豪腕の女王陛下は贈られた王子の熱愛が分からない

豆ははこ

第1話

「……貢ぎ物?」


 メイド長と執事長が揃って面会を申し入れるから何事かと思えば。


「そんな物はいつもの様にお前達から返しておいてくれたら良かろう?」


 そう、この国は非常に特殊な国で、あらゆる種族の人権を認める国。その分、周辺の国とは一応の国交は樹立しているが積極的には外交は行わない。そんな国。然しながら、周辺国はこの国と近付きたがっていた。

 豊富な資源、豊かな土壌、多種多様そして優秀な人材。そして何より豪腕と呼ばれる魔力体力そして知力に長けた美しい女王が治める国であるから。


 今日も今日とて、寄越よこすなと常日頃から伝えているにも拘わらず周辺国からの贈答品が届いたらしい。


 おかしいな、と女王陛下は思う。

 心技体どれをとっても完璧、しかもこの点だけは求めた訳でもないが誠に美しい容姿の執事長とメイド長とが相手方に安全確実に自動返送する魔法術式を掛けているのに、と。

 しかも、二人連れだっての陳情は初めてではないか?

 まさか、周辺国からの一方的な開戦通知か?


「いえ、陛下。開戦通知ではございません。敢えて申し上げますなら、生命、生物に存じます」

 主の疑念を晴らすべく、執事長が答えた。

 成程、生物。

「害は無いのか」

「ございません。むしろ、保護が必要かと存じまして、御前に奏上仕りました」

 そうか、小さき魔獣か。かわいそうに。

「城下の子供達が自由に見学できる魔物牧場に入れては? ああ、必ず魔獣医師に診せてやりなさい」

「いえ、陛下。それはなりません」

 今度はメイド長。


 何故。

「……理由をしても?」

 ああ。お聞かせ、ではなくお見せ、なのは何故なのかとは思ったが、

「……済まない。合点がいった。理解した」

 ……見た。理解はした。しかし。


「これは?」

「はい。ぎりぎり生かされる様に、と工夫された豪奢な箱に擬態した人の生命力を奪う魔道具の中に押し込められておりました。首輪の呪術は消滅させてございます。僭越ながら我々で治癒魔法を掛けまして、回復してはおりますが、取り急ぎ陛下にご確認頂いた方がよろしいかと存じました」


 確かに。生物。しかし。

「首輪を付けられた人、子供に見えるのだが」

「はい。送り状を拝読いたします」


 我が国からの貴国への属意の証明。王子に存じます。同時に我が国はこの存在に関する全ての権利を放棄いたします。どうぞご随意に。全ては我が国からの害意無き証。女王陛下に捧げます。

 「あとは周辺国の王妃の直筆に、王配として押されました玉璽。以上です」

 

 「清めの儀式をしてから燃やしておく様に」

 「畏まりました」


 腸が煮えくりかえる内容の送り状への対処を命じた後、女王陛下は視線を落とす。


 蜂蜜色の髪の毛。白い肌。絹の衣服が似合う可愛らしい男児。12、3歳か。あと数年もしたら、男女問わずを夢中にさせるであろう美貌の青年になるだろう。但し、きちんと成長すればの話だ。

 栄養、運動。恐らくそういったものをかなり排除されていた事が一目で分かる。

 美しい髪と顔にのみ掛けられた自浄魔法と絹の服はいかにも外見だけ整えました、と過剰な包装紙の様で却って女王陛下の気に障った。


「……おい、ちょっと行ってあの国を滅して来るから少しだけ待っていてくれないか? 多分、半日あればいけるから」


 普段は隠蔽している各国への転移門を開かせよ、と女王陛下が言われる前にメイド長が失礼ながら、と口にした。

「お気持ちは分かります女王陛下。然しながら、この王子殿下に確認をいたしませんと。誰と何を滅したら良いのかを」

「それだ。さすがだ」

「お褒めに与りまして光栄に存じます」

 取りあえず、浄化魔法と清潔な衣服。頼れるメイド長はやっぱり頼れる部下達に指示をした。

 同じく有能な執事長は周辺国へと諜報部隊を送る。


 それから数日が過ぎた。

「……おは、よう?」

 何年ぶりだろう、こんなに熟睡出来たのは。

 王子は回想する。

 

