有名になりすぎたSランク冒険者、旅に出る ~旅先で自分に憧れている冒険者を正体隠して弟子にすることになった~
笹塔五郎
第1話 新天地へ
「いやあ、さすがは『剣姫』! 『Sランク』の冒険者に依頼できてよかったです! あれほどの魔物の軍勢をたった一人で打ち倒すとは……。また依頼させていただきますので、その時はよろしくお願いしますよっ!」
満足して帰っていく男を見送り、女性は小さくため息を吐く。
女性の名はヴェーテ・ランクイズ――長い銀髪を後ろに束ねて結び、黒いコートに身を包んでいる。腰に下げるのは一本の剣。
冒険者である彼女のランクは『Sランク』であり、大陸でも七人しかいないとされる規格外の存在の一人であった。
依頼成功率は百パーセントを誇り、他の『Sランク』冒険者に比べても依頼を請け負う比率も高いと言われている。
つい先ほども、地方の領主を務める男から、領地に住み着いた魔物の軍勢の討伐を依頼され――一人で片付けたところだ。
相手は『蟲』の魔物であり、気合いを入れて駆除する必要があったために、さすがのヴェーテでも時間がかかってしまったが。
けれど、先ほどのように依頼主が満足し、喜んで帰るくらいの仕事はこなす。
それが、どれほど難しい依頼であったとしても、だ。
「だが……」
呟きながら、ヴェーテは自室のソファに座ると、天井を見上げて脱力した。
「……有名になりすぎたな」
――これが、最近のヴェーテの悩みであった。
冒険者として活躍できることはもちろん、悪いことではない。
活動を始めたのは六年前――十五歳でまだ駆け出しだった頃は、いずれは有名な冒険者になりたいという憧れを持っていた。
孤児院で育ったヴェーテは、幼い頃から剣の修行に明け暮れて、冒険者になるために頑張ってきたのだ。
もちろん、『英雄』と呼ばれる程に活躍できる冒険者など、ほんの一握りしかいないだろう。
まさか、そんな立場に自分がなって、多くの人々から頼られる存在になるとは思ってもいなかった。
仕事があることはありがたいし、頼られることも当然嬉しい気持ちはある。
ただ、ヴェーテが思っていた以上に有名になってしまったために、冒険者ギルドに行けば色んな人から話しかけられ、『仕事の依頼』をされる現状は――正直言ってしまうと、かなり疲れる状態にあった。
肉体的に疲れる、というよりは精神的に休まる暇はないのだ。
先ほどの領主の男のように、ヴェーテのことを『剣姫』と呼び、期待する者。
任務成功率百パーセントだから――その重圧をかけてくる者は多く、心の休まらない生活を送ってきたと、ここ最近は強く感じるようになってきた。
「私以外にも、活躍している冒険者はいるしな……」
ここ最近、名を挙げてきた冒険者達はいる。
おそらくは、ヴェーテがいるからまだ依頼を任されていないが、これから有名になっていく冒険者達もたくさんいるだろう。
そう考えると、ヴェーテは決して、この地に『必要』な存在ではないのかもしれない。
「そうか……いないといけない理由は、ないな」
仕事に一区切りがいついて、ヴェーテはようやくその事実に気付けた。
頼られるから、頼ってくれる人がいるから、それに応えないといけないと、頑張ってきた。
Sランクの冒険者になるまでの三年間は、ただガムシャラに強くなるために生きてきた。
Sランクの冒険者になってからの三年間は、強くなって活躍を続けてきた。
けれど、有名になってから気付くこともある――別に、『有名』になりたかったわけじゃないのだ、と。
英雄になることに憧れてはいたが、実際になってみると結構疲れる。
きっと、ヴェーテの性格の問題なのだろう――元々、そこまで人付き合いが得意な方ではないのだ。
だから、『英雄』という立場に疲れてしまう。
ここにいる限りは、ヴェーテは英雄で居続けなければならないだろう。
――ならば、どうすればいいか。
簡単な話だ、ここにいなければいいのだ。
「こんなことに気付かないとは、私も大分疲れていたんだな……。そうか、新天地――誰も私を知らないところに行く――なんて、新鮮なんだ」
やりたいことがあるわけではない。
だからこそ、新天地で新しいことをする――それが、ヴェーテにとっての目標になったのだった。
「善は急げと言うからな……」
その日、すぐにヴェーテは行動に出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます