第2話 6月8日 月曜日②

 交差点まで進むと僕が今いる場所の右側つまりこの歩道の対面に大手のコンビニがある。

 僕の真横はカラオケを兼ねたスナック。

 スナックは町の人がそう呼んでいるだけで都会ではラウンジという名前らしいけど詳しいことは僕にはわからない。


 結局のところカラオケ設備があるのにお酒を飲む人しか店に入店はいれないから僕らのような高校生は町の中央にある橋を渡って、さらにそこから三、四百メートルほど歩いた場所のカラオケを利用するしかない。

 そういや高三になってから一度もカラオケに行ってないな。


 二年生のときにクラスのみんなで体育祭や学校祭の打ち上げをやったのが懐かしい。

 ひっきりなしに車が通る国道の十字路の交差点を前にして僕は直進するか右に曲がるかを考えた。

 結局どっちにいってもそこには着くけれど。


 S町自体、進化してるとは思うけど新しいものと時代に取り残されたものが同居しているみたいだ。

 僕はどうだろうか? 高校三年生でちょっと時代に遅れてしまったような気がする。

 ふと今が何時か気になった。


 けれど気にしないように努める。

 そこでまた思う。

 ないならないでどうにかなる、と。

 学校をでたときに生徒玄関の時計で確認した時間は三時四十五分だっけ?  あってるかあってないかはわからないけれど僕の体内時計で今の時間を計ってみる。 

 あれからの時間の経過を考えてみる。

 プラス七、八分くらい? まあ十分は経ってないだろう。


 目の前にある国道の左右の歩道には「斜め横断禁止。信号を渡りましょう」という黄色い看板と交通安全のスローガンが何百メートル置きかで立っている。

 看板には何年何組のあとに発案者の名前があって、そのあとに渾身のスローガン。

 小学生にハッと気づかされることも多い。


 こんなふうに看板があるってことは斜め横断をする人が多いってことなんだろう。

 年に何回か斜め横断が原因の事故の話もきくし中には亡くなってしまう人もいる。

 そんな大きな事故だったら、このS町から約三十キロさきにあるK市の大きな総合病院で治療するしかない。


 たしかにS町には横断歩道を渡るより今いる場所から道路を渡ってしまえば早く着くという場所はたくさんある。

 現状の僕もそうだ。

 斜め横断すれば早くコンビニに着くけど、それはやめて交差点の信号機のところまで進む。


 体を四十五度回転させてラウンジに背を向け、信号が青になるのを待つ。

 目の不自由な人にもわかるように信号機のどこかで機械的な鳥がきはじめた。

 僕はきちんと横断歩道を渡ってのぼり旗とのぼり旗のあいだからコンビニの駐車場に入った。


 大手のコンビニだというのに町とタイアップした化石で町おこしの宣伝文句が入った旗がいくつも立っている。

 それはまるで正式な入口以外を封鎖する車止めのようだ。

 僕のこの考えは意外と正しいかもしれない。


 バタバタと風になびいている「ようこそ化石の町へ」の旗はちょうど車が入れない間隔でコンクリートの土台に差さっている。

 でも化石の町って。

 名乗ったもの勝ち? もともと貴重な断層のある町ではあったけど数年前にたったひとつ珍しい化石が発掘されただけなのにいつの間にこれほど化石を推す町になったんだろう? ただ「化石の町」という言葉が自体が町全体が化石になってしまったようで終わってしまった町のように感じる。

 役場の中に誰かそれを止める人はいなかったんだろうか?


 僕は「お客様専用駐車場」の大きめ字とその下にある「お客様以外の駐車を禁止します」の小さな注意書きのある看板を抜けてコンビニの入り口まで進む。


 軒先の左斜め上には防犯のための監視カメラが備えつけられている。

 カメラは「一般家庭のごみの持ち込み禁止」のプレートともに「ビン」「カン」「ペットボトル」「紙くず・割り箸」「プラスティック類」と五つに分別されたごみ箱と玄関の様子を撮っていた。

