第一話 レジェンドドラゴンとシルバーフェンリル②

 おたがいの認識のすり合わせが終わった私たちは森の出口へと向かった。森の出口には馬がいて、森から騎士団までは馬での移動となった。

 馬は一頭しかいないし、つう自動車(AT限定)うんてんめんきよしか持っていない私が馬に乗ってさつそうと進むことはできない。ので、ずかしながらザイラードさんと二人乗りをして、騎士団へと向かったのだが──

「聖女様だ!」

「聖女様のおかげで国が救われた!」

「伝説にある救国の聖女様だ!」

 ──騎士団は救国の聖女の登場にねつきようしていました。

 なにかの動物がえがかれた旗(国旗かな?)が、かんせいに合わせてはためく。まさに勝利を祝うワンシーン。

 ちなみに話題の聖女様は私のことではない。私がザイラードさんと騎士団についたときにはすでにフロアは最高潮だったので……。

「……救国の聖女はここにいる」

 盛り上がる面々に、ザイラードさんが低い声で、けれどしっかりと通るように告げた。

 その言葉に熱狂していた空気が一瞬で静まり返る。そして、私へと視線が集まり──

「なんだそいつは」

 ──聞こえたのは、バカにしたような声だった。

「ザイラード、おくれてやってきてその言い草はなんだ! お前といつしよにいるのが救国の聖女だと? 笑えることを言うじゃないか」

 にきらびやかな衣装の男性がやれやれと肩をすくませる。

「レジェンドドラゴンのしゆうらいに際し、異世界から来た救国の聖女様はこちらだ!」

 えらそうに胸を張った男性が、となりにいる女性を示した。そこにいたのは──

「わぁ美人な女子高生」

 ──とてもかわいいセーラー服の女子高生。そして、女子高生は私をにらんで、さけんだ。

「私が聖女よ!」

 そうか。

「あちらが聖女様みたいです」

 どうやら。よくわからないが、本人が言うからそうなのだろう。

 あっさり納得すると、ザイラードさんはなんとも言えない顔で私を見た。

「俺はあなただと思うが……」

「私は私だと思わないですね……」

 認識のそう。ザイラードさんには出会ったときから『救国の聖女』認定をされていたが、一回もしっくり来ていない。ので、女子高生がそうだと言うのならば、そっちが正しいのではないだろうか。

 すると、きらびやかな衣装の男性が話を始めた。

「第七騎士団からレジェンドドラゴン襲来の知らせを受け、私たち王宮軍はすぐに飛んだ。半信半疑で転移魔法陣を使ったが、ここに到着して、その知らせが真実であるとわかった。の森にいたレジェンドドラゴンの姿がこちらからも見えたからだ」

「最初、レジェンドドラゴンの姿はきよだいだったからな。遠くからでも見えただろう」

「ああ。ザイラードが戦っているとは聞いていた。私たちもすぐにけ付けようとしたのだ。すると、そこに聖女様が光に包まれて現れたのだ……!」

 なるほど。理解。時系列で言うと、

・レジェンドドラゴンが現れる

・ザイラードさんが気づく

・(たぶんここあたりで私が森に迷い込む)

・ザイラードさんが部下をがし、王宮へとれんらくする

・ザイラードさんとレジェンドドラゴンが戦う

・(たぶんここあたりで私が森をうろうろする)

・王宮軍が騎士団のもとへ到着する

・王宮軍がレジェンドドラゴンの姿を確認する

・光に包まれた美人な女子高生が騎士団の前に現れる

 こうだろう。私が迷子になっている間に、いろいろとことが進んでいる。

「聖女様はな! ドラゴンを見つけたしゆんかんいのったのだ!」

「祈る……」

 それはすごい。私はドラゴンを見つけた瞬間、「うわぁドラゴンだぁ」ってかんたんしてしまった。ドラゴンを見つけたら祈ろうなんて、生きてきて一度も思ったことがない。しゆんにできた女子高生はもはや別次元の存在だ。たしかに聖女っぽい。

「その瞬間、ドラゴンは消えた! 聖女の力でじようされたのだ!」

「はい。私にはそういう力があると思います」

 きらびやかな衣装の男性の隣で、美人な女子高生は自信たっぷりにうなずいた。この子がそう言うならばそうなのだろうと思わせる力がある。説得力◎。

 私はみぎかたをちらりと見た。

「だってさ。君、浄化されたみたいだよ?」

「浄化サレテナイ! チイサクナッタダケダ!」

「まあ、これでどうして小さくなったかわかってよかったね」

 美人な女子高生に祈られたからだ。へいぼんな会社員に手をかざされたからというより、はくがつくだろう。よかったよかった。

 私が「うんうん」と頷くと、ドラゴンはこうするように、パタパタという羽音を大きくした。私のほおに当たる風が強くなる。

「風強い、風強い」

 適当にかわしていると、ザイラードさんが私の手をはなした。

 そして、女子高生のほうへと向かっていく。

「……あなたは、あの小さなものをどう思いますか?」

「あの女性の肩にいるのよね? なにも思わないわ」

「……浄化とはどういうものですか?」

「それは……その、うまくは言えないわ。説明してもわかってもらえる感覚ではないから」

 女子高生は後半、言葉をにごすと、ザイラードさんから姿をかくすように、きらびやかな衣装の男性の後ろへと回った。

「ザイラード、あつするのはやめろ」

「……そんなつもりはないが」

「お前は常に人をきようさせるんだ。気をつけろ」

 きらびやかな衣装の男性は、女子高生を守るようにザイラードさんの前へと立った。

「私はこの女性を救国の聖女として王宮へと連れて行く」

「……それならば、彼女も一緒に」

 ザイラードさんが私を示す。

「俺は彼女こそが国を救ったと思っている。この目で見たからだ」

「お前はドラゴンと戦っていたから、よくわからないうちにドラゴンがいなくなって、まどっているんだろう」

 男性はザイラードさんの言葉をハッと鼻で笑った。そして、私へと視線を移す。……が、いやな感じだ。

「そうだな、たしかにそこにいるのも、この国の服ではないものを着ているな」

 しげしげと私を観察した男性はいやそうに顔をゆがませた。

「まあ、一緒に連れて行ってもかまわないが」

 その目からけんれ出ている。というか、隠そうともしていない。

 救国の聖女様を見つけた! と盛り上がっているところだったしね。そんなときに私が来てしまったのがよくなかったのかもしれない。最高潮だったフロアがちょっとしずんだしな。しかも、ザイラードさんは私のことを聖女だと主張しているし……。

 本当は捨て置きたいが、ザイラードさんの言葉を無視できない。しかたなく、めんどうに関わっているというのが、ひしひしと伝わる。

 正直、初手からこんなにきらわれている人と一緒に行きたくはない。しかも、周りの空気から感じるに、それに対して意見を言えるのはザイラードさんぐらいのようだ。

 立場のあるいやみな人に嫌われるって、それどんな仕事の続き……。嫌み上司にねちねちからまれながらの勤務をようやく終えたというのに。まだ今日という一日は続くのか……。死んだ目になる。

 すると、きらびやかな男性は私を見下しながら、指差した。

「おい、お前。ザイラードにうまく取り入ったな。連れて行ってやってもいいぞ。『ついで』にな」

 うーん、行きたくない……。

 が、異世界に迷い込んでしまった私はなにももっていない。屋根のあるどこも食事もないのである。そして、えんもよすがもお金もない。

 となれば、だれかに世話になる以外に生きていく道はない。わざわざ『ついで』を強調する人間とともに行くのはいやだが、しかたがない。ザイラードさんも、この人に私を連れて行くようにたのんで(?)いたしね。

「そのかわり、もう二度と『救国の聖女』だなどと、あざむこうとするんじゃないぞ」

 男性はそう言って、いやそうに顔を歪めた。

 ……欺くもなにも、私だって自分がそうだとは思っていない。美人な女子高生と平凡な会社員。聖女がどちらかと聞かれたら、それは女子高生だ。私もそう思っている。

 のに、私の話も聞かず、一方的に私が聖女をかたり、ザイラードさんに取り入ったと言われると、ムカムカする。どっと心労が増した。これ以上つかれさせるんじゃない……!

 思わず表情に出そうになる。その瞬間──

「うるさい」

 ──バキッとなにかが当たる音が鳴った。

「俺は彼女を『救国の聖女』として連れて行ってほしいと言ったんだ。彼女を敬うつもりもなく、勝手に話を進めて、彼女をおとしめるようなことを言うのは許さない」

「な……な……っ、ザイラード、なぐったな!?」

「用が済んだなら帰れ」

 きらびやかな衣装を着た男性が地面にしりもちをつき、頬に手を当てていた。

 ザイラードさんはその前に立ち、低くひびく声でたんたんと告げている。

 私には背を向ける形なので、ザイラードさんの表情は見えない。が、すごくおこっていることが伝わってくるな……。

 私もいつしゆん、怒ったはずだが、私以上に怒ったザイラードさんを見て、スンッと落ち着く。

 え、というか、だいじよう? ザイラードさん殴っちゃったの? え? なんかきらびやかな衣装の男性、地位が高そうだけど……!?

