第四話「陽は昇らず、過去は遡る(上)」

 ………あれからどれくらい歩いただろうか。


 あの小屋からこのムークスに来たのに少なくとも3日はかかっただろう。


 流石に僕もセシリアも、「疲れた」と顔にはっきり出ているレベルだ。


 僕は何度も仲間達と旅をしてきたが、やはりこの疲労感には慣れない。しかも、魔王を倒してからセシリアに会うまでずっとあの小屋に引きこもっていたから尚更疲れた。


「はぁ……、旅というのはここまで疲れるものなのですね……。こんなのをずっと続けてらっしゃった勇者様は本当にすごいですね」


 セシリアは疲れながらも僕の事を褒めてくれる。嬉しいけど、別に僕も好きで旅をしていた訳では無い。


 あの惨劇が無ければ、僕は今でも家族と他愛もない話をしたり食卓を囲ったりと平穏な日々を過ごしていたはずだった。


 魔剣とか聖剣とか知るはずも無かった。


 それでも、あの惨劇が無かったら今もこうしてセシリアと出会わなかった訳だし、人間と魔族が分かり合える未来のきっかけが出来ることもなかった。


 そう考えると過去も未来も……そして今も一方通行ということだ。やり直しが効かない。だけど、過去の反省を活かして前に進む事が出来る。


 それが今の僕なのかなって我ながら思った。


「……そうかな。ありがとう、セシリア」



 だから、ここは素直に感謝しよう。今までの旅は無駄じゃないんだから。




「ふふっ…、今日の勇者様はとても素直で嬉しいですっ」

「はっ……!?」


 セシリアのほっこりした笑顔を見た途端、ふと我に返った。


 ……まずい、いち早く話題を切り替えなければっ!!