 ごみ箱からはすでに割りばしや弁当の容器なんかが溢れている。

 ここでまた疑問だ。


 弁当の容器は店内で食べて捨てる以外はぜんぶ持ち込みなんじゃないか、と。

 けれどイートインスペースのある店舗以外で弁当を食べている人は見たことがない。

 僕が駐車場に入ったときから停まっていた車のドアが急にばたんと開いて、すぐにまた、ばたんと閉まった。


 車から降りてきた人はここのコンビニのロゴが入ったビニール袋を手首から提げていて缶コーヒーの飲み口を上下の歯で噛んでいる。

 その人は僕の横にあるごみ箱にまっすぐ近づいてきた。

 目的はごみを捨てるためしか考えられない。


 その人がブラックコーヒーの缶をごみ箱の「カン」のなかに放り込むとごみ箱の中でからんからんと音がした。 

 手首に提げているビニール袋は「プラスチック類」のところに押し込み、また車の中に戻っていった。


 僕の疑問の謎はすぐに解けた。

 コンビニで食べ物を買った人が駐車場に停めてある車の中で食べてそれをごみ箱に捨てることもあるんだ。

 まったくもって正しいコンビニのごみ箱の使いかただ。

 すくなくともここのコンビニで買ったものを食べて出たごみだ。

 「一般家庭のごみの持ち込み禁止」にある一般家庭のごみじゃない。


 ごみ箱の中にビニール袋ごとプラスチックの容器を押し込むのは正解なのかどうかはわからないけれど……。

 ただひとついえることはポイ捨てはしていないってこと。

 空き缶に関してもそうだ、マナーは守っている……の、だろう。


 車に戻っていった運転手は顔全体を覆うようにタオルをかけてハンドルに足を乗せ天井を見ていない・・・・・けど天井を見ている。

 マナーはどうだろう? 誰にも迷惑はかけていないのだから守っているはずだ。

 その光景を見た人が不快に思うか思わないかがマナーならば僕はその運転手はまだマナーを守っている人だと思う。

 人の心を踏みにじることをしたわけじゃないから。


 店内に入るとすぐ左の角にこのコンビニの親会社が運営している銀行ATMがあった。

 今もそこでなにか操作をしている人がいる。

 店内に入って右側は書棚だ。

 トイレの手前までつづく本棚はファッション誌からはじまってコミックスの棚で終わる。


 レジを確認すると左側のレジにお客が三人ならんでいた。

 右側のレジにはお客ふたりがならんでいる。

 左側のレジの店員はレシートにスタンプを押していた。

 中年女性のお客が何かの支払いをしたんだろう。

 そのうえまだ手にカゴを持っている。

 このあとに商品の清算か。


 一緒に支払いをしたほうが効率がいいのにと思ったけれど、その人の子どもらしき女の子がかわいい動物パッケージのチョコを中年女性が持つカゴの中に入れた。

 なるほど持っているカゴは現在進行形で買い物中か。

 

 僕はレジに用があるからすこし待たなくちゃいけない。

 とりあえず店内を回って時間を稼ぐ。

 書棚のある通路をまっすぐ進むと突き当りにトイレがあるからトイレの手前で左に曲がって冷凍食品が置かれているガラスケースをながめる。


 右側のレジ前にあるアイス売り場にはないたくさんのスティックアイスが入った箱アイスがあった。

 ソーダバー、チョコバー、フルーツアイスのパッケージを前面に押し出したアイスのアソートなんかも売られている。

 それにコンビにのオリジナルブランドのアイスまである。

 アイス類の横は冷凍のおかずなどの冷凍食品コーナーだ。


 ここにもコンビニのオリジナルブランドがあって僕は「本格炒飯」を見ている。

 ラーメン屋さんの炒飯にも負けないというキャッチコピー。

 それはどうだろう? 僕の尊敬する人の作る炒飯は最高に美味しいから。

 「本格炒飯」のパッケージは余白の多い簡易的なデザインで必要最低限の写真だけしかない。


 にしても値段はわりと高めだ。

 仮に味が悪いとしたら割には合わない。

 母さんならこんなのは絶対に買わないだろうな。

 節約を心がけていていつもスーパーの安売りを狙っていたから。

 

 僕はそこからまたガラスケースの中にある唐揚げや餃子なんかのおかずをながめた。

 やっぱりどれも簡易的なパッケージで統一性がある。

 ジュースの棚では裏から飲み物を補充している人と目が合って、僕はとっさに視線を逸らした。


 なんとなく申し訳なく思ってしまった。

 僕はここぞとばかりに雑貨とカップ麺がお見合いをしている棚のあいだから左側のレジの様子をうかがう。

 まだ客がならんでいた、どころか増えていた。

 今レジの前にいるお客はここのコンビニで使える電子マネーのカードをだしたあとに現金をだした。

 これからチャージか。


 しばらくして店員がレジの前にコーヒーカップを置いた。

 セルフコーヒーも追加で頼んだんみたいだ。

 まだまだ時間がかかりそうだ。

 僕はそのまま直進してプリンやゼリーの置いてある棚を左に回ってエクレアやクレープ、シュークリームのあるザ・洋菓子のスイーツゾーンから正面のレジを見る。


 お客がいない、と思っているとチキンやポテト、フランクフルトなんかのホットスナックと中華まんが入っているガラスケースのあいだに「休止中」の札が見えた。

 右側レジはいつのまにか無人になっていた。

 おそらく店員さんはレジの横のカーテンの奥に引っ込んだんだろう。

 

 あまり待ってもいられない。

 僕はコンビニの真後ろにあるアナログ時計を見た。

 四時二分、か。

 すこし不安だけど、まだ残りがあるから大丈夫だろう。

 

 僕はコンビニの中で元きたルートを引き返した。

 途中で二、三人の客とすれ違ったけれど、そのままコンビニの入り口のドアを開いた。 

 店員さんは忙しそうにしながらも僕をチラっと見る。

 それでも「ありがとうございました」の挨拶はしてくれた。

 僕は――こちらこそお世話になりました。と、聞こえないように言った。


 もしかしたらあなただったかもしれないし、今は奥に引っこんでいるあなただったかもしれないし。


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