石油が逃げる!!

かじゅう

逃すな!!




「『月日は百代はくたい過客かかくにして、行き交ふ年もまた旅人なり。

船の上に生涯しょうがいを浮かべ、馬の口とらへて老いをむかふる者は、日々旅にして旅をすみかとす。

古人こじんも多く旅に死せるあり』」



「……何言ってんですか」



今にも崩れそうな土壁に、雨漏りで染みた天井。

窓から刺さる光は埃に曇っている。


ここは古屋。

江戸時代の頃に私が初めて神として祀られた、神棚のある家。

寿命で家人はとうに消え、今はもう二柱の神がダラダラと暇を潰すだけだった。



そんなある日。

古びた床に寝そべりながら、ダラダラとお菓子を貪っているとお嬢がまた何か戯言を言ってきたのが、アレ奥の細道である。


あまりにも著名な人間の言葉の引用。

とてもとても無視したくて仕方ないが。お嬢を食らって生きている、完全なヒモな私には無視する事もできない。


仕方ないと思いながらゆっくりと起き上が──



ごろん



…………。「なんですか?それ」



無視はできないのだが。


だるいの語源として知られるひだる神の性なのだろう。

聞きの体制に入ろうと腰を上げた途端に、ゴロンとひっくり返る。



私の一世一代のチャレンジは

ただ仰向けになるだけで終わったのだった。




・・・。




なんとも言えない微妙な間ができる。

なるほど、アレで誤魔化すのは無理か。なら。



「それで、何が言いたいんです?」



よし、コレで誤魔化せただろう。

私は上目遣いでお嬢を見ながら話を促す。



そんな私を、上下逆さまで床に立っているお嬢は呆れた目で刺しながら。

はぁ、と一つため息を吐いた。


どうやら誤魔化せたようだ。



「…私もあんまりしらないんだけど、どこかの偉いさんが言った言葉らしいよ。

何だったっけ?桔梗キキョウとかそんな名前だった気がする」



芭蕉バショウである。

日本の高名な俳人だったはずだが、目の前のコイツからすればそこらの名前がある草程度でしかないのだろう。


本当に古層の神というは傲慢だ。古事記にもそう書いてるのだろうか?




代わるように『はぁ』と深くため息を吐き。

冷えた目で彼女を見ながら、で?と催促するように手を出す。



もちろん私はスカートを広げてごろんと寝転んだままだ。

起き上がったりするのが面倒なんだから仕方ない。


お嬢は何故かイライラと頬を少し引攣らせながら私を見下している。

ダラダラするのは私の性だから我慢してもらいたいものだ。



そんな事を考えていると、お嬢がこらえて話を続けた。


「…まぁ、名前とかはどうでもよくて重要なのは内容。

これをテキトーに訳すとこうなるわけよ。


日々の生活って永遠に歩き続ける旅人のようなもんで、年とかも同じように旅人みたいなもんじゃん?

んでもって船乗りとか馬引にとっちゃ毎日が旅であって、旅そのものを家にしていたし。

昔の人とかいっぱい旅をしながら死んでる。


ってな感じ」



……さて、ここまでダラダラと聞いたが。

ここまで聞いたらコイツがこの後、何を言うかなんて私でもわかるというものだ。



私、柴折しばおりミサキはひだる神だ。


食料を求めて山々を練り歩き、適当な人間から食料とその人間のエネルギーそのものを吸い上げる。

餓鬼憑がきつきの一種である。


だが練り歩いていたのは、生活に必要なエネルギーが足りないからであって。

好き好んでであんな道の悪いクソみたいな山道を歩いていた訳ではない。


吸い上げられてもまるで尽きない、向こう50年は尽きないエネルギーがダラダラしていても手に入るとすれば。

わざわざ練り歩く事もないのである。




だから──



「だから、私も旅に出るわ」


「ふざけんなよ」



──私は断固としてこの火神エネルギー源が逃げる事を阻止しなければならない。







「…いいですか!あなたが何の神なのか、よく考えてください!」



仰向けだった身体をゴロンとうつ伏せに変え


バンバン!


と床を叩いて言う。

もちろん顔は床につけたままだ、顔をあげるのは面倒だから仕方ない。



「お前はその体勢で私を説得できるか、よく考えなさい」


「私はこれでいいんです!」



もう一度いっておこう。今の状態はうつ伏せだ。



お嬢から寄生虫でも見るような、冷たい目線で見下されている気がする。

なぜその様な顔をされるのかわからないが、今はどうでもいい。



「よく考えてみてください!

