#7 再び訪れる苦難

夜が明けて数日ぶりに出社した。


ビーグル犬の様子はとても気になるが、

相変わらず手の上にペットフードを乗せると食べてくれた。


少なくとも体は元気そうだと確認出来たし、

暫く休んでいたのが気になって出社しない訳にもいかない。


数日ぶりに出社した僕の顔を見て同僚や上司がやって来たが、

勿論僕の事を心配してくれて・・・の事ではない。


生死の境を彷徨ってどうにか復活した僕に浴びせられたのは、


「お前が休んだせいで、周りにシワ寄せが来て迷惑した」


という辛辣しんらつな言葉だった。


この会社の社員には、

『僕に仕事を押し付け過ぎたから過労で死にかけたのではないか?』という考えや、

後悔、自責の念といったものが無いようだ。


あくまで自分都合で物事を考える周囲の人間に、

ひょっとしたら、、、という淡い期待をかけるだけ無駄だった。


(そら、そもそもそんな良心持ち合わせてたら、最初はなから仕事押し付けないわな。)


この人たちの事は聞いたふりだけして聞き流しておこう、そう思った。


そして、当たり前のように今日もまた仕事を押し付けてくるのだ。

勿論、本来僕の仕事でもなんでもない仕事たちだ。

この人たちの辞書には『病み上がり』という言葉は無いのだろうな。


いや、自分たちが病み上がりの時はたかが風邪でもしっかりと、

本来すべき仕事もそこそこに「病み上がりだから」と僕に押し付け、

早めに切り上げて帰っていたから、僕に対してだけその言葉の存在が消えてしまうのだ。


ビーグル犬の様子が気になったし、病み上がりなので早めに帰りたかったが、

仕方なく今日も漏れなく終電まで仕事だ。


「どうにか倒れたりする事なく今日一日仕事できたけど、やっぱちょっと疲れたかな・・・?」


誰もいない、暗くなった事務所で一人ボソッとつぶやいた。

相変わらず僕の席の辺りだけがスポットライトを浴びているようだ。


特に華やかなという事も勿論なく、相変わらず世界に独りしかいないように感じさせる。

・・・これ、精神衛生的にあまり良くない環境なんじゃなかろうか?

まぁ、そもそもあんな人たちに囲まれているだけで、精神衛生良くないんだけど。


「携帯持った、財布持った、定期持った、忘れ物確認オッケー!」


僕は荷物を鞄に詰め、例の如くおまじないを唱えた後、

終電まで20分ほどという時間にビルを出た。


駅に向かう途中、あの占い師の婆さんがいた場所に差し掛かった。

あの時言われた奇妙な一言が、結局何を意味していたのか聞きたかったのだ。


(あの婆さんじゃない。。。)


同じ場所に占い師は居たが、あの時急に叫んで来たあの婆さんではなかった。


今日は終電まで時間も少しあったし、気になったので、

そこに居た男の占い師に聞いてみる事にした。


「すいません、2日?3日?ほど前にここで占いをしていたお婆さんの事をご存知ですか?

時間も丁度同じくらいで、終電ギリギリの時間だったんですけど。」


占い師は僕の方を見て、え?と不思議そうな顔をした。


「この場所で占いをしているのは私だけですよ?

勿論、2日前だって、3日前だって。もう4・5年は私がここで占いしてます。」


占い師の言葉に、今度は僕がえ?と聞き返した。


僕は一拍置いてから、「あ!」と今思い出したような素振りを占い師に見せ、


「僕の勘違いでした。別の駅だったの思い出しました。」


と、誤魔化した。


(あの婆さんは一体何処に・・・?)


あの日の出来事はなんだったのか、糸口が掴めない以上、今は調べようもない。

段々と終電の時間も迫っていたため、僕は占い師を残し、駅へ急いだ。


改札をくぐってホームへ降り、終電が来るまでの間、

頭の中では占い師の婆さんの行方がずっと気になっていたが、

間もなくやって来た終電へ乗り込む際には、頭のベクトルは違う方向を向いていた。


(今日は寝落ちしないように気を付ける!!!)


先日の事もあってか、自宅の最寄り駅までの1時間超、寝落ちするのがはばかられた。

やはり、また同じ事になってしまうのでは!?という恐怖心だろうか。


(目を開けたら再び檻の中、なんて洒落にならんからな。)


とてもじゃないが寝られなくて、仕方ないから何か時間が潰せる事無いかな?

と考えていた所で思い出し、僕はずっとビーグル犬に付ける名前を考えていた。


(ビーグルだから、ビー?それともグル?)