 国王たる父と、小国出身の第二王妃たる母の元に生まれ、幸せだったあの頃以来だろうか。周囲の面々も、自分達を大切にしてくれていた。


「王妃の許しが出ず、離宮に住まわせていて済まない。第一王子と第二王子を王太子にしてこの子は王子のままで良い、何なら爵位を与えて貴族とする事も厭わぬ、他国に婿入りさせても、と様々な案を示したというのに」

 月に1度は必ず離宮を訪れてくれた父上。

 

 寂しくなどない。仕方ないし、むしろ有難いとさえ思っていた。

 母上も「王妃様を大事になさって下さい」といつも父上に言われていた。


 第二王妃譲りの容姿に国王陛下譲りの頭脳。それに加えて穏やかさと冷静さがあると周囲に褒められる事が増えた頃。11歳の時だった。

 年に1度だけ、王妃の代わりに母が行っていた行事。父と共に母の生国に向かう事。

 その帰りに、父と母は事故に遭った。


 偶々軽い発熱があり、離宮に居た王子。

 回復した頃に離宮で最後に聞いたのは、優しい乳母とその孫である護衛騎士の声。

 

 陛下の国葬への列席は許されなかった。認められたのは、地位に対してささやかな母上の葬儀への参加だけ。


「何て事を……! それで殿下に何を!」

「いけません王妃、お止めください!」


「あんたの母の国になんか向かわれたから王は命を落とされたのよ。……王の悲願、豪腕殿が治めるあの国との対等な国交樹立の橋渡しになりなさい。名誉な事でしょう?」


 あれは、確かに王妃様の声。

 その後は多分、王宮の何処かの部屋に監禁されていた……のだと思う。

 最後に視界に入ったあの首輪。首輪から下の部位からは首輪を付けた者をあらゆる魔法や感知魔道具から阻害する品。禁じられた呪具。

 

 そうか、あの方はそれ程に父を。

 それを思うと、怒りも恨みも湧かなかった。ただ、哀しいだけ。


「さあ、王子、いってらっしゃい。あの国の豪腕の女王陛下に誠心誠意尽くすのよ?」

 いつかぶりに見た日の光。何十日? ぶりか。

 そして。

 何かに閉じ込められて、意識を失った。


「……メイド長様! 王子が目を覚まされました!」

 聞こえたのは、心配してくれているらしい声。若い声だから乳母ではない。

「……誰?」

 驚いた。声が出せた。

 首元に手を当てる……と首に触れた。

 ……首輪が、無い?


「ああ、王子様良うございました!」

 首輪の喪失に驚いていたら、美しいメイドが泣いていた。初めて見る顔だ。

 

 そう言えば、ベッドはふかふか。離宮の品よりも遥かに上等。しかも、着ていた寝衣は絹。それもかなりの品だ。……王宮の品よりも上質なのでは?


 国を出された際に無理矢理に着替えさせられた絹の礼服よりも着心地が良い。そもそも比べられない。


「貴方は、何方どなた?」

「この国のメイド長に存じます。まずはお飲み物を。果実水、炭酸水、真水、白湯とございます。どちらを好まれますか? 冷えた紅茶等はもう少し落ち着かれてからにいたしましょうね」

「か、果実水を」


 果実水。父と母と飲んだ思い出の品。寝たままでも飲める様にと曲げられる吸水具が付いていた。ストロー、といっただろうか。本の知識だ。実物を初めて見た。

 あの監禁部屋では何を飲まされていたのか、思い出せない。ただ、死なない様に、と用意されていた物だった筈だ。


「口内の浄化をさせて頂きますね。……はい、ゆるりと。果物もございますよ。りおろしがよろしいでしょうか」

 果実水はとても美味だった。

 果物は、リンゴの様だ。


「ウサギ、ですか?」

「はい、女王陛下が、もしかしたら王子がこういった形がお好きなのでは、と仰いまして。もしも皮がお好みでなければ、すぐに剥いてまいりますよ。それとも他にお好きな果物がありましたら、ご遠慮なさらずに」


「……メイド長様! 王子殿下が!」

 後ろに控えるメイド達が驚く。

 ……王子が涙を!