産業の血液とまで言われる貴方がここを動く事によって、どれだけの人の人生が不意になると思ってるんですか?!」



そう言って私は寝転んだまま、そこにあった缶ビールを一気する。

そこそこの量が溢れ落ちたが、どうせ能力を使ったらエネルギーとして取り込めるんだし。

と私は酒を溢したままにする。



軽蔑の視線すら感じるが私は気にしない。


気にしてられない。

私は旅なんてしたくない。ずっとここでお嬢と一緒に暮らしていたい。

お嬢のいない生活なんて耐えられない。



「あなたがいなくなれば、この土地の産業や家庭はもちろん、この国の貿易や外交、そこから中東情勢や日中・日韓関係までも影響を与えるんですよ!?」



化石燃料の神なんていう、餓鬼憑きからしたら栄養の塊でしかないコイツをずっと手元に置いて、永遠にヒモし続ける。


働く必要のないオイルドリームがここにあるのだ。

それを奪われるなんて、絶対に耐えられない。

絶対にここに居座らせ続け、私の栄養パックにし続けてやるのだ。



だから…、コイツを旅になんてさせる訳にはいかないんだッ!!!



「貴方には『自らの行動一つがこの不安定な世界の情勢を左右するのだ』

という自覚を持って行動して頂かないと困りまるのです!!」




さぁ、どうだ!?と大きく声を張り上げる。


もう一度言おう。

現在の姿は、缶と袋が散乱するゴミの中で、缶ビール片手にうつ伏せにくつろいでいる状態だ。



お嬢は驚いたようで複雑そうに目を開いて私を見下ろす。



「アンタが、そこまで考えてるなんて…」



ふっ。決まったみたいだな。

やはりお嬢は古事記にも載るほどの神。卑しく汚い我々とは違い、高貴で純朴だったようd



「まぁ、作り置きので十分足りる量あるし

それに人間どもの情勢なんて知ったこっちゃないし。

何千年も臭い水とか言って蔑ろにしてきたのはあいつらだしね。


私には関係ないかな」



……っく!!強い!


私の考えうる全てを込めた、全力の説得が通用しないとは思わなかった。

これでも、かなり説得できる自身があったのだが。…何故。



そう疑問に思いながら、私は寝転がった姿勢でツマミのナッツを貪る。

ポロポロとカスが落ちるが能力で食えば問題ない。


「問題しかないっての、そろそろ姿勢正しなさい」


「私の話をしてるんじゃありません!!話をすり替えないでもらえますか!?」



そんな私を見て、お嬢がそう言ってきた。



なんとしても行きたいのだろう。


話題が変えて話を終わらされそうになったが

私が指摘すると、諦めて死んだ魚のような目で押し黙った。



お嬢は何か言いたげな顔をしてるが、多分口を開けても旅に行きたいと駄々をこねるだけだろう。


それに

話を変えたいということは、自分でも何か思うところがあるという証拠だ。


そう思って私は口が開かれる前に畳み掛ける。



「あなた方、八百万の神々は自然への注がれる信仰心でその形を保っているはずです。

もし貴方がこの地を去ってしまえば信仰心が減り、ただでさえ少ない貴方の霊力がなくなってしまうのではないのでしょうか?」



お嬢は先程の会話からもわかる通り、基本利己的で自己中だ。

自分の事で攻めれば、落ちる可能性があるかもしれない。


私はそう切り出す。



「いらないわ。

本来の信仰を失い

利便性だけで祀ってる現代人ヤツらの信仰心なんて」



くっ!まさか自らの信仰の事を微塵も考えないなんて…!


まぁ約二千年間、兄神のおまけとして祀られてたら、人間なんて糞食らえとなる気持ちはわからんでもない。


石油の神様なんて、死体の神様みたいなモノだから、糞とは穢れた物同士で親近感があるのだろう。

それはわからんでもないが、それでも今回は思いとどまって欲しかった。



しかし、もう説得できるような話がもうない。

なにか、何かお嬢を食い止めれる話題はないものか…。


「はぁ…。

一応言っておくけども、今回の件で折れるつもりはないよ。


ミサキとはもう、かれこれ三百年はいるし、一緒に来てほしかったから言ったんだけど。

コレじゃ無理みたいだね」


「お、お嬢、そんな、」

お嬢が殺生な事を言う。



い、嫌だ!


