#8 生きて来た中で一番の屈辱
目を覚めると、見たことのない部屋だった。
そして・・・
(また檻の中!?)
目の前にはまた鉄格子が見えた。
また、犬になっている?!
あの恐怖が蘇ってくる。命の危機を感じ、人間が恐ろしく感じたあの記憶。。。
「どうしたの?」
急に女の子の声が聞こえて来た。
え?
僕は声のした方向を見た。
そこには保護ランティア団体の事務所で見かけた、あの車椅子の少女がベッドに座って居た。
少女は既に寝る用意をしていたのか、寝間着を着て、
ベッドの背もたれにもたれて本を読んでいるようだった。
僕はちょっと理解が追い付かなかった。
犬に戻っている事もそうだけど、昨日の今日で何故彼女と一緒なのだろうか、と。
確か保護ボランティア団体で手続きしてたのが昨日で、
手続きやらトライアルやらで1ヶ月はかかるって言って・・・あ、これがトライアルなのか?
いや、トライアルまで少なくとも1週間はかかるって言ってたような・・・
そんな事を考えていると、
車椅子の少女が「んしょ」と言いながらベッドから車椅子へ移りこちらへやって来た。
檻の鉄格子だと思っていたものは、よく見ると犬用のケージだった。
少女はケージから僕を抱え上げ、「よしよし」と言って頭を撫でた。
以前見かけた時は生気の無い目をしていたが、
生き生きとしたとは言わないが、今の彼女は割と普通の少女の目をしていた。
僕は車椅子に座った少女の膝の上に座らされ、なすがままに頭や耳の後ろを撫でられていたが、
丁度その時、ふと見た壁にかかっていたカレンダーが見えた。
(・・・あの日から月が変わっている。)
保護ボランティアの事務所に行ったのは昨日の事だ。
まだ1日しか経っていない。しかもまだ月中だ。
なのに何故あのカレンダーは翌月のものになっているんだ?
思わず辺りを見回し、他に今日を示すものが無いか探した。
すると、勉強机の上に置いてあるデジタル時計が目に入った。
デジタル時計の時刻の下には小さな日付が表示されていたが、
その日付はちょうどあれから1ヶ月進んでいたのだ。
「「「!!!」」」
1ヶ月過ぎている。。。どうやらあの日から1ヶ月経過しているようだ。
前回は一瞬何が起こっているかわからなかったが、
今回は犬になっている、という事だけはわかる。
ただ、何故1ヶ月経過しているのかが理解できない。
何故1ヶ月経過し、彼女の膝の上に居るのかが理解できない。
とりあえず僕は少女のなすがまま膝の上で撫でられている。
きっとまた目が覚めると現実の人間の体に戻っているだろう。。。
淡い期待を胸に、とりあえず僕はこの少女に付き合う事にした。
もしすぐに戻れない場合、自分の体の事や、あの老犬の事など、
気にかかる事はたくさんあったが、自力で元の体に戻れない以上、
自然の流れに任せるしかないと思ったのだ。
撫でられてくぅーんと声を出してみたり、尻尾を振ってみたり、
愛らしい犬の動作をして見せると、少女はニコッと軽く微笑み返した。
(良かった、少しは気持ちが晴れたかな。)
折角あの犬に戻ったんだ。こうなった以上、この子が心から笑えるようにしてやらないとな。
あの虚ろな目の原因が何かわかれば、心の重荷を取り除いてあげられるんだけど。。。
僕は暫くこの家で過ごし、彼女を悩ませている原因が何か突き止める事を決意した。
彼女は暫く膝の上で僕を撫でていたが、僕がもう落ち着いたとわかったのか、
僕をケージに戻し、自分も車椅子からベッドに戻って再び本を読み始めた。
僕は目が覚めたら自身の体に戻っている事を願いつつ、ケージの中で眠りについた。
そして、一夜明け、けたたましいアラームの音で目が覚めた。
うーん・・・まだ眠い・・・
漸く重い目を開いた僕が目にしたのは、昨夜と同じケージの鉄格子だった。
(戻れなかった。。。)
犬になるのも、人に戻るのも、何が原因かよくわからない。
とりあえず『電車で寝落ち』がきっかけで無い事はわかったので、
次回からはまた気兼ねなく寝落ちする事にした。
昨夜決心した通り、元に戻れない以上、暫くは彼女の笑顔を取り戻す事に専念するしかない。
少女は目覚まし時計の音を止め、ベッドから起きだ・・・さずに二度寝!?