はっきり言ってネーミングセンスには自信が無い。

とりあえずビーグル犬の顔を思い出してみる。。。元気ない顔しか思い出せない。


(ビーグ?グービ?ルービ?ルーグ?ビール?

電車降りたら近くのコンビニで買って帰るか。って、ビーグルから離れられない?)


電車の中で独りクスッと笑ってしまった。

平日の終電は相変わらず人がまばらで、この車両も相変わらず貸切状態だ。

独りでニヤニヤしても気にならない。


(ちょっとひねるか。一文字ずつズラして、ブーリ?リーブ?

育毛剤でそんなのあったな。。。リープ?リープ、、、よし、リープにしよう!!!)


なんとなく1番しっくり来たからリープに決めた。


いや、ビーグルという名前にこだわらなくても良いんだろうけど、

想像力とか無い人間は、何も無い所からは生み出せないよ?ヒント無いと。

今回で言うと、『ビーグル』がヒントって訳だ。


(よし、名前決定!!!気に入ってくれると良いんだけど。)


何気ない帰り道、思わず楽しみが出来た。名前呼んで反応してくれると良いな。


そんな事を考えていると、自宅最寄りの駅に着いた。

改札を出た所でコンビニに寄り、自分の夕飯にコンビニ弁当とビールを買った。


自宅に着いてコンビニ弁当をレンジで温めつつ、

容器にペットフードを入れ、水を新しく入れ直してリープの前に置いた。


その後寝室で部屋着に着替えてリビングに戻ると、

リープは相変わらず容器を前に、座ったまま鎮座している。


仕事中も、まさかずっと床の上でお座りしたままではないだろうか、と心配していたが、

帰って来た時ベッドに寝て居たようだったので少し安心した。


(帰って来た時わざわざ起きてきてお座りするのが、

おかえりって出迎えてくれてるみたいで可愛かった!!!)


僕は昨夜のようにリープの横の床の上に胡座あぐらをかき、抱き上げて膝の上に乗せた。


「お前の名前、リープにしたよ!ほら、リープ、食え。」


僕はそう言って手のひらにペットフードを2・3個乗せ、ビーグル犬の鼻先に差し出した。


「ワフッ」


ビーグル犬は名前が気に入ったのか、保健所で見掛けてから初めて声を上げた。

そして、ゆっくりと手のひらに乗せたペットフードを食べ始めた。


僕は、考えた名前を気に入ってくれた様子がとても嬉しくて、

うぉーーーっ!!!と飛び跳ねたい気持ちを抑え、ニヤニヤしながらリープに餌をやった。


用意したペットフードをリープが全て平らげたので、

今度は水の入った容器を右手に持ってリープの口元へ差し出した。


リープは喉が乾いていたのか、暫くペロペロ舐めていた。


僕が会社へ行っている間も自由に水が飲めるように、

容器いっぱいに水を入れて部屋の壁際の床の上に置いて居たが、

それがちっとも減ってなかったので、少し心配になった。


「リープ、僕がいない時も喉が乾いたら自分で水を飲むんだぞ。」


空いた手でリープの頭を撫でながら話し掛けると、


「ワフッ」


と、言葉を理解しているかのようにリープが応えた。


「お前、僕の言う事がわかるのか!?賢いな!!!」


僕はより一層、頭や耳の後ろ辺りを撫でて・・・というより、ワシャワシャとしてやった。


リープは相変わらず虚ろな目をしていたが、

少し反応してくれた事が嬉しくもあり、回復の兆しが見えたようで少し安心もした。


リープが水を飲み終えたようだったので、容器を一旦床の上に置き、

リープをベッドの上に移してから、床の上に置いていた容器を壁際の床の上に移した。


そして、とっくに温めて終わっていたコンビニ弁当をレンジから取り出し、

リビングのテーブルでビール片手に遅めの夕飯を済ませた。


リープは食事中もベッドの上からずっとこちらを見ていたが、

僕は一旦リープの頭をワシャワシャしてからシャワーを浴びに行った。


シャワーから戻った僕は洗面台の前で髪を乾かし、歯を磨いた。

その後でリープの歯も磨いてやったが、本当にこの子は何をしてもほとんど反応が無い。


歯磨きのために仰向けにしようが、手で口を開こうが微動だにしないのだ。

暴れられる方が良いとは言わないが、感情が無いのかと本当に心配になる。


僕は両手で抱きかかえるように、ベッドの中でリープと一緒に横になった。


少しは愛情やぬくもりを感じてくれると良いな・・・と思いながらも、

疲れのせいか、リープの体温の温かさのせいか、僕はベッドに入るとすぐに眠りについた。

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