いちごのケーキ

@ramia294

第1話

 ケーキ屋さんの

 ショーウインドウの中。

 優しいパパ。

 娘へ送るクリスマスケーキ、受け取る。


 真っ白なクリームの中、

 真っ赤なイチゴ。

 ツヤツヤと、美しく。


 野乃いちご十歳。

 クリスマスケーキ。

 と、プレゼントの…

 

 光に戸惑う茶の瞳。

 激しく揺れる、茶色の尾。

 いちごの歓声。

 家族の喜びの中、

 ケーキと名付けられた仔犬、

 クリスマスの夜、家族になる。


 大好きなパパ、

 優しいママ、

 誰より大切なお姉さんの

 いちご。

 何より大切な美味しい

 ごはん。


 以上。

 食いしん坊の仔犬のケーキの頭の中。


 ある日、突然パパが、いなくなる。

 いちご泣く。

 その涙、しょっぱいその味。

 覚えるケーキ。

 仔犬の時代が過ぎ、

 姉の様に、いちごを慰める。

 いちごの涙を舐め取る。



 野乃いちご、十五歳。

 ツヤツヤと…、

 若さ、輝く。


 見守る茶の瞳の元気な光。


 いちご。

 遅過ぎた初恋、

 訪れる。


 テニス部のキャプテン。

 爽やかな笑顔と長いまつ毛。

 誰もが憧れる

 キャプテンで、生徒会会長。


 叶うはずのない。

 初恋。

 三ヶ月後、告白することも出来ず、素敵な恋人の噂を知る。

 女子テニス部キャプテンで、生徒会副会長。

 ユリの花ですら降参してしまう美しい彼女。

 争える相手ですらなく、初恋をあきらめるいちご。

 そして

 いちごの初恋は、空中分解に終わる。


 失恋には、似合わぬ、

 十五歳の夏の木漏れ日。

 キラキラの季節、

 しかし、涙の季節。


 茶の瞳。

 いちごに近づき、

 涙を…

 舐め取る。

 しょっぱい味、

 思い出すあの時。

 パパのいなくなったあの時。

 大切ないちごのピンチ。

 焦るケーキ。

 懸命に励ます。


 揺れる茶色の尾。

 

 秋が終わる頃、

 落ち葉の公園。

 はしゃぐ、

 いちごと、茶の瞳。


 失恋の痛み、いちごの中に見当たらず。

 いちごの笑顔、再び輝く。

 いちごの若さ、

 無敵。


 しかし…。


 茶の瞳、一足先に大人の階段をのぼる。

 

 いちご、吹奏楽部。

 地区大会。

 ドキドキの前日。

 いちごの努力、


 見守る茶の瞳の優しい光。


 遠吠えに励まされ、

 頑張るいちご。


 地区優勝、勝ち取るいちご。

 3校だけの小さな地区。

 それでも、図に乗るいちご。

 将来音楽家を目指す宣言

 出る。


 ひと月後のブロック大会、

 一回戦で、敗れる。

 図に乗り、練習しなかった、いちごとその仲間。

 悔し泣き。


 茶の瞳、

 いちごの膝に、前足をそっと乗せる。

 心配そうに見守る。


 クーン、クーン


 翌日のいちご、

 昨夜の涙、ケロッと忘れる。

 音楽家、諦めた宣言。

 飛び出す。


 茶の瞳、さらに大人への階段をのぼる。


 いちごが、いつも元気取り戻す姿。


 見守る茶の瞳の穏やかな光。

 

 いちご、二十歳の夏。

 戸惑う。

 先輩に、告白される。

 その人は、

 あの時の初恋のテニス部のキャプテン。

 いや、元キャプテン。

 変わらない爽やかな笑顔。


 あきらめた初恋、再び。

 ざわめく胸。


 見守る茶の瞳の優しい光。


 その光に勇気づけられ、思い切って、訊く。

 あの時の彼女は?


 止まる心臓、

 一秒、二秒、…。


 あれは、ただの噂。

 その人の言葉。


 動きだす心臓、

 一回、二回、…。


 初めてのデート。

 自宅まで送るその人。

 の、匂いを嗅ぐ茶の瞳の落ちついた光。

 そして、茶色の尾、

 揺れる。


 いちご、初めての恋人、

 出来る。


 その人を

 茶の瞳は、気に入る。

 いちごも気に入る。


 夢見るいちご。

 その人とケーキと暮らす小さな家の庭、

 の、緑の芝生。


 いちごの学生時代、終わる。

 初めての社会人。

 希望に燃える、いちごの瞳。


 見守る茶の瞳の光、弱くなる。


 茶の瞳、最近目が少し見えにくい。

 

 思い出すあの頃。

 はじめは、いちごが姉さんだった。

 甘えても、齧っても、飛びついても

 遊んでくれる。

 いちごは、姉さんだった。

 優しく、大好きな姉。


 しかし…。

 いつの間にか、いちごの年齢を追い越していたことに、気づく。


 茶の瞳が、姉になった頃、

 大好きなパパがいなくなる。

 いちごの寂しい涙を味わう。

 しょっぱい思い出。


 茶の瞳が、いちごの母になった頃。

 初恋をあきらめた、

 いちごの悲しい涙を味わう。

 しょっぱい思い出。


 そして、

 茶の瞳が、いちごの祖母になった今夜。


 クリスマスイブ


 その人からのプロポーズ。

 いちごの人生の最も嬉しい時。


 いちご、真っ先にケーキへ報告。

 いちごの喜びの涙を味わう。

 しょっぱさをあまり感じない…。


 変わらない、いちごへの思い。

 変わっていく、ケーキの身体。


 茶の瞳が望むものは、

 いちごの笑顔。

 いちごの幸せ。


 いちごの見つめる瞳の中に、

 ケーキへの

 優しさをひと欠片、

 見つける喜び。


 ふたりの時間は、なぜ同じではないの?

 私は、いちごとずっと一緒にいたいだけ。

 

 茶の瞳の時間だけが、速く流れていく。

 無慈悲な時間。


 聖夜の夜に降る雪。

 懐かしい声に呼ばれる

 茶の瞳。


 大好きなパパの優しい声。


「長い間、いちごを見守ってくれて、ありがとう」


 茶の瞳の身体、突然若さを取り戻す。

 軽い身体とよく見える目。

 大好きなパパが、ゆっくりと空へ昇っていく。

 追いかけるケーキの

 身体も空へ昇っていく。

 振り向くケーキ。

 

「大丈夫。これからは、あの人がいちごを見守り幸せにしてくれる」


 パパの言葉に頷く、ケーキ、

 空に昇っていく。

 雪のやんだ、空の向こう。


 茶の瞳に見えるもの。

 あの頃のままの仔犬の姿を抱く小さないちごと、

 大好きなパパと優しいママ。

 あの頃のままの幸せ。

 再び、ケーキに訪れる。


 その朝、いちごが見つけたものは、聖夜に降り積もった雪。


 そして…。


 二度と開かない、茶の瞳。


 いちごの人生の最も悲しい時。

 涙を舐め取ってくれるものは、もういない。



               終わり


 

 


 

 

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