【5話 尻尾を持つ者】

 春奈たちの近くに建てられている家の天井に、二十歳前後の若い容姿の女性が座っていた。


 彼女は薄茶色の長髪を腰まで伸ばし、神秘的な雰囲気をまとっている美しい白い衣装を身に着けていた。


 そして、神秘的な女性は両手を天井に着けて座りながら道路の様子を見つめ続けた。


(ほう、まずは頭突き攻撃か)


 一方、チェルシーは無表情のまま五郎に訴えていく。


「五郎様、手を出してはいけません。犯罪になります」


「犯罪にはならないさ! このお嬢ちゃんを気持ちよくしてあげてるだけだからなぁ!」


「いえ、暴力です」 


 春奈は額を押さえながらたじろぐ。


「やめてください! なにをしているんですか!?」


「お前の方がなにをしているんだ! お前はこの素晴らしい景色を壊そうとしてるんだろ!? そうだろ!?」


 ゆっくりと後ずさりながら顔を引きつらせる春奈。


(この人、一体何いってるの!?)


「まぁいい、そんなことより優しい俺がお前の事を保護してやる! そうだ、素敵な勉強だ!」


 五郎は笑顔を浮かべながら春奈に向かって走り出す。

 それから、春奈の肩を再び強く握りしめ、唇を春奈の唇に重ねていく。


 春奈は目を見開きながらゴロウを突き放そうと腕を忙しく動かす。


(でぃぐっ! ヤダ! いきなりなんで!?)


 何度も五郎を体から引きはがそうと試み続ける春奈。


(逃げられない! え、感染確率60%、感染しませんでした!? こんな時になに考えてるの! 違う、誰か助けて!)


 すると、チェルシーは眉尻を下げながら五郎に言葉を投げかける。


「五郎様、それは性的暴行になります。犯罪です。今すぐ警察に出頭しましょう」


 一方、神秘的な女性は家の屋根で立ち上がった。


(見知らぬ人間の娘になんて興味はないが、退屈しのぎにたわむれてやるのも悪くないだろう)


 そして、その場から勢いよく飛び降りて春奈のすぐ近くで静かに着地する。


 それから、すぐに五郎の側頭部をつついた。


(動くしかばね、いや、人間もどきよ、調子に乗るなよ?)


 五郎は奇声をあげ、首を過度に回す。


「ずぁべ!」


 そして、五郎から解放された春奈。


(よしっ、よしっ! 今なら逃げられる!)


 春奈は近くにいる神秘的な女性を見つめる。


(んっ、この方はいつの間に? あれ、もしかして、わたしのこと助けてくれたの?)


 それから、すぐに視線を神秘的な女性から五郎に移し、目を見開いて大声を出す。


「でゃぎゃー!!!」


 一方、チェルシーは無表情のまま五郎を眺める。


(五郎様の致命傷を確認。病院へ搬送準備開始)


 そして、チェルシーは五郎に向かって勢いよく駆け寄っていく。

 また、神秘的な女性の横を素通りして、春奈の顔に勢いよく拳を振りかぶった。


(敵意のある存在を排除し、安全を確保)


「ずぁんびぁ!」


 春奈は体を円を描くように回転させながら、道路の上に倒れ込んだ。


 それから、チェルシーは春奈に再び駆け寄りながら腕を振り上げる。


 硬い笑みを浮かべながらチェルシーを見つめる神秘的な女性。


(人間の作り出したカラクリ、いや、これも人間もどきか? まぁどうでもいい……それよりも、せっかく我が動いてやったのに、それを無駄にするつもりか?)


