第5話 飛行艇にて

 マニカは目が覚めた。

 ゆっくりと開けるまぶたから、まるで灯台のようなチカチカとした明かりが漏れるのを感じる。

 体感的な揺れを感じながら、少女はふと自分の身体を見て、その身がハンモックの上に横たわりながら毛布で身を包んでいることを確認する。



 揺れる天井

 揺れる照明灯

 揺れるハンモック


 横を見れば窓がついている。



「どうだ、飛行艇の乗り心地は?」



 あの人狼の声が聞こえる。

 空気を震わすような低音のその声は、まるで狼の喉を鳴らすような威圧感をともなっているかのようだ。

 その声に相応しく獣で、かつ大きな身体を有している。


 名をヴァル・ヴァン・シュタット。

 マニカを救い、ここに連れてきた張本人である。




 マニカはハンモックに深く座る。

 まるでヴァルからの質問に、ふむ問題ない、と答えるかのような厚かましい態度である。そんなマニカの太々しい態度にヴァルは笑う。



「あわせて体調を聞こうとしたが、その様子だと元気そうだな。ほれ、飯だ。」



 そう言うと手に持っていた朝食を用意する。

 干し肉とパン、合わせて上に蓋をしてあるスープである。これは空の船乗りにとってほぼ毎日食うような食品である。


 マニカは朝食を見るなり、胃袋が反応する。

 春の目覚めのごとく長い休眠状態の末、やっとありつける食事に胃袋はその本来の仕事を取り戻そうとしていた。



 マニカはハンモックから飛び降りようとする。

 だが、ハンモックは宙に浮いているわけで、体重を片方に移すと容易くひっくり返ってしまうのだ。こうしてマニカは無様にも鉄の床とキスをすることになる。



「無様なこけっぷりだな。」



 ヴァルがマニカを嘲笑する。

 マニカは鼻を抑えて、ヴァルの嘲笑をマニカはいとも無視して、朝食にまっすぐに向かう。マニカはテーブルに着くとその食欲を満たそうとパンを手に取る。


それほどまでにお腹が空いているのだ。

マニカの眼には、はやく飯を出せと書かれてある。



「待て」



 ヴァルが冷酷にも止める。

 マニカは掴みかけたパンを渋々とテーブルの上に置く。ヴァルの鋭い眼力を見ると食欲よりも恐怖心が勝る。恐ろしい風貌である。

 食欲を我慢した。その様子にヴァルはいい子だとマニカを褒める。

 ニコッとマニカに微笑むのだ。そうすると上牙がむき出しになって、獣が威嚇するときにそっくりである。

(この人怖い)

マニカの心の声。マニカはヴァルに対して恐怖心を抱いていた。

 ヴァルが告げる。



「食事の前に言わせてほしいことがある。ルールについてだ。

 このルールを守って飛行艇で生活してほしい。

 1つ、機関室に入らないこと。

 2つ、騒がないこと。

 そして3つ、奥の部屋に入らないことだ。あそこにはお偉いさんがいる。それに伴いお偉いさんに迷惑をかけないことだ。いいか?」



 ヴァルは説明が終わり、マニカを見る。

 口からよだれが溢れ出ており、その眼はぎらついている。今にも目の前の食事にありつこうとしている。抑えていてもこれなのだ。



 子供は感情に素直だ。

 耳から入る情報なんかよりも今目の前にある食事の方に優先されるだろう。このような極限状態では説明は無駄か、ヴァルはマニカに食事に許可をする。


 ヴァルが許可を出すとマニカは一気に食事を口に放り込む。



「ほれ、まだ御替わりはあるぞ。」

「んももも」


 マニカは失われた食事を取り戻すがごとく食事を貪った。

 ヴァルはそんなマニカの思うがままの食事を出した。

 その姿は狼が猫に餌付けしているかのような光景であった。





ーーーーー




飛行艇は空を飛んでいた。

コックピットの座席にはドワーフ族であるランドバルトと、操縦手のが座っていた。

そして、ある問いを求めて


人はなぜ冒険するのか。

空の上に好奇心くすぶるものがあったからだろうか?

海の向こうに黄金郷が眠っているからだろうか?

さらに向こう、霧の奥には可能性が満ちている。

そこに群がるハエが、冒険者たちであろうか?


答えは否とも、正だともいえない。

ただ、好奇心という軽はずみなことでは人は動かないということだ。

そこに確実な利益があり、そこに安全があり始めて人は本腰を入れる。

リスクに見合った黄金がないと、人は動かないのだ。


空を飛ぶというリスク。

故障によりエンジンが停止して、地面に墜落する飛行艇。

燃料費がバカ高くて破産し、奴隷に身を堕とす同業者。

現地の戦争に巻き込まれて、命を落とす商人たち。

そんなものを何度も目にしてきた。


それでも人は空を飛ぶのを止めないのは、そこに黄金があるからだ。


ランドバルは街から街に人や物を運搬する商いをしている。

例えばAという街では100で小麦を売っているとしたら、Bという街では120で小麦を売っている。その差額分で生計を立てているのだ。


このパンゲア大陸ではそういった需要が大きい。

パンゲア大陸という陸続きが多い性質上、陸路での貿易路というのは限られている。なにせラクダの上に荷物を載せる量なんか限られているし、山があれば迂回してまわる。その分だけの無駄な輸送をしなければならないのだ。


その点で飛行艇は違う。ラクダよりも積載量が大きい、高単価な品物を運ぶし、空を飛んでいるため地形的制約を受けない。国境間を飛んで入国することだってできる。

最近では鉄道というものが開発されたようだが、国境間や大河を跨ぐような、パンゲア大陸を縦断するような鉄道は成っていない。

そのため、最適な輸送は空路、飛行艇なのだ。


多くの人が、飛行艇での輸送を望む。

それに応えることで黄金が手に入る。ちゃんとリスクに見合ったリターンが手に入るのだ。


ランドバルは次の街へと飛ぶ。

高単価な品物、人を抱えてより利益がある方へと進む。

それに従ってリスクも増える。


少女の姿が脳裏に浮かぶ。

嫌な予感。








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パンゲアンロード~母の背中を夢見て~ ムネヤケ @muneyake

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