第4話 6月8日 月曜日④

 あまりに突飛な発想だ。

 「現役女子高生が全力で電話ボックスから電話をかけてみた」は「現役女子高生が全力で電話ボックスから電話をかけようとしたけどドアが開かないから男子高校生にギャグふう訊いてみる」になった。

 

 どうやら企画変更らしい。

 けど、鍵って? 僕に鍵を貸してほしいということ? でも、あいにく僕は鍵なんて持っていない。

 それに僕が鍵を持っているのだとしたらこの電話ボックスの管理人は僕ということになってしまう。

 さすがにただの一高校生にそれはないだろう。

 

 「ああ、それはこの取っ手を持ちながら右にずらすようにして押すと開くよ」

 

 僕はちょっとしたコツととも電話ボックスのドアの開けかたを教えた。

 ドアはバネのようになっていて僕が手を放した途端そこそこのスピードで閉まってしまうからいちおう僕の手は電話ボックスのドアに添えたまま。

 

 「へ~。鍵はいらないんだ~」

 

 その娘はドアに手をかけて電話ボックスの中へ一歩踏み込んだ。

 僕はもういいだろうと思い途中で手を放した。

 でも、その娘も同時に手を放していた。

 

 「あっ」

 

 思わず声がもれた。

 急激なドアの反発はまるで伸びたゴムが戻っていくようだった。

 その娘はドアと電話ボックスに半分挟まってしまった。

 

 「あの、大丈夫ですか?」

 

 せっかく僕が心配したのにその娘は声をだしてけらけらと笑っていた。

 まあ、怪我をするほどの勢いでドアがしまったわけじゃないし。

 その娘も反射的に手のひらを交差させてドアを受け止めているからそんな大事にはなってないだろう。

 

 もっとも電話ボックスを造る過程で使用する人が怪我しなようにという配慮はなされていると思う。

 最近は電話ボックスの数が激減しているらしいけれど電話ボックスを使ってしょっちゅう怪我人が出ていたらこんな数の電話ボックスが全国に普及するわけがない。

 

 「なにこのドア~。戻ってくるんだ~」

 

 そりゃあ戻ってくるって。

 まあ知らない人は知らないか。

 どうやらその娘は扉を開くとその場で固定されて止まると思っていたみたいだ。

 

 それがツボにはまったのか彼女は電話ボックスから出ては途中で体を挟んでけらけらと笑う。

 また電話ボックスから出ては半分挟まるを繰り返した。 

 面白いことがあったら何度も同じことをする子どもみたいだ。

 何度目かのときだった。

 

 その娘はわざと体半分をドアに挟みながら僕に向かって――これどうやって使うの?と訊いてきた。

 そもそもきみはこの電話ボックスで電話をかけるためにきたんじゃないの? 僕の疑問は正しいはずだ。


 ここは町の中心からすこし外れた場所でほとんど人は通らない。

 今でもここに電話ボックスがあるのはかつて駅だった名残だ。

 最近だと災害時に役立つからというのはあるかもしれない。

 廃駅巡りが趣味の人か公衆電話で電話をかける以外ここにくる理由は見当たらない。

 

 僕はS町のなかで公衆電話が置いてある場所を四カ所知っている。

 ここからわりと近い「道の駅」にも公衆電話はある。

 でも正直あそこの公衆電話は使いたくない。

 設置場所が「道の駅」の入り口のすぐ傍だしトイレまでの導線にある。

 

 なんにせよ人通りの多い通路に公衆電話が置いてあるから、会話の内容が筒抜けになってしまう。

 あまり人に聞かれたく内容はこういったガラス張りの電話ボックスで話すのがいちばん。

 ことさらここ最近のS町は化石関連の影響で来訪客が増えてきているのに町はずっとあの場所に公衆電話を置きつづけるんだろうか? しかも電話のうしろや横の掲示板には化石関連のイベントや宣伝のポスターなどが貼ってあって立ち止まって見ている人も意外と多い。


 観光客と通行人と止まる人が集合する場所に公衆電話を置くのはどうかと思う。

 だから僕は消去法でこの通称「旧駅前電話ボックス」を使っていた。

 通称とはいってみたけれど誰も通称はしていない。

 僕が勝手に名づけただけだから。


 「えっと、まずは」

 

 僕がそういったそばから彼女は体を小刻みに震わせ体半分で笑っていた。

 とりあえずその態勢をなんとかしてほしい。

 

 「いったん外に出てよ?」

 

 「うん。わかった」

 