「泣くほどお嫌いでしたか? 申し訳ございません。……もしや、痛みがございますか?」

「違います……何故、女王陛下はぼ、私をこの様に……。私は陛下に為に贈られましたのに……」


「……メイド長、やっぱりあの国、滅して来る。あの首輪の様にぶち壊そう。……行って来ます。おやつの時間までには戻るから」

 開いた部屋の扉から声がした。


 美しい、月光の様な髪と目の女性。

 あのお方が。


「……女王陛下! 失礼申し上げました!」

 いけない。無理矢理にでも立ち上がり、頭を垂れなければ。


「……そのままで。しばらくはお休みなさい」

 驚く程に優しい声に、王子は再び目を伏せた。


 それから少ししたある日、王子のいた国の人々は月からのお告げを聞いた。


 『亡くなられた国王陛下を敬う者、美しく優しかった第二王妃を敬う者、儚い王子様を覚えている者は全て次の満月の日に、離宮の傍に来なさい。牛でも馬でも鶏でも、犬でも猫でも共に来ると良い。儚い王子様と共に、平和な暮らしをしたいならば、皆、いらっしゃい。但し、王妃には聞かれない様に。仲間同士打ち合わせたいならば、心の中でだけ、話す様に。それを守れば、皆が儚い王子様の元にいけますよ』


 ……ばあちゃん、どうする?

 ……行くに決まっているでしょう。このまま、離宮の皆にも伝えましょう。

 ……だな!


 1番初めにお月様の声を聞いたのは、王子様を行かせてしまった、と悔やみながら離宮を辞していた乳母と専属騎士。

 退職金なんて出す訳が無い! と財務大臣の部下に言われたけれど、構わない。

 王子様や皆様方を思って暮らせる生活の方がずっとまし、と細々と畑を作って暮らしていたのだ。


『王子様のお馬さん、聞こえますか?』

 お月様の言うとおり、心の中なら会話が出来る。不思議不思議、王子様が愛していた馬とまで。良い馬だからと残された、王子様とお似合いの白馬。


『……聞こえます。ありがとう、ばあやさん。離宮の全ての獣、そして王子様を知る獣全てに伝えます。お任せ下さい』


 次にお月様の声を聞いたのは、少し前までお忍びの国王陛下と第二王妃様と王子様のお買い物を見ていた城下町の皆。

 串焼きを頬張る王様と王子様。優しく見詰める第二王妃様。皆が気付かないふりをしていた。


「美味しかったです、ありがとう」

 串を返しながら微笑む王子様。


「大した物ではございませんが」

 美しい手縫いの刺繍入りの布を何枚も教会に寄付して、お祈りを捧げられ、遠慮がちに微笑まれた第二王妃様。


「財務大臣……違った、給料を監督している者が厳しくて、済まない」

 そう言われて、私費から孤児院に寄付をなされた国王陛下。

 財務大臣は王妃様の縁戚で、平民や庶民、孤児達へのお金を渋るのは皆が知っている。


 第二王妃様が正妃なら。王子様が王太子殿下なら。国王陛下と共にどんなに素敵な国にして下さるだろう。


 皆が言いたい、言えなかった事。


 お月様、あの王子様に会えるのですか。


 次の満月の晩、王妃と王妃に味方する全ての者は、何故か夕方から深い深い眠りについていた。


『心配ないよ、待ってます』


 目が覚めていた人や獣が聞いたのはあの王子様の声。


 夢でも良い。夢ならそれでも、この国よりも余程まし。


 人も家畜も何も、皆が離宮を目指していた。


 そして、満月が照らす。


 ……次の日。

「これは、どうした事だ!」

 おっとびっくり。王宮はほぼもぬけの殻。


 残っているのは王妃様と王太子二人と財務大臣とその部下に家族達、数人の騎士、一部のメイド達だけ。


「王妃様、離宮と、それから城下町に、誰もいません! 王宮も、騎士団ごと居なくなっています! 家畜も、畑も田んぼも、墓所も教会も孤児院も! 店からは物品が全て消えてます!」