アカン、この子寝起きが悪い子や。
「ワンワン!ワンワン!」
僕は仕方なく吠えて少女を起こす事にした。
朝の寝起きの良さはお手の物だ。
いかんせんブラック企業勤めで、朝早くから夜遅くまで働いていたのだ。
目覚まし一つでシャキッと起きるのには定評がある。
「ワンワン!ワンワン!」
少女はまだ起きない。とりあえずケージにアタックして物音で起こしてみるか。
『ガシャン!ガシャン!』
・・・アタックはちょっと痛いのでやめた。
ケージの鉄格子に壁ドンのポーズで両手をついて、揺すって音を鳴らしてみた。
『ガシャガシャ。ガシャガシャ。』
「ワンワン!ワンワン!」
少女は眠そうな目を手でこすりながら漸く起きだした。
(毎日これだと大変だな。。。)
僕はどっと疲れが出た。明日から起こし方を考えた方が良いかもしれない。
でもこちらは犬の身だ。できる事には限りがある。
せめて一緒のベッドで寝れば、直接体を揺すったりして起こせるんだけど。
・・・いや、やらしい気持ちはこれっぽっちも無いよ?彼女のためだよ!!!
「おはよう。起こしてくれたのー?」
と言いながら少女はこちらを見た。僕はキャンキャンと言ってその言葉に応えた。
少女はベッドから車椅子に移り、僕のいるケージの上に置いてあったペットフードを取り、
ケージ内のペットフード用容器に入れた。
(う・・・そういえば今犬だった。これを食べるのか・・・)
ちょっと引いたが、生き物である以上何か食べなければ生きていけない。
そして今は犬だ。犬である以上これを食べないと生きていけない。
ここはリープの気持ちになって・・・と意を決してペットフードを頬張った。
!?
う、美味い!!!
今犬だから味覚も犬になっているのか?
それとも日本製って事で、人間が食べても美味いと感じるように美味しく作られてるのか?
理由は良くわからないが、ペットフードを美味いと感じた。
僕は勢いよく出されたペットフードに食らいついた。
少女はその様子を見て微笑み、その後自身の準備を始めた。
クローゼットから制服を取り出し、車椅子に座ったまま器用に着替えている。
いや、やらしい目で見てるんじゃないよ!?
身の回りの事を自分でしているのか気になってふと視線が無意識に向いただけ!
たまたま目の端に入っただけだよ!!!
少女は学校へ行く身支度を整えると、車椅子のまま部屋から出ていった。
恐らく洗顔やら歯磨きやら、朝食やら、朝のルーティンをこなすのだろう。
僕はものの10分ほどで出されたペットフードを全て平らげ、
ケージ内に置かれた犬用クッションの上でのんびりとくつろいだ。
満腹感とゆったり感で、僕がクッションの上でうとうとしだした頃、
時間にするとおよそ30分がたっただろうかという頃、彼女が部屋に戻ってきた。
彼女が部屋に戻ってきた音に気付いた僕は、
ケージの鉄格子前で尻尾を振りながらお座りして彼女を見ていた。
(飼い主が来るのに気付くとこういうなんだか嬉しい気持ちになるんだな。
こないだ帰った時、リープも同じ気持ちでお座りして居てくれたのかな?)
と、気持ちの昂りと共に愛犬の事が思い出され、少し寂しくも、心配にもなった。
意識を失ってから一ヶ月も経っているし、しかも生きる気力を失いかけた老犬だ。
ふとした事で気持ちが向いてしまう。
・・・?!
(やばい!!!催して来た!!!)
んー!!! スポッ。
やってしまった。年頃の少女の前でうんちをお漏らしなんて・・・恥ずかしい。。。
昔からトイレで用を足しながら考え事をしてたから、その癖が抜けないのか!?
(パブロフの犬かよーーーー)
僕は恥ずかしさで両手で顔を隠してみせたが、いかんせん犬である。
少女にはただ犬が顔を洗っているろうにしか見えなかったようだ。
少女はウフフと笑いながらも「はいはい」といつもの事のように排泄物の処理をした。
流石に中身は三十路の男だ。女の子の前で・・・しかも下の世話まで・・・とても恥ずかしかった。
僕はいたってノーマルな男だ。こんな事、生きて来た中で一番の屈辱だ。。。ううう・・・。
母親にはやってもらっていただろうが、記憶の無い小さい頃の事だからそれはセーフ。と境界を引く。
少女はティッシュにくるんで拾い上げた排泄物を持って、車椅子でどこかへ出ていった。
たぶんトイレにでも流しに行くのだろう。。。犬の間はこの屈辱にも耐えなければならない。
そして5分程たって再び部屋へ戻ってくると、
「じゃぁ、学校行ってくるね」
と僕に話しかけ、机の横に下げていた鞄を取り、膝の上におくと車椅子で部屋から出ていった。
少女の不在時にどうにかこっそりとケージの外に出られないか試みたが、
犬の手ではケージのロックを外す事ができなかった。
(くそーーー。暇潰しに家の中探検しようと思ったのに。。。)
僕はケージの中で特にやる事もなく、
再び犬用クッションの上で仕方なくのんびりと
転生したら、犬でした。 香月 樹 @mackt
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