第三話「旅の一時」
あれから何時間歩いただろうか。足の感覚は無くなり、身体精神共に疲労しているのを直に感じる。セシリアも同じだった。だが彼女の方がすごく疲れているように見えた。
「全く……人間の姿になったのは良いものの、本来の姿とは違って歩くだけで体力を消費するのでとても疲れます。少し休みましょう?」
「休むのはいいけど…ここら辺に休む場所あったか…?」
「………」
それもそのはず。何故なら今僕達が歩いているのは森に囲まれたただの一本道なのだ。こんなところで休めるわけがなく、休んでいる間に熊や魔物に襲われる可能性もある。
「確かにそうですが…早いうちに休まないと今後身体が保ちませんよ?」
「でもここで野営は危険すぎる」
「それならご安心ください!『闇の
セシリアは地面に僕達がすっぽり入るくらいの巨大な魔法陣を展開させ、そこから帳のようなものが僕達を覆い尽くす。そして帳は地面の中へと沈む。
暗くて何も見えない。セシリアはどこにいるのか。これで身体は休まるのか。色々な意味で心配だ。
するとパッと光が闇の中を照らした。……というよりは闇が浄化されて光になったというべきだろうか。
「勇者様、心配御無用です!私達が広々と寝られるくらいの大きさで囲いましたから!それに、魔力調整で床を柔らかくしているので安眠できると思いますよ!」
そう言われるとなんか床が体重の分沈んでいるのが分かる。まるでクッションみたいだ。実際これがあの魔王の魔力で出来ていると考えると少し幻滅してしまう。かつて世界を滅ぼそうとしたあの魔王がだ。
「勇者様、遠慮しないで!ほら、一緒に寝ましょう?お布団は無いのでくっつくしか暖を取る方法は無いんですよ?」
「………。」
ぶっちゃけここの中はあまり温度というのを感じない。寒さも無ければ暑さもなく、涼しいも無ければ暖かいも無い。もう『虚無』とでも言うべきか、ここは。
「勇者様、こっちに来てください。いくら魔王である私とて、人恋しくなる時があるんです!なので今日は一緒にくっつきあって寝ましょう?」
「……………………。」
どうする。おそらくあの魔王に拒否は通じない。だがこのまま肯定するのは僕のプライドが許さない。こうなったらもうあれしかない。
「魔王セシリア。それを賭けて僕と勝負しろ。一撃決着型で僕が勝ったら距離を置いて寝る。負けたら君の好きにすればいい」
もうこれしかない。この賭け引きで勝つしかない。今の世の中はそういう世界だ。
「そうですか…ふふっ、構いませんよ?ですが、容赦しませんからね?」
「うん、そうしてくれた方がやりがいがあるよ」
「ですけど、ここで一つハンデを。勇者様は魔剣を使ってもいいですよ。私はこれを使いますので」
そう言うとセシリアは右手から魔法陣を出現させ、そこから勢いよく槍のようなものが突き刺さる。
「これは……」
「ええ、これは『
ロンギヌスってあのゲイボルグに並ぶ最強の槍じゃないか……あれに勝てるのか…?