 どのみち僕らは大人じゃない。

 とはいえ高校生ふたりだ。

 それだと電話ボックスには入れない。

 入ったところでぎゅうぎゅうになっておそらく受話器も上げられないだろう。

 となると彼女が公衆電話の前に立ち、僕がドアを押さえてうしろから指示するのがベスト。

 

 彼女は大人しく電話ボックスから出てきた。

 彼女はまずもって公衆電話の初心者だ。

 さっきまでの不思議な行動の数々、まあドアに挟まって笑うのを抜きにしてだけれど……。

 あれは「てへぺろ」ってわけじゃないし「ドジっ娘」ってわけでもない。

 いたって大真面目にやっていたこと。

 本当に公衆電話の使いかたがわからなかったんだ。

 

 うん、わかるよ、その気持ち。

 僕だって最初はぜんぜん使いかたがわからなかったから。

 ただゆいいつ僕には最初から使いかたを教えてくれる人がいたから見様見真似でスムーズにできた。


 まさか僕が誰かに公衆電話の使いかたを教える日がくるなんて思わなかった。

 僕は片手でドアを押さえて――どうぞ。と彼女を電話ボックスの中へ誘導した。

 

 「まずはその電話の受話器を持って。えっとその紐がついてるさきの部分のことね」

 

 本当に公衆電話を知らないなら受話器さえわからないと思ったから前もって説明しておく。

 

 「さすがにそれはわかりますよ~」

 

 なぜか丁寧語で返してきた。

 彼女は受話器をとって耳に当てる。

 耳にあてる部分と会話する口元の部分が逆だったなんてことはない。

 それをやったらさすがに狙ってるってわかってしまうから。

 

 しかも受話器を逆に持った場合は構造上紐が邪魔になって使いづらい。

 ここで僕はやっぱり彼女は本当に公衆電話の使いかたがわからなかったんだなーと思う。

 それでいながらこの公衆電話を使いたがっているのは本当だ。

 受話器を手にしてからあとの使いかたは彼女ひとりでもなんとなくわかるかもしれない。


 「じゃあ。まずお金入れて」

 

 「了解しました」

 

 なぜだかすごくニコニコしている。

 

 「誰かと話せるっていいね」

 

 やっと電話ができる見込みがついて笑顔になったみたいだ。

 連絡をとりたい相手に連絡をとれるっていうのはやっぱり嬉しいはず。

 彼女は公衆電話の上にスクールバッグを置きバッグの中からカラフルな花柄がプリントされた「がま口」の財布をだした。


 「がま口」の財布を使う高校もめずらしい。

 失礼かと思ったけれど、それS町の大型スーパーの百均にも売ってた気がする。

 彼女は「がま口財布」の「がま口」の上で密着していた球体と球体を指で弾いて財布を開いた。


 財布の中で窮屈そうに四つ折りになっていた千円札を手にするとテレホンカードのところに挿入れようとしている。

 おっ、たしかにそういう発想もあるかもしれない。

 やっぱり公衆電話の初心者だと確信する。


 「あれ? 入らない。そっか広げないとだめか~」

 

 紙幣さつを広げても折ってもどんな形に変えても意味はないから彼女が千円を広げて試す前に早めに止めないと。

 

 「いや、あの、その電話に千円札は使えないんだ」

 

 「えっ?! そうなの。でもこの薄い隙間になら絶対入るでしょ?」

 

 う~ん、そういわれればあながち間違いじゃなかもと思ってしまう。

 けれどテレホンカードは紙だろうか? 硬貨じゃない点でいえば紙の部類かもしれない。 

 でもあれは磁気だ。

 形状でいえば薄くてたいらなのは一緒だけどよくわからない。

 

 なんにせよ物理的に入るか入らないかは別として、そのテレホンカードを入れるところに紙幣は入らない。

 だって公衆電話とはそういう構造だから。

 と、思いながら僕も試したことはない。

 じっさいやってみたらスルっと電話の中に入っていったらどうしよう? まあ、そのときはそのときで素直に謝ろう。

 

 「ちょっと貸して」

 

 僕は体を前のめりにして電話ボックスにすこしだけ割り込んだ。

 試しに千円札を入れてみる。

 物理的に千円札のさきは入ったけれどやっぱり何もおこらなかった。

 だよね。

 

 「ほら?」

 

 「本当だ」

 

 「ちなみに五千円も一万円も入らないから」

 

 これは知人にきいたことがあるから知っている。

 五千円札と一万円札が無理なら、やっぱり千円札が入る確率も低いだろう。

 

 「二千円は?」

 

 えっ!?

 その存在さえ忘れていた。

 

 「いやそれ」

 

 僕がつぎの「は」を言おうとしたときだった。

 

 「入るわけないよね。千円も五千円も一万円も入らないのにさ。冗談」

 

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