第4話 駅のホーム

 偶然立ち寄った駅のホーム。

 そこは古びて使い物にならなくなった駅の末路。ツタが生え、駅の屋根からぶら下がり、古びた石壁の瓦礫が辺りに散乱している。

 その様子はまるで遺跡だ。



 以前来たときは”黒いダイヤ”と称された物を売って賑わい見せていた。しかし、黒ダイヤが取れなくなってからは一気に廃れていった。

 かつての繁栄をのぞかせる荘厳な大理石でできた駅。そんな栄えていた時の名残がこの駅なのだ。



 そんな廃駅も今では瓦礫が散乱して、ツタが我が物顔で駅を占拠している。

 かつての繁栄を見ると見るも無残な光景なのだが、これはこれで神聖な雰囲気を感じらる。



「栄枯必衰、、、か」

 駅の正面に立ってランドバルは口にした。

 自分の自慢のひげを撫でて感傷に浸る。


 世の中とは無情なものだ。決して永遠の輝きなど存在しない。

 例えどれだけ美人な女優でも齢には勝てず、衰え、醜い姿になり果てるように、どれだけ栄えていてもいつかは朽ちてゆくのだ。

 自分もいつかはそうなる。そんな考えを思い起こさせるものなのだ、この遺跡は。

 そんなネガティブな思考を頭を振ってかき消す。



「よし… 出発するぞ。」

 ランドバルは大きく声をあげる。

 感傷に浸っていないでさっさと仕事をするという自己叱咤のもと、今日もランドバルは仕事をする。



 仕事に使うは全長20mはあろう飛行艇。

 ランドバルはこの飛空艇の船長、かつ機関長をしている。

 船長の役割とは船員を導くものであり、オーナーとして船員を養うためにも利益を上げなければならない。このような感傷に浸るよりも今は仕事の時間、船員を管理して、載せている商品を次なる街に降ろす。

 これが目下の最重要優先事項である。



 次の駅まであともう少しだ。ここで小休憩をとっただけで長居するつもりはない。ランドバルは船の入り口で他の船員たちの帰りを待つ。



「それにしてもヴァルのやつ、遅いな」


 ランドバルは一人の船員の帰りを待っていた。その船員は確か用を足すとか言って駅の中に入ったはずだが、それにしては長い。



 そう考えていると、廃駅の入り口から例の船員が出てくる。


「お、やっと帰ってきた。」


 噂をすればなんとやら。

 危惧していた船員が戻ってきたことに安堵するランドバル。すぐに乗れ、出発するぞ、と言葉に出そうとしたが



「何じゃそのガキは!?」


 その船員は薄汚い餓鬼を連れてきた。ボロボロの布雑巾のような服装をそのやせ細った身体に着けて、衰弱しきった姿を見せている。

 ランドバルは商人である。商人は問題の種を起こすような者は大の嫌いだ。そして、少女はまさにそれに該当する。

 ランドバルは船を降りると、その船員にずかずかと近づく。



「儂はこんなガキを連れてこいと言った覚えはないぞ」

 ランドバルはヴァルはまっすぐとした目でヴァルを見つた。

 まるで早くこの娘を捨ててこいと言わんばかりの眼である。

 ヴァルもまたランドバルを見つめる。




「別にガキんちょを拾うくらいいいだろ。」

「いや、それは別にいいんだが、今大切なを届けてるんだ。もし荷物に害するようなことがあればどうするんだよ!」

「そんなことはない。」


 なぜそう断言できるのか。ランドバルは頭を抱えるが、そういえばこいつに論理など通用しないのだと思い出す。別に少女を拾うことは良いことだ。だが、今それをすると後々大変なことになるかもしれない可能性を帯びているのだ。



「じゃあ、この娘をもう一回捨ててこいということかよ。」



 ヴァルは逆に質問する。この娘を拾わないということは、それは即ち少女をここに置き去りにするというもので、少女を捨てることと同義なのだ。ランドバルがいかに生粋の資本主義者だがらといって、さすがにそれには良心の呵責を覚える。

 ランドバルは即、結論を出した。



「おん、捨ててこい!」

「いや、お前。そこは普通捨ててこいとは言わず、悩んだ末に拾うことを選ぶだろ。お前には良心の欠片もねえのかよ!?」



 ランドバルには良心の欠片という文字はなかった。もしあるとするならばランドバルはそれを綺麗にかたずけようとするだろう。



「いいか。普通とか常識というのは、普通と常識が伝わる者にこそ伝わるものなのだよ。儂にはそれが伝わらん。」



 ランドバルは屁理屈を飛ばす。これにヴァルは金の豚、資本主義者、ヒトデナシとヤジを飛ばす。だが、ランドバルにはそういった悪口は効かない。なぜなら彼自身がそれを一番感じているからだ。

 お前は豚だ!と豚に言っても、豚は、はいそうですよ、としか答えられないのと同じだ。

 ヴァルがあまりにも大きな声で叫ぶのでランドバルは耳を塞ぐ。



「おい、うるさいぞ。」



 ランドバルの後ろから声がする。

 振り返ると、入り口には大きく太った男が立っていた。首には金品財宝を巻き付けて、指には宝石指輪が絡めてある。

 そんないかにもお金持ちの格好をしている男にランドバルは手をゴマすりながらへりくだった顔で近づく。




「へい、すいません。少し船員の教育が足りなくて…」


 不快にさせてしまったことを詫びるランドバル。



「そんなことよりも早く出発しろ。」



 男はランドバルの謝罪を無視するかのように中に入る。ランドバルどころか、事を荒たげたヴァルやマニカも眼中にない。圧倒的な関心0である。



 こう言われてしまうと命令に従うしかない。

 すなわち早く出発するために小娘の件を保留にするしかない。一旦、小娘を船に入れなければならないのだ。



 ランドバルは憎々しげにヴァルを見る。

 ヴァルは悪ガキのような笑いをして、ランドバルを嘲笑っている。

 もしかすると大きな声で騒いでいたのも、これを狙ってのことなのか



 仕方ない。

 ランドバルは苦々しく感じながらも、船に乗り込む階段を上る。

 後ろにはヴァルが少女を連れて同じく階段を上り、船に搭乗する。

 ヴァルが階段を上り終わったあと、ランドバルは耳打ちする。


 マニカを指さして



「こいつは次の街で降ろす、異論はないか?」



 ランドバルはヴァルに問いただす。


 ヴァルは沈黙した。

 それは無言の了解であった。

 ヴァルが少女(マニカ)を救ったのは少女に対しての哀れみからだろうとランドバルは考えた。ランドバルにとってはこれが妥協点だったのだ。

 逆を言えばそれまでの間は面倒を見るということだ。



「あとお前、減給な」


「は、ちょっと待て。それは理不尽すぎるだろ! おい、待て!!」



 船は上昇を開始する。

 緩やかに、前進を含みながら茜色の大空に向かって。


 船は遥か遠くを見ている。

 船の視線の先に位置するは、次なる街、サステック。



「乗客乗務員は近くにある船体物にお掴まりください。


 この船は穀物の都、サステックへと向かっています。


 出入口はむやみに開けないようにお願いします。


 それでは空の旅をお楽しみください。風と精霊の加護があらんことを」



 船内アナウンスが終わる。

 これから船の旅が始まるのだ。

 船は高度100メートルを超えると、その高度を維持しながらサステックへと向かう。

 そして船は茜色の空へと溶けていったのだ。

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