「申し訳ない。いやな話を耳に入れてしまった」

 ザイラードさんは地面に座り込んでいる男性から離れて、私のもとへともどってくる。

 つうにイケメンな表情で、優しい声だ。

「疲れていると言っていただろう? こちらへ。まずは休める場所へ案内する」

 そう言って、左手を差し出してくれる。また手を取って案内してくれるつもりのようだ。

 自然に私も手を乗せると、温かな体温が伝わる。……この手で殴ったのだろうか。

 私の疑問が顔に出ていたようで──

「大丈夫だ。殴ったのは反対の手だ」

 ──ザイラードさんはいい顔で笑った。

 わぁ、いい笑顔。イケメン。だが、よかったのか……?

「あなたが王宮へ行けるよう、ちがう方法を取るから心配しなくていい」

 ザイラードさんが私の手を引きながら、優しく話してくれる。

 殴り飛ばされたきらびやかな衣装の男性。彼についていかなくても、違う伝手つてで私は王宮へ行くのだろうか。

「あ、それなんですけど、王宮って行かなきゃいけない場所なんでしょうか?」

 そもそも論。必ず行かねばならないのだろうか。正直、行きたいと思えないのだが……。

「必ずというわけではない。が、救国の聖女としてのたいぐうと、国のちゆうすう部でのはなやかな生活を送っていけると思う」

「なるほど……」

「俺が団長をしている第七団は、ものを相手にする危険な任務であり、ちゆうとんも国境付近のへきだ。もちろんここにいる間は俺たちがあなたを軽んじることはない。が、ここにいるよりも王宮での暮らしのほうが、安全で楽しみもあるのではないか、と」

 ザイラードさんの話をうなずきながら聞く。

 つまり、ザイラードさんは私を追い出すために、王宮の話をしているわけではない。むしろ、私のために王宮のほうがいいのではないかと考えてくれたようだ。それならば──

「しばらくは、このままでお願いできませんか?」

 エメラルドグリーンのひとみを見上げる。

「私は華やかな暮らしより、気を張らない暮らしをして、少し休みたい気分で……」

 自分が聖女であると主張した美人な女子高生。若さにあふれていた。救国の聖女になって王宮へ行く! というバイタリティを感じたよね。

 が、私にはそれはない。じようしよう思考もぜいたくへのよくもないのだ。ただただ疲れている。休みたい。休ませてくれ。異世界に来てまで、人間関係に胃を痛めたり、ねちねち嫌味を言われたり、マナーや作法やなんやかや、面倒なことをしたくない。

 ──ハッピーライフ希望。

「魔物のいた森は木の実がれたりしませんか?」

「採れる。キイチゴがうまいな」

「あーそれ食べたいです」

 キイチゴをんで、カゴいっぱいにしたい。

「川があったりして、魚がれたりとかは?」

「川はある。あまり人間が来ないから、釣りわなに慣れていない。つり竿ざおを下ろしたたんにすぐにかかるぞ。塩焼きがうまい」

「あーそれも食べたいです」

 釣りはしたことがないが、ザイラードさんの話だと、素人しろうとの私でもいつぴきぐらいは釣れるかも? ぜひやってみたい。

「王宮に行くより、そういうことがしたいな、と。ごめいわくかとは思うのですが……。もちろん、働くことができれば、そちらの手伝いもします」

「いや、救国の聖女を働かせるなど……。しかし、本当に、そんなことでいいのか?」

 見上げたエメラルドグリーンの瞳がおどろいたように私を見ている。

 なので、私はへへっと笑った。

「とてもりよく的です」

 疲れすぎて、脳が活動をやめているせいかもしれないが、元の世界に戻ってどうこうよりも、ここでそうやって生きていくのもいいのかもしれない、と思う。

 とにかく、王宮に行くよりは絶対にこちらにいたい。

 すると、ザイラードさんはふっと息をいて──

「そうか。それならば、ここにいてくれるとありがたいな」

 ──はははっとさわやかに声を上げて笑った。

 金色のかみかがやき、エメラルドグリーンの瞳がやわらかく細まる。はい、イケメン。はい神。

「──っザイラード!!」

 そんな私たちへといらったように声をかける者が。

 り返ると、そこにはまだ尻もちをついたままのきらびやかな衣装の男性とそのかげかくれるようにいる女子高生が見えた。

「お前はだまされている! 目を覚ませ!」

 ……うん。この場合、騙しているのは私であろう。が、私には人を騙す活力がない。休みたいだけなので。

「……もう一発」

 ザイラードさんはぼそりとそうつぶやいた。そして、私から手をはなして──

 ……もういっぱつ? もう一発。あ、それ、あ、それ……。

「ザイラードさん、私は気にしてないので……」

 すでに歩き始めてしまった背中に一応、声をかける。

 が、ザイラードさんはいい顔で笑うだけだ。

「心配ない」

 いや、心配というか……。

 すると、その途端、森のほうにズンッとなにか重いものが着地したような音がした。そして、ゴウゴウと音を立て、地面がれる。しん!?

「シルバーフェンリルだ!!」

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