だ。

 僕の複雑な事情を言わなくていいから。 

 

 「じゃあ、電話してくる」

 

 「うん」

 

 電話ボックスに半分入っていた彼女は彼女のものではないけどドアを開いてそのドアを僕に渡してくれた。 

 いつもどおり菊池さんに電話する。

 今日も母さんはあまりよくなかった。

 でも、いつもこんなときは心がドンと沈むのに今日は違う。


 僕は菊池さんと空っぽの話をしていた。

 電話ボックスから五メートルくらい離れた歩道で石ころを蹴っている彼女をなるべく待たせたくなかった。

 彼女といってもそれは三人称の「彼女」のこと。

 

 うわのそらで話しを終えたテレホンカードの残りのパワーは「9」になっていた。

 公衆電話から出てきたテレホンカードの「10」の右側に新しい穴がある。

 いよいよ百円をきったか。

 電話を終えて彼女のところに行くと彼女は僕を笑顔で迎えてくれた。

 

 「もう行かなきゃ。じゃあ、また明日……」

 

 読んでいた本のつぎのページが突然なくなったような急な反応に思えた。

 気のせい? 本当なら僕が電話しているあいだに帰っていてもいいはずなのに。

 でも電話が終わるまで待っていてくれた……。

 考えすぎか。

 

 彼女にも都合があるだろうし。

 それに、たしかにまた明日って言った……。

 彼女はまた明日もU町からここにくるんだろうか? 彼女はまた道の駅へのほうへと歩いていった。

 その背中がすこしづつ遠ざかっていく。

 「また明日」は約束なのだろうか?

 

 そういや彼女は僕の名前を知っているけど僕は彼女の名前を知らない。

 U町の女子高生なのは確かだと思うけれど……。

 知りたいけど不躾ぶしつけ詮索せんさくはしない。

 

 僕があとひとつ彼女のことで知っているとすればLudeが好きということだ。

 僕は「9パワー」を使って「117」の時報に電話をした。

 今の時刻は四時三十五分。

 家に戻って大納言でアルバイトだ。

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