プロローグ 迷子の聖女と救われた騎士
仕事の帰り道。
「え? なにこれ……」
どう考えてもおかしい。仕事に
とにかく今日はめんどくさい一日だった。
なぜだかわからないが上司の
でもまあこういうことは、しばしば起こる。自分自身では
真っ暗だった空は明るく、まだお昼ぐらいに思える。アスファルトの道は草が
しかもその木は一本じゃない。あっちも木。こっちも木。一つ飛ばしてあっちも木。……ちなみに一つ飛ばしたのももちろん木。
そう。仕事に疲れて遠い目をしていた会社員の私は、気づけば森へと迷い込んでいたのだ。なんでだ。
「……どこ、ここ?」
● ● ●
その日、
魔物といっても、森の奥深くまで行かなければ、小型の鳥やウサギ程度の存在だ。が、それらの姿を一切見ないのだ。……なにかがおかしい。
後ろをついてくる部下たちへと目配せすれば、心得ている、というように
そうして、
いつもならば見回り程度の任務だが、今日は何かが起こる、そんな予兆を感じながら──
「──っレジェンドドラゴンだ……!!」
ピリピリした気配の中、目のいい騎士が声を殺しながら、一点を指差した。
その声に他の騎士も
ザイラードもその声に反応し、右手奥へと視線を向ければ、こんな森の入り口付近にはいるはずのないレジェンドドラゴンがいた。
「くそっ……」
「そんな、まさかっ……」
騎士たちに
いつもの見回りのつもりであり、装備も人員も心構えもすべて不十分。魔物の中でも最強クラスであり、ほぼ物語の世界でしか登場しない敵と戦えるわけがないのだ。
白銀の
幸い、レジェンドドラゴンは騎士たちに気づいていない。であれば、今ならばまだ逃げることが可能かもしれない。
「……よく聞け」
ザイラードは声を
「俺はここに残る。お前たちは騎士団の
「しかしっ──」
「この中で一番強いのはだれだ?」
「……団長です」
「そうだ。俺がここを受け持つ。お前たちは砦へ戻り、みなに伝えろ。砦にいる副団長であれば、王国軍へと
「もし、このまま我が国の領土へと
大げさではない。レジェンドドラゴンにより国が滅亡したことは過去にもあったのだ。
栄えていた国が、最強クラスの魔物に
勝っても利はない。そして──負ければ滅亡だ。
ここ魔の森は
「──行け」
ザイラードの命を受け、騎士たちは音を立てぬよう、細心の注意を
ザイラードとともに残ろうとする者もいた。だが、ザイラードは彼らを足手まといだと追い返した。
ザイラードは強い騎士だ。しかし、レジェンドドラゴンの前で他者を守るような立ち回りができるとは思えなかったのだ。
レジェンドドラゴンに気づかれぬよう気配を殺し、そっと近づいていく。そうして、ザイラードは自身の
レジェンドドラゴンがなにか行動を起こせば、
まだ、レジェンドドラゴンの動向はわからない。そう。このまま飛び去る可能性もあるのだ。ザイラードは一縷の希望を胸にレジェンドドラゴンを観察した。
しかし、その希望はすぐにかき消され──
「人間コロスカ」
ザイラードの望みを笑うように、レジェンドドラゴンは低く
高位の魔物は人語を理解できるという。レジェンドドラゴンは最強クラスの魔物であり、当然のように言語を使用できた。
「
レジェンドドラゴンはそう言うと、ひょいと地面のなにかをひっくり返した。
それは魔物用の
レジェンドドラゴンにとって、魔物用の罠に爪がひっかかったことなど、取るに足らないことだ。が、レジェンドドラゴンはそんな
「ドチラニシヨウ?」
レジェンドドラゴンは右左と首を動かした。
魔の森はザイラードの国と隣国との国境に面している。
魔物用の罠を置いたのがどちらの国の者かはわからない。が、今、その存続がドラゴンによって決められようとしていた。
「ン?」
そのとき、ザイラードの潜んでいた茂みの奥からピチチッと鳥が羽ばたき、飛んだ。
レジェンドドラゴンはそれを目で追って──
「ヨシッ。ミギ」
──右。
それはザイラードの国だ。
「はぁっ!」
その
「ッナンダ?」
レジェンドドラゴンの首まであとわずか。
剣は届くことなく、レジェンドドラゴンが大きく身を引いた。
「くそっ」
ザイラードは初撃の失敗がわかったが、すぐに追撃をかけた。
けれど、それはすべてレジェンドドラゴンの爪によって
「オマエ、人間ニシテハ、ツヨイ。
「言葉がわかるなら、魔の森へ帰ってくれ」
「ナイ。キメタコト、カエナイ」
レジェンドドラゴンはそう言うと、深く息を吸った。
「ブレスが来るっ……」
ザイラードは背中に冷たい
爪であれば、剣で防ぐことができる。だが、ドラゴンのブレスは高温の
もっとも、それははじめからわかっていたこと。だから、ザイラードは初手で決めるつもりだったのだ。初手を
「ここまで、か……」
ザイラードは呟いた。
目の前には息を吸い終わったドラゴン。次の瞬間にはザイラードの姿は
ザイラードの
そして──
「うわぁ、これドラゴン!?」
──
瞬間、レジェンドドラゴンはゴクンとブレスを
「は?」
「ン? ナンダ?」
ザイラードが
「……? チイサクナッタ」
──レジェンドドラゴンの体が、ぐんぐんと小さくなっていった。
「あれ? ドラゴンがただのトカゲになっちゃいましたね」
明るく
不思議そうな声の主を探せば、ザイラードの後ろにその人物はいた。
「……女性?」
黒い
そして、さきほどまで大きな体をしていたレジェンドドラゴンが、その女性の胸元に飛び込み──
「トカゲジャナイ! レジェンドドラゴンダ! ツヨイ!」
「あ、そうなんだ? ごめん」
「イイ。ユルス。スキ」
「あ、どうも」
ほのぼのとした(?)会話をしている。
よくわからないが。全然わからないが。
「……レジェンドドラゴンが小型化し、女性に
起こったままを述べれば、そういうことだ。
こんなことがありうるとは思えない。が、ザイラードは自身の目で、たしかに
この女性は救国の聖女なのだろうか……?
ザイラードは救国の聖女など夢物語だと、信じていなかった。けれど、実際にここで起こったことは、そうとしか考えられない。
ザイラードは女性の後ろから光が差したのを感じた。
思わず、その場に
すると、女性はザイラードへと
そして、ザイラードをじっと見つめて──
「すみません、出会って早々で申し訳ないんですか、助けてもらえませんか?」
え?
「……いや、助けられたのは俺だが」
そして、この国なんだが……。
ザイラードは
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