「せ……セシリア! とりあえず街の中に行こう!」

「ふふっ……は〜いっ」


 背後からとても愛らしい目で僕を見てくる気がするが、決して振り向かずに宿泊先を探した。







 それにしてもこの街は太陽が昇らない。逆に言えば一日中満天の星空を見れると言うことだが。


 それも良いが、一日中太陽の光を浴びないというのはどうなのだろうか。


 そこは街灯で補っているのだろうか。初めて来たのでここの人達がどのように過ごしているのかがとても気になる街だ。


 他の街にでかけたときに昼夜逆転しないか心配ではあるが。


 そんなムークスだが、中心街では常に多くの人で賑わっていた。そこの人達に宿の事を聞くと、どうやらここの外れにあるところに森があって、そこにポツンと宿があるらしい。


 その情報を頼りに僕とセシリアは再び森へと向かう。


「はぁ……、場所は違ってもまた森の中なんですね」

「仕方ないだろ? あんな城みたいに豪華なとこなんて無いんだからさ」


 だが気持ちは分かる。この3日間の夜はセシリアの魔力を用いてだが、ずっと森の中で過ごしてきた。


 流石にもう懲り懲りなのだろう。おまけに魔力も減り続けるし。



「ですが、宿があるだけ良かったです」



 今はそう思うしかない。まともな場所で泊めてもらえるだけでも感謝しなければならない。



 この森の中を歩いて約30分、茂みからようやく宿と思われる建物が姿を現してきた。


「あ、あれですねっ!」


「良かった……! やっとゆっくり出来るよ」


 僕とセシリアは迷いなく目の前の建物に向かって走り出した。ほんの僅かな休息を求めて。





 だが、その一時は簡単にはやって来ない。



「おい、そこのお前」


 いきなり後ろから自分を呼ぶ声が聞こえたような気がしたので、自然と振り返る。


「え、僕ですか……?」


「お前しかいねぇだろ。それよりお前、『アストレア・レーズヴェルト』で間違いないな?」



「えぇ……そうですが」


 この男は一体何者なんだ。僕はこの男を知りもしないのに、男はまるで僕のことを前から知っているような言い方をしている。



「やはりそうか。なら話は早い。の敵、ここでとらせてもらうぜ」


 何の事を言っているか分からないが、男は突然背中の剣を抜き、僕に襲いかかる。


 とっさに僕は背中に差してある魔剣キリシュタリアを抜き、男の一撃を受け止める。


「貴方は一体何の話をしているんですか?」


「忘れたとは言わせないぞ。一体誰のお陰でこの街がこうなったと思っている!」


 男の持つ剣に圧が加わり、更に重くなる。


 力勝負では、今の僕では勝てない……そう判断して剣の腹で男の剣を滑らせて避ける。


 直後、振り下ろした男の剣先に当たった地面に大きくヒビが入る。


「セシリア。元の姿に戻れ」


『分かりました、勇者様っ』


 この人は手強い……。たとえ魔剣があろうともセシリア無しではきっと勝てない。


 この男は一体何者なんだ。


「そういう貴方こそ、どちら様何ですか?」


「この騎士服を見れば分かるはずだ。今亡き『』騎士団団長のギュネス・ハメルだ」


「レイブン……!?」



 レイブン。騎士団がとてつもなく強い事で有名な王国だ。


 だがある日、王が殺されて戦力が大幅に減少し、そのまま壊滅へと陥り『成れ果てた王国』となってしまった。


 レイブン側は全勢力を尽くして異界の英雄との死闘を繰り広げたが、あっけなく敗北した。



「誇り高きレイブンの裏切り者め! 今ここで断罪してやる!!」


「あの、本当に何を言っているんですか!」



 僕の話など聞く耳も無く、男はひたすら僕に剣を振り続ける。


「ぬぅんっ! ぬぉおおおっ!!」


 男の剣が空気を裂く。そしてそれは見えない衝撃波となって僕の首を狙う。


「……!!」


 後ろに身体を反らして男の剣を避けた。前髪が少し斬られたが、全く問題はない。


「ほう、裏切り者とはいえ流石はと言うべきか。王子に剣を教えているだけの腕はあるな」


 この男はどこの時代の人間なんだ……。僕が知りもしないことを独り言のように話しながら、僕の事を恨みながら剣を振っている。



「さっきから何の話かさっぱり分からないのですが……」


「なら思い出させてやる。レイブン王国壊滅へと繋がるきっかけとなった『レイブン戦争』を」


「……!!」

『ゆ、勇者様……どうかしましたか!?』


 僕はその戦争を知っている。正しくは思い出した。


 それは当時魔王軍の長だったセシリアとの死闘の後に起こった戦争だ。


「思い出したか、アストレア。アースラ戦争以降、王子と学友のお前によるレイブン国王の地位争いを巡る戦争になるはずだった。

 だが、あの『ギンジ』とお前が手を組んでから、お前は王になるどころか、王国を破滅させる道を選んだ。

 その時お前が言った言葉を俺は忘れないぞ。『この我アストレアは、異界の英雄と手を組みこの腐ったレイブン王国を粛清する』とな!! その結果がこのムークスだ!

『太陽の後継者』であったカルマ亡き今、この街は永久に日は昇らないのだ!」


「……!!」


 男は前よりも怒りを顕にし、勢いをつけながら僕に剣を振る。


 あの戦争が、このムークスが生まれるようになったきっかけ。勇者の頃の僕がこの手で王子を殺め、王国の太陽を沈めた。



「……そうか。まだ恨んでいたのか、僕の事を」


 至極当然だ。僕は裁かれるべきだ。ここで死ぬべきだ。


 だが僕は『勇者』であるがために『魔王』を倒し、一人の英雄として讃えられた。


 随分と皮肉な世界だ。『勇者が魔王を倒す』。それだけであらゆる罪も洗い流されるのだから。それと同時に僕を恨む者が増える。



 ギュネスの攻撃を避けたり、剣で受け流しながら何故か僕はふと微笑んでいた。


「……何が可笑しい!」


 だけど、可笑しかった。もう昔の話なのに、今だに僕を恨んでいる人がいるとは思わなかった。


『勇者様。一体どうしたのですか?』


「ふふっ…、ごめんセシリア。何でもないよ。ただ、もう過ぎた戦争の火にまた油を注ぐ人がいるとはね」


 その戦争がどうであれ、今は平和ではないか。なのに、平和を守る側の人間がこうやって正義の味方気取って一人の人間に刃を向ける。


 はぁ……、これだから騎士というのは嫌になる。故に可笑しいと思ってしまう。


「……出てきていいよ、セシリア」


『分かりました、勇者様!』


「な、何だこれは……!?」


 僕の背後から禍々しいオーラが放たれ、そこから黒い魔族の服を着たセシリアが出現する。


 右手には『死穿槍ロンギヌス』を持ち、漆黒のスカートが風に揺れる。


『レイブン王国騎士団長ギュネス・ハメル。申し訳ありませんが、ここは一度退いてもらいます』


 ギュネスはセシリアから放たれるオーラに驚きながらも、僕の方に斬りつけてくる。


「ちっ、盗み聞きとは随分と汚い魔王様だぜ!」



「汚い、か……。それはお互い様だろ? 

 王国を滅ぼした汚い勇者と、とうに過ぎた戦争に再び火をつける汚い騎士。汚い人間同士仲良くしようじゃないか」


「何だとっ……ふざけるなっ!!」


 ギュネスの剣を弾きながら僕は答えた。一撃が重すぎて両腕が痺れそうになるが、ギュネスの猛撃を何とか弾く。


 世の中まっさらで綺麗な人間など存在しないのだ。存在自体が汚いのだから。



「セシリア。僕が隙を作るから、それを狙って突いて」


『了解しましたっ!』


 魔王の姿になっても、セシリアはいつものように明るく僕に返事をする。


「ふっ、二対一か。良いだろう。そっちの方が殺しがいがあると言う事だ!!」


 ギュネスは両手で剣の柄を握り、ありったけの力を込める。次第に剣は緑色のオーラを纏い、そっちに吸い込まれそうになる。



「さあ、俺の本気に耐えられるものなら耐えてみろ、裏切り者!!」


「ぐっ……!」

『勇者……様っ!』


 ギュネスの剣から放たれた風に身体を持ってかれそうになる。恐らくギュネスの前に吸い込まれたら即斬られるだろう。


「過去の罪を償え! 己を恨め! 運命を呪え!!『天罪之狩人テスタロッサ』!!!」


 その風は罪人を引き寄せ、刃となり罪を断つ。


 全ては国王となるはずだった今亡き王子のため、壊滅した王国の敵を討つため。



 捨てきれない遥か昔の王国への思いが風の刃となり、裏切った勇者と魔王を切り裂く――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔王使いの勇者〜勇者に救われた魔王は共に世界を変える〜 Siranui @Tiimo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