 そう伝えてきたのは高位貴族達。そして、残った騎士は騎士とは名ばかりの、高位貴族の息子達。


「よしよし、皆に土地も家も仕事も食料も水も全て用意するからなあ!」

「はーい!」

 お月様のお導きの先では。


 広い領地に、たくさんの人と獣。女王陛下の国の騎士団団長が叫びます。

 

 今はまだ簡単な集団居住区だけれども、騎士団団長を初めとする腕自慢の皆がわっせわっせと働いている。


 女王陛下も騎士達も、材木を切り、土地を開墾して下さる。

 王子様の国の人々の中には早速農業にせいを出す者もいれば、屋台を開設する者も。

 この国で昔から商売をしていた皆とは、ずっと前からの仲間の様だ。

 墓所には遠距離から保護魔法を掛けて静かな高台に落ち着いてもらっている。

 国王陛下と第二王妃様は特に高い場所、花で溢れた所にいらして頂いた。


 めでたしめでたし、の裏で、一方こちらは、のこの国は。

 

 「食べ物……ああ、このパンもカビていて……」

 「果実水、とは言わないから、せめて飲める水……」

 物資の流通が停止している。

 農家も何もかもがいないから、新鮮な食材等は入っては来ない。

 主流の川の流れが代わり、新鮮な水が流れなくなった。

 魔石の備蓄も切れ、冷暖房の魔道具も全く使えない。上下水道の魔道具も。


 王妃の生国も、女王陛下の国と交易を続けたいから支援依頼には気付かないふり。


「あの国に何もしなければ、我が国は貴国との交流を止めはしない」


 各国に届いた豪腕の女王陛下からの文。

 つまり、これからはあの国を助けたりしたら、覚えてろよ、ということ。

 

 ……しませんしません絶対に!

 各国の息はぴったりでした。


 ……それから先は、皆様のご想像通り。

 地図から消えた、一つの国。


 そうそう、もしかしたら、これだけはご想像と違うかな。


 ……数年後の事。


 凛々しく逞しく成長した美青年、王子様が困っています。

 どうやら、女王陛下はお見合いを勧めておられる様です。


「王子殿下、そろそろ貴方にも婚約者、せめて候補を」

「……嫌です! 僕はまだまだ陛下にご恩をお返しできておりません!」

 今度は女王陛下がお困りです。


「……いや、正直貴方は内面も外面も素晴らしいし、体力や魔力も我が国での生活で身に付きつつある。確かにお見合い希望の釣書は女性が多いですが、もしかして同性がお好みであるならば、我が国で男性とご結婚されても良いし、同性婚を認めている善き国に婿入りされても良いのですよ」

「いえ、僕は女性が好きなのです! 理想の方は、お強くてお優しくて賢くあられてお美しくて、でも悪人には容赦をなさらない面もおありで、ちょっとだけご自分への好意に鈍感でいらっしゃるお方なのです!」


「……随分と変わったご趣味ですね。」

「自覚はございます!」

 どうしたものか、と女王はため息をつく。


「皆、聞いたか? その様な人物、どこにおるかのう」

メイド長も執事長も、これには顔を綻ばせた。


「「ご安心を、陛下。そのお方は我が国に」」

「そうか、我が国にまだ私が知らぬ傑物が!  よし、王子殿下、そのお方は必ず私が見つけてさしあげますぞ!」


「え、あ、あの……」


「ご遠慮なさらず!」


 あっという間に飛び出して行った女王陛下。速い速い。


「もう、僕のお側にいらっしゃいます!」


 あらあら、女王陛下は飛び出してしまいました。もうお姿は見えません。

 

 王子様の叫び声、いつかは女王陛下に届くかな?









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