第一話 レジェンドドラゴンとシルバーフェンリル①

「あなたは救国の聖女か?」

 目の前のイケメンが私の前に跪き、きらきらと輝くひとみを向けている。

 瞳の色はとてもきれいなエメラルドグリーンだ。こんな色、日本では見たことがない。というか、外国にもいそうにない。

 髪の色は金色でこれもきらきらと輝いている。全体的にすべてが輝いてるな……。

 が、告げられた言葉の意味がわからない。

 きゅうこく……、救国? せいじょ……、聖女?

「えっと、救国とは、国を救う? であってますか?」

「ああ、そうだ」

「そして、聖女とは、聖なる女性? であってますか?」

「ああ、そうだ」

 そうか。

ひとちがいですね」

 私はただの会社員なので……。

「しかし、あなたのかたにいるのは……」

「肩」

 エメラルドグリーンの目にられて、自分の右肩を見る。

 白銀のうろこに青色の目がきゅるんとかわいい、トカゲ……ではないらしい、なにか。

 さっきまで胸元にいたんだけど、私の肩へと移動したようだ。ちょうどトイプードルサイズで、パタパタと羽を動かしている。

「レなんとかドラゴン……」

「レジェンドドラゴンダ!」

「そうそれ」

 レジェンドドラゴンね。わかった。覚えた。

「……君、さっきまで大きくなかった?」

 仕事帰りに突然、森へ来てしまった。で、金属のぶつかる音がして近づいたら、まんとかゲームとかに出てきそうなドラゴンがいたんだよね。おんふんがして、思わず、こう「ちょっと待ってください!」みたいな感じで手をかざす? みたいになったら、ドラゴンが小さくなっちゃったんだよねぇ。

「オレハオオキカッタ!」

「だよね。どうして小さくなったの?」

「ワカラナイ!」

「そっか」

 じゃあしかたないか。早々に思考をほう。本人がわからないならわからない。

 すると、イケメンがしんみような顔をして私を見上げた。

「見たことをそのまま伝えさせてもらうが、あなたがドラゴンを小型化したのだと思う」

「わたしが どらごんを こがたか」

 ちょっと漢字へんかんが追い付かない。

「……あの、私、今、助けてくださいとお願いしたと思うんですが」

「ああ」

「申し訳ないんですが、自分のじようきようがよくわかってなくて。仕事帰りでこことはちがう場所にいたんです。で、気づいたら森で……。なんか迷子かな? っていうかんしよくなんですよね」

 事情的に。

「なので、ドラゴンを小型化するなんて無理ですし、私は今、混乱してるところです」

「なるほど。気づいたらこの森にいた。どうしたらいいのか、と」

「はい。ですので、助けてほしくて、こうして声をかけました」

 すごく変なことが起きていることはわかる。私のなぞ事情を説明されても、このきんぱつの男性も困るだろう。が、すべてをそのまま伝える。私はつかれているのだ。げんな上司のねちねちこうげきにより、もはや脳が停止していて、深く考えられない。

「……わかりました。どうやら疲れているようだ。俺も突然のことでおどろいている。ただ、あなたが俺と、そしてこの国を救ってくれたのはたしかだ」

 男性はそう言うと、スッと立ち上がり、私の手を自然にとった。

「俺の名前はザイラード。第七騎士団の団長をしている。あなたをひんかくとして団へと案内する」

「ひんかく……きしだん……」

 だめだ。本当に全然漢字変換できない。

「オレモイク!」

 右肩ではレなんとかドラゴンが元気に声を上げる。

 私は男性とドラゴンをこうに見て、うーんと考えた。一応、としごろの女性としての危機意識や、ここまで生きてきた社会人的常識によって、このままついていくか迷う。が……。

「……よくわからないんですが、お願いします」

 このイケメン、すごくかがやいている。私をだましてどうにかしてやる! というような雰囲気はない。……もしかしたら、顔に釣られてノコノコついていったら、こわい人がたくさんという展開はあるかもしれない。が、見知らぬ深い森の中で、ほかにたよれる人もいないしね。もう私はなにも考えたくない。疲れた。ので、ついていってみよう!

「あなたの名前は?」

「あ、 とおるといいます」

「ハノ・トール」

「はい」

 金髪イケメン、えっと騎士団長? のザイラードさんに名前をたずねられたので答える。発音とかがしっくり来ていないので、漢字変換されてない気がするが、まあいいか。

 それよりも気になっていることを聞かねば。

 私はザイラードさんに手を取られ、森を歩きながら、気になっていることを聞いた。

「あの、ここどこです?」

 そう。ここどこなのか問題。

「ここはギルアナ王国の国境付近。ものが住む森だ」

「ほぅ」

 なるほど。OK。これでここどこなのか問題は解決した。

「全然わからないですね」

 仕事で疲れ、脳が停止した私にはとうてい理解できない、と。はい結論。

「あの、日本って国は知っていますか?」

「ニホン?」

「あ、いえ、いいです」

 ザイラードさんのきれいなエメラルドグリーンの瞳が不思議そうに私を見た。そして、そのしゆんかんさとった。

 ──ここ異世界じゃね?