いや、やるしかない。
「…はぁっ!!」
僕は勢いよく魔剣を引き抜き、セシリアに襲いかかる。
「ふっ…!」
魔剣を右に体を傾けて避け、その隙に槍を僕の腹めがけて突く。
「あぶなっ……」
「あらっ…!」
ギリギリ魔剣で受け流すことができた。その勢いで槍を振り払い、無防備な状態のセシリアに一撃を与える。……と思ったが目の前にセシリアはいなかった。見失ってしまった。
どこだ、どこにいった……
「こちらですよ、勇者様!」
「っ……!!!」
危なかったが、これもギリギリで躱し魔王と向かい合う。
背後に回られるとは…失態を犯したな。次は気をつけようと心に呟き再び突進する。
にしても流石は魔王だ。どんな武器でも使いこなせている。剣一筋に鍛えた僕相手でさえも余裕があるように見える。まるで戦う前から自分が勝つことが分かっているかのように。
「勇者様、もっと本気出していいんですよ?」
「っ……!!」
隙がない。完全に防戦一方だ。これでは確実に負ける。こうなったら一か八かだ。
そう思い僕は魔剣に魔力を集中させる。
「うぉぉおお!!!!」
赤黒い魔力のオーラを魔剣に纏わせ、魔王を襲う。セシリアはそれを何なく受け止めるが、先程とは比べ物にならない速さで魔王の背後に回る。
「……遅い」
「……!!!」
一撃。今度こそはいける。これで終わりだーーー
「確かに、これで終わりましたね」
「うぐっ…がっ………」
何故だ。何故こうなったのだ。僕には理解出来ない。確かにあの時僕の剣はセシリアの背後を捕らえたはずだ。なのに、何故だ。
「これが魔王の力です!なんちゃって…」
「そういう……問題かよ…」
「あ、すみません!今すぐ回復魔法を……」
セシリアは僕の背中に刺した槍をゆっくり引き抜き、すぐに回復魔法を唱えた。
「はぁ……、何で負けたんだ……」
「勇者様もまだまだですねっ」
「今セシリアの敵にならなくて良かったよ…ほんとに」
もし今の僕の実力であの時の魔王と戦っていたら、間違いなく負けていた。
「またいつでも付き合いますからねっ!」
「……うん。また頼むよ」
でも今は仲間だ。あの魔王ほどの強さを持った人と毎日戦えるなら僕の実力も上がる。だからこれはいい機会だと思う。
だから、これは意味のある敗北だ。まさか魔王と戦ってそう思わされるとは思わなかったけど。
「ところで勇者様、大事なこと忘れてません?」
「ん?なんの事だい?」
一体何かしたのか?何か重要な約束をしたのだろうか。
「違います、今日一緒に寝るって話です!今の戦いはそういう賭けでしたよね?」
「あっ……!!!」
戦いに夢中になっていて忘れていた。さっきそんな事を言っていたな。で、僕が負けた。ということはそういうことか。
「じゃあ、今日は一緒に寝てもらいますからね〜勇者様っ」
背後から強く抱きしめられクッションのような床に沈む。地獄の始まりだ。こうなったらすぐ寝てやる。賭けは賭けだ。こればっかりは仕方ない。
「勇者様〜って、あれ?勇者様?」
「…………」
この後どうなったかは何も知らない。ただ知るのは魔王セシリア一人のみ。
「勇者様〜!朝ですよ〜、起きてくださ〜い!!」
「……はっ!」
いきなり目が覚めた。というか起こされた。そのおかげか目覚めから視界がぼやけていない。気づいたら魔王が何故かニコニコしながら僕を見下ろしていた。
「……セシリアさん?何で笑ってるの??ちょっと怖いよ…」
「ふふっ……すみません、勇者様の寝顔がとても可愛らしかったので、堪能させてもらいましたっ!」
「………!!!!」
急に恥ずかしくなった。僕の寝顔を魔王に見られた……これはもう屈辱以上の絶望だ。
僕は体を反らした。これ以上見られたくない。
「何をそんなに恥ずかしがってるんですか?パートナーなんですからこれくらいはしないと、でしょ?」
「そういう問題じゃない」
「そういう問題ですっ!それと、貴方のその照れ隠し本当に可愛いのでもっと見せてください!」
………よし、もう行こう。これ以上からかわれるわけにはいかない。
「もう行こう。時間もあまりない。いち早く近くの町にいかないと」
「ふふっ…全く、そういうところですよ?では、そろそろ行きましょうか」
闇の空間が浮いてる感じがしたと思いきや、いつの間にか細長い森の道に風景が変わった。地面が沈むように感じる。あのクッションのような床で過ごしていたからか。
「では、歩きましょう!ここからだと、『ムークス』が一番近いでしょうか?」
「ムークス…『一日中太陽が昇らない町』か」
そう。これから向かおうとしているムークスという町は世界で唯一不可解な現象が起こる町で有名だ。その一つが『一日中太陽が昇らない』ということだ。人類はその現象を『黒夜』と呼んでいる。一日中太陽が沈まない『白夜』の逆の現象ということからそう名付けられた。
「ここからまっすぐ行けば着く?」
「そうですね、とりあえずはここを抜けない限りは何も始まりません」
「そうか。じゃあ行こうか」
「はい!」
森と共に続く長い一本道を抜けるべく、勇者と魔王は共にその道を進む。
『日の昇らない町』へとーーー
『敵の分際が我を呼び起こすとは……人間も隅に置けなくなったということか』
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