 神秘的な女性はチェルシーに向けて手を素早く水平に振っていく。

 すると、肘から分離したチェルシーの腕が地面に転がり落ちる。


 一方、五郎も近くの宙を乱雑に殴りかかっていく。


 神秘的な女性は五郎に細めた目を向ける。


(しつこいぞ……。はぁ、お前とのたわむれはもう終わったが、仕方ない、もう一回だけだぞ)


 鋭い眼差しを作り、五郎の両足に向けて大きな蹴りを振る神秘的な女性。


 そして、五郎は崩れるように道路に倒れ込んだ。


 また、チェルシーは倒れている春奈を見つめながら残った腕を振り上げる。


(危険人物。早急に排除)


 一方、神秘的な女性はチェルシーが振り上げた腕に、再び勢いよく手を水平に振っていく。


(ほい)


 すると、チェルシーの片腕は勢いよく回転しながら道路に落ちていった。

 さらに、神秘的な女性は右腕を正面に突き出し、チェルシーの顔に当てていく。


(それ)


 拳を貰ったチェルシーの頭も勢いよく飛んでいき、近くのへいにぶつかったあと道路に落ち、ゆるやかに転がっていった。


 更に、神秘的な女性はチェルシーの片足を掴むと軽々しく振り上げ、


(ほいっと)


 チェルシーの体を振り落として道路に衝突させた。


 チェルシーは体内から部品をまき散らしていく。


 そして、春奈は額に手を当てながらその場を立ち上がる。


(痛いよー。なんで? なんでみんな暴力的なの?)


 それから、眉尻を下げながら周囲の様子をうかがう。


(って、あれ、あの二人は?)


 一方、神秘的な女性は無表情のまま、手を小さく動かし続けている五郎の腕を勢いよく踏んづけた。


 踏まれた五郎の腕を引きつった顔で眺める春奈。


(えっ、えぇっ!? これ、お兄さん!? え、このお姉さんがやっつけたの?)


 春奈は目を見開いてたじろぐ。


(お姉さんがわたしの事を助けてくれた? ……それはありがたいんだけど、これはやり過ぎなのでは?)


 それから、地面に落ちている美しい人間の形をしたパーツに視線を向ける。


(これは……お兄さんが連れてたアンドロイドの顔!)


 春奈は破損したチェルシーのパーツに視線を移す。


(つまり、このパーツはもしかして……これは、お姉さんがやったの!?)


 硬い笑みを作りながら神秘的な女性を見つめる。


(お礼言った方が良いかな? でも、わたしの事も二人みたいに滅茶苦茶にされちゃうんじゃ。このまますぐに立ち去った方が良いのかな?)


 春奈は周囲を見渡して顔を引きつらせる。


(あれ、えっ……まさか、この人がこの町の人を皆殺しに? えっ、えっ!?)


 目を見開きながら後ずさる。


 そして、神秘的な女性は深くうなずく。


(人間の娘、あとは好きにするがいい。この先死ぬも生きるも、お前次第だ。さて、我の暇つぶしはこれでしまいだ)


 神秘的な女性は体を反転させて道路を歩いていった。


 春奈は彼女の後ろ姿をこわばった顔で眺める。


(えっ、何もしてこない!? つまり、どういうこと!? えっ、やっぱり、彼女はわたしのこと助けてくれたって事? ……それなら、お礼言わなくっちゃ!)


 春奈は両手を口の端に添えながら叫ぶ。


「あのっ、助けていただいてありがとうございました」


 しかし、神秘的な女性は春奈の言葉を無視して歩き続ける。


 春奈はかわいた笑顔を作りながらもう一度叫ぶ。


「あの、すみません! 助けてくれてありがとうございます! それで、ちょっとお聞きしたい事があるんですが、この町は一体何が起きたんですか!?」


(うーん、うるさい人間の娘だなぁ)


 そして、神秘的な女性は足を止めると目を細めながら振り返り、横に向けて指さす。


(あっちに向かえば、生きてる人間に出会えるはずだ。そこでそいつらに聞くがいい。ま、生きてたらだがな)


 春奈は頭を掻きながら首をかしげる。


「え、家の中に入ればいいんですか? えっ?」


 神秘的な女性は春奈の言葉に何も反応しないまま遠くに離れていく。


 そして、彼女の後姿を見送りながら春奈は深くお辞儀した。


(物静かで正義感の強い人なのかな? それより、なんか尻尾がある!? って、なんか頭に動物の耳が……キツネの耳? いやいや、助けてくれた人に変な目を向けるのはダメ!)


 目を閉じながら頬を強く叩く。

 それから真剣な眼差しを近くの家に向ける。


(それで、あの家に一体何が?)


 春奈は眉尻を下げて拳を口元に添えながら一般的な居住を見つめ続けた。

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