「……あの、異世界って信じます?」

 あやしいことは重々承知。だが、聞くしかない。

 なので、エメラルドグリーンの瞳を見上げてみると、ザイラードさんは思ったよりもしんな表情はせず、ふむ、と考えるように目をせた。

「こことは違う世界、ということだろう。あなたはつまり、異世界から来たのではないか? ということか」

「はい、そんな感触がしています」

 ザイラードさんって考え方がじゆうなんだな。初対面の人に「あなたは異世界を信じますか?」と聞かれて、「あなたが異世界から来たということですか?」と返せる人がいるだろうか。

 たぶん、私が日本でそう言われたら、とりあえず交番に案内しちゃうよね。困ったときは警察へ。あ、そう。交番。警察。

「あの、ここが異世界だとして、私はここでどうしたらいいのか……。私みたいな人が困ったときに世話になるような場所ってありますか?」

 警察とか交番とか、そういうのがあればいいなぁ。大使館なども思いかぶが、なんせここ、異世界だしな……。日本大使館はないだろうな……。

 不安の中、疑問を投げると、ザイラードさんは私を安心させるようにうなずいた。

「それについては心配ない。騎士団はこの地に住む民を守る役割があり、困った人がいた際には手助けもしている。そして、俺はそこの団長をしていて、あなたを第七騎士団の賓客として、案内したい」

「ほう」

 つまり、第七騎士団が警察的機能を果たしていて、私をそこへひんかく……賓客? つまり客人としてあつかってくれるということだろう。それならば、とりあえずは屋根のあるどこと食事にはありつけそうだ。

「すみません。状況がわかって、事態がみ込めて、なんやかんや理解が進めば、それなりに考えて、立ち回るので……」

 たぶん。きっと。ふわっとした感じで申し訳ないが。一応、会社員なので、なにもせず延々とめしを食らうぞ! とは思ってはいないので……。

「申し訳ないんですが、落ち着くまで、お世話になってもいいでしょうか」

 そこまでしてもらうのは気が引けるし、すぐに信じるなんて危ないかもしれない。が、手を引いてくれるこの温かさが私のけいかいしんを解いていく。それに一度も私を不審者扱いしないのも好感がもてた。

 よくわからないまま森に放り出された先にザイラードさんがいてくれたことが幸運としか思えない。ので、ザイラードさんの優しさに甘えようとぺこりと頭を下げる。

 すると、落ち着いた声がかけられて──

「俺はあなたを救国の聖女だと思っているし、国にはそう伝えるつもりだ。落ち着くまでと言わず、ずっといてくれて構わない。それに、異世界から来たということならば、それについての情報収集にも協力しよう」

「え、神かな」

 ザイラードさんの優しい言葉に思わず言葉がれる。

 怪しい会社員になんて温かい言葉を。輝く金色のかみの向こうから後光が差している。

「俺はあなたに命を助けられた」

「……本当ですか、それ?」

「ああ。そのかたにいるレジェンドドラゴンに殺されるところだった。そして、気まぐれに国もほろぼされるところだったからな」

「……この小さくなったドラゴンが?」

「最初に見たときは大きかっただろう? レジェンドドラゴンは最強クラスの魔物だ。部下を先に帰らせて、伝令をたのんだ。いまごろ、転移ほうじんで王宮から王宮軍がとうちやくしているころだろう」

「おうきゅうぐん」

 なんかすごそうな単語が出た。

「俺はレジェンドドラゴンを見つけたときにはすでに死を意識していた。王宮軍が到着するまで、せめて、レジェンドドラゴンの到着を上層部へ伝えるまで。そのいつしゆんのために時間かせぎがしたかった」

 自らの決意をたんたんと話すザイラードさん。声の調子が変わることはなかったが、だからこそザイラードさんの意志の強さと、本気が感じられた。

 私が「ドラゴンだぁ」とのんきに声を上げていたとき、ザイラードさんは国のため、自らの命を差し出している真っ最中だったというわけだ。

「あなたが一瞬でもおそければ、レジェンドドラゴンはブレスをき、俺の命は終わっていただろう。あなたがドラゴンを小型化し、さらに親愛も向けられている。俺はそれを──せきだと思った」

 ザイラードさんはきれいなエメラルドグリーンのひとみをまぶしそうに細めた。

 その表情と言葉に私はなにも言えなくて……。

「あなたが異世界から来たというのならば、それこそが救国の聖女のあかしだと思う。あなたの功績に見合うもてなしができるかはわからないが、あなたの暮らしが良くなるよう、努力させてほしい」

 ……きらきらしているわぁ。

 なんかわからないけど、拝みたくなる。私はそっと両手を合わせた。

「神だ……」

 そうして、自分が異世界転移したこと、レジェンドドラゴンという最強クラスの魔物(?)を小型化したのかもしれない、ということまではうっすら理解できた。あと、ザイラードさんが神で、団のお世話になれば、生活に問題はなさそうなことも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る