怖い!面倒くさい!

歩きたくない!動きたくない!

ずっとここでお嬢を飯に堕落しきって過ごしたい!!


1日一歩も動かずに、お嬢の脛から骨の髄まで全て齧りつくしたい!!


そして一生食うに困らない、引きニート生活を続けるんだ!!

だから、どうにか


どうにか!!お嬢と一緒に!!


「と、というか。なんで急に旅なんて出ようと思ったんですか!?今までそんな素振りもなかったですよね!?」


「さあね、そぞろ神にでも囁かれたんじゃない?」



くっ、必死の制止も届かない。

お嬢はどうやってもこちらに残る気はないようだ。






なら。

武力行使しかない!!


幸い、私の持つ能力は奇襲性能に長け、持久戦に有利な能力だ。

私自身が雑魚だからソレだけが弱点だが、能力さえ決まれば絶対に負けない。


そして、お嬢の能力は古層の神に多い創造系能力。

戦えば絶対に勝つ。



だから!!





………だから!!




だか、っ……。







……、、、、、。







「…?ミサキ?」


…う、動、けん!?


っク、クソ!!


やる気が

まったく出ない!!



ダメだ、動かなければ。

今、動かなくては、全てが、


全てが手遅れになる。



なるのに。

ひだる神の性質が邪魔をする。



クソっ!



どれだけやる気を出そうとしても、カケラも出ない。

身体がガチガチに固まってやがる!!




動かなければ。

動かなければ!



動け。


動け!



動けぇえええええええ!!!!!!!










ぷしゅ!










缶ビールを、開ける間抜けな音。





なんっ……!?



身体が勝手に動いた



まだ、お嬢とともに居たいと。

手遅れになるまいと。




身体が、勝手に







勝手にビールをッッッ!!!!!


うん、仕方ないので。一旦ビールを嗜むとして……。





どうしよう、全くといっていいほどやる気が出ない。

前代未聞の危機だというのに、緊張感のカケラも出やしない。


このままでは、本当に引きニート生活ができなくなる。


私は、ただ

お嬢の脛を齧って生きていたかっただけなのに…。



クソ!


なんとかして。

なんとかして、やる気を出さなければ。


ここでやる気を出さなければ一生後悔することになる。

やって後悔するなら、やらない方がいい!!



あ、逆だ。

つい本音が。



ごほん!


なんとかして、やる気を出さなければ。


そうだ、ここでやる気を出さなければ、一生後悔することになる。

ヤラナイデ後悔スルナラ、ヤッタ方ガイイ!



使うんだ。

能力を、使って。


お嬢が一生旅に出れない身体にするんだ。

無理なら、地下にでも閉じ込めておこう。

ちょうど石油は地面に埋まってるものだし郷愁的でいいかもしれない。


そうだ、それがいい。




だから、やる気を私にっッッ!!!!



「じゃ、明日には出るから。それまでに考えといてね」


「……、っ!!」



お嬢の言葉。

追い詰めるようなその言葉。



私はそれを聞いて、ゆっくりと立ち上がる。



事はなく。

ダラダラと寝転がってつまみをバリボリと貪り、酒を飲みながら、能力を使用する。




もう、私にやる気は残ってない。

でも、

それを、


やる気を、



振り絞れ!




ここでやらなきゃ、


一生ニート生きられない!!



「なっ…!?」



カッと開かない目。覚悟を決めても、その目が変わることはない。

お嬢は疲れたようにヨロヨロと崩れ、古びた木の床にぺたんと座った。



「お前…っ」


「…お嬢、あなたは石油の神ではあるが、エネルギーの神ではない」



ありとあらゆるもののエネルギーを吸い取る、ひだる神の能力。

私は床で寝そべったまま、まるで安楽椅子探偵のようにドヤ顔でツラツラと語る。


私とは対照的に、お嬢はぺたん座りすらしんどくなってきたのか、仰向けに倒れた。

その姿勢はまるで、仕事帰りにカーペットにごろんと転がるOLのよう。



「あなたの本質は、石油という自然物そのものの神。

石油がエネルギー資源として注目される前の水源を汚す黒い油だった頃の神であり。

その能力は石油を作る事だけ。そうですよね?」


「や、め……ッッ‼︎‼︎‼︎」



動きがなさすぎる戦い。


石油の神はまるで魂が抜けてアホ面を晒してるOLのように寝転がり。

ひだる神は寝ながら昼間に酒とつまみを嗜なむクソ男のようにくつろぐ。


そんな似たような格好で

二人は今後をかけた戦いを繰り広げていた。



「だから。

化学的なエネルギーを喰らえばそれが尽きることはないですけど

霊力となればすぐに尽きるんですよ!!」


「っ…!

