第2話 邪魔はさせない
元々、ここも家としてはかなり安く買ったもので、普段から仕事で各地を転々としているから荷物も特に必要とはしない。
ある程度のお金と愛用している剣があれば、必要な物はなかった。
以前、仕事で護衛の任務をしたことがある船乗りを伝手に、大陸間を行き来する船に乗せてもらえることになったのだ。
海には凶悪な魔物も多いために、実力のある冒険者――特に、魔法に長けた者が必要となることが多い。
ヴェーテは剣士だが海の魔物とも戦える力を持っていて、船代の代わりに護衛を務めることになったのだ。
そして――ヴェーテが決意し、行動を開始してから数日後、
「もうすぐ港に着くぜ」
「ああ、ここからでも見えるよ」
船乗りに声を掛けられ、ヴェーテは頷いた。
行動してみると、意外と早くできるものだ――ヴェーテは海を渡り、新しい大陸へと辿り着いた。
ヴェーテが船に乗って移動することは、先ほど話しかけてきた船乗りしか知らない。
今頃は、ヴェーテに依頼しようと探している者もいるかもしれないが、それも数日程度のことだろう。見つからなければ、きっと他の冒険者を探すはずだ。
ヴェーテは、新しい生活へと意識を向けることにした。
(到着したら、一先ずは何をしようか……)
港町で一泊するのもいいし、すぐに町を出て旅を始めるのもいい――何も決めていないが、だからこそ『自由』を感じられる。
これからすることを、ヴェーテ自身が決められるのだ。
仕事に追われていた日々とは違う……それだけで、ヴェーテの心は踊った。そんな時、
「お、おい! 海の中に何かいるぞっ!」
「なんだ、でけぇ!?」
「!」
ヴェーテの耳に届いたのは、そんな船乗り達の声。海の方を見下ろすと、黒く長い『影』が見えた。
あの形は――『海竜種』類の魔物だろう。
ヴェーテ以外の冒険者達はすぐに動き出して、海の中へと向かって『魔法』を放とうとする。海の中の魔物に対して有効なのは、『風』や『雷』の魔法だ。
――だが、おそらくあのサイズを仕留めるには威力が足らない。
『影』を見るだけでも、数十人規模で乗せることができるこの船を、簡単に沈めることができるレベルのサイズだ。
ヴェーテも滅多に見たことはない……冒険者のランクで言えば、それこそ『Aランク』は最低でも必要になるかもしれない。
「……運がなかったな」
ポツリと、ヴェーテは呟いた。
ここにいるのは、『Sランク』の冒険者だ。
ヴェーテは身を乗り出すと、海の中を蠢く魔物に狙いを定める。魔物も攻撃を仕掛けようとしている者達が見えたのか、活発に動き始めた。
……しかし、もう遅い。
「――」
キィン、と金属の音を周囲に響かせた。
次の瞬間、海の中に『鮮血』が広まっていく――それを見た冒険者達が、ざわつき始める。
「え、今のって風の魔法……?」
「誰か攻撃を仕掛けたの?」
「見えなかったが……もしかして、仕留めたのか!?」
少し離れたところでざわつき始める冒険者達をよそに、ヴェーテは一人船内へと入っていく。
もう少しで新天地に辿り着くのだ――たかが『海竜種』に、邪魔をされるわけにはいかない。
「さてと、改めて……到着したら何をしようか」
ヴェーテは一人、そんなことを呟いていた。
こうして、『剣姫』と呼ばれた冒険者は、別の大陸へと移り住むことになった。
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