ク、ソ、意識、が」



その姿はまるで。


ダラダラしたふしだらな女二人が、寝転びながら

思春期の頃にかかるというとある病気の患者が言いそうな


かわいそうな会話をしているようだった。




カクン



お嬢が落ちて意識を失う。





沈黙が落ちる。





「勝ったな」

勝利の美酒をクイっと飲ん…。


あ、ダメだ、やる気が切れて眠気スヤァ














ZZZZZZZZZzzzzzzzzzz.........














ミンミンミンミンミンミンミン!!!!


「ん…?」


うるさいうるさい蝉の声。

あたりは暗く。曇った窓から見た空に、月が輝いている。



「あれ?」

目覚めると、目の前で倒れていた筈のお嬢が消えていた。

目の前には、何本もの空き缶とおつまみが入れてあった空袋。


そして眠る前までなかった筈の、何かが書かれた紙がある。


「…手紙?」


疑問を持ちながら。私はのっそりソレを手に取って、読んでみる。




『ミサキへ




私が起きた時には約束の時間を過ぎていたので、“ミサキはいかない”という事で出発しようと思います。



能力で行けないようにしたかったようですが。

ミサキならどうせ疲れて能力解除しちゃうだろうなぁ、と思って抵抗せずに受け入れたら案の定でしたね。



石油の作り置きはあるから、自力で掘り出してみてください。

地下4000m付近にある筈です。

一年ぐらいで帰るので、多分量は足ります。



頑張って生き残ってくださいね?




草水 樋速より


ps、目的地は出雲です。ゆっくり各地を周りながら行こうと思います(*゚▽゚*)』




「なん、だと……。」


逃げ、られた。


石油 お嬢 に、逃げられた!?



石油がなくなれば、私はどうやって食っていけば良いというのか。

私は、どうやって生きていけばいいと言うのだろうか。



「そ、そんな…」


地下4000mも掘れと?


冗談ではない。

1cmセンチ掘るのに、どれだけの労力が必要と思ってるのか。


まず、地下まで掘れる地面がある場所まで移動し。

そこにスコップなどの掘削用具を持っていき。

そして1cm、つまり10,000,000nmナノメートルをも深さの地面を掘る。



お嬢が言ってるのは、そんな馬鹿げた事をさらに400,000倍してやれという事だ。

つまり4,000,000,000,000nmナノメートル。馬鹿げてる。


意味をわかって言ってるとすれば、狂ってるとしか言いようがない。



もしそれが本当で、

ここに私が残るなら、石油は諦めなければならないだろう。




もちろん、諦めない。

諦められるわけがない。



私は、柴折しばおり ミサキ。そぞろ神だ。

食料を求めて山々を旅し、適当な人間から食料とその人間のエネルギーそのものを吸い上げる。

餓鬼憑がきつきの一種である。


そうだ、お嬢と会うまではずっと山間を旅してきたんだ。



いってやる。

旅に出てやる。

そして、お嬢に追いついて。

お嬢を丸ごとしゃぶってやるんだ。



そう決意しても、足が動かない。

私が抱える問題はやる気だけなんだ。お嬢を食らってこれからも生きるためには、今動くしかない。



「ウッ、グググッ‼︎」



私は、ゆっくりと起き上がる・・・・・



「ウ、ウぉぉぉォォォォォオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!」



立ち上がる・・・・・



ここから、私の旅が始まる。


この一歩は

多くの者からすればただの一歩かもしれない。



でも



私にとっては




大きすぎる一歩









バタン!









…………………。











そう思ったのだが。だるいの語源として知られるひだる神の性なのだろう。

踏み出そうと足を動かした途端に、バタンと足を崩して倒れこむ。





・・・・、





そうして、私の一世一代(n回目)のチャレンジは……。





終わったのだった……。

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石油が逃げる!! かじゅう @0141kazyu

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