第二話 龍骸教団教主の犯行声明


 唖然とする。

 私だけではない。

 この映像を見ている世界中の人間が言葉を失っていた。


 ビジネスが続けられない?

 それだけの理由で?

 一つの商売が消えるから、人類を再び存亡の機に立たせようとしている……?

 そんな……底の浅い悪意が、私たちの邪魔をこれまでしてきた?


『僕の遠大な思想に言葉もでませんか? そうでしょうね、人の上に立って偉ぶっているような人間には解りませんよ、被災者という弱者を救い――感謝される喜びは! その大変さは!』

「どの口がほざく……!」

『無論、僕の、この口が』


 歯がみする。

 奥歯が音を立てて鳴り、怒りが理性を失わせていく。

 乗せられるな、それがあちらの狙いだ。


 まずは落ち着け。

 そして命令を下すのだ。

 今なら不完全な龍を止められるはずで――


『今なら不完全な龍を止められるはず――と考えていますね?』


 思考を読まれた?


『あなたの考えることならば、僕には手に取るように解ります。ええ、ええ、そうです! 初めて出逢ったとき直感しましたとも! ヨナタン・エングラーは、僕、ギルベルト・メッサーにとって不倶戴天ふぐたいてんの敵なのだと!』


 だから、今日この日のために準備を重ねてきたと、男は告げる。

 嬉しそうに、晴れやかに。

 とってつけたような因縁を、支離滅裂な動機を、嬉々として語り始める。


『僕は、あなたのことだけを考え続けてきました』

「なに?」

『少しだけ身の上話をしましょうか? いえ、しらけない程度にほんの僅か。僕の家系は大昔から古代魔法を受け継いでおりました。おとぎ話に出てくる、死者蘇生の魔法です。当然僕には魔法の才があり、これを活かせる人生を送りたいと思っていたのです』


 古代魔法の担い手ならば、この現象も理解が及ぶ。

 完全排除を目的として、龍の心臓へと重ねがけを続けていた神聖魔法、これが悪い方へ作用したのだ。

 我々のアプローチによって龍心臓は抵抗力を失い、やつの古代魔法を受け容れてしまったに違いない。


『ですが』


 そんな真っ当な思考を。

 この場にて正気を保とうとする私を嘲笑うかのように、彼奴きゃつが口調を変える。


『人の世とはままならないもの。人を助ければ救世主と慕われる、これは面倒でかったるくてやってられませんでした。そんなときです、あなたに出会ったのは』


 教祖が告げた。

 私は唸った。

 互いに遠見の魔術を介しながら、むつみ合うようににらみ合う。


『巨大龍災害対策機関の長として、思うがままに他者を操るあなたが、僕は羨ましくてたまらなかった。救い主として搾取される僕と、人を顎でこき使うあなたは、あまりに正逆だったから。だから、あなたになろう誓いました。そして、あなたに嫌がらせをしてやろうとも思いました』


 嫌がらせ?

 この長広舌で語ることが。

 人類の趨勢すうせいがかかった場で口の端に乗せられるのが嫌がらせ?


『そう、嫌がらせです。気が付いてくれていましたか? あなたを出し抜くため、各国へ信者を潜伏させました。これはもう、五年も前から進めていたこと。この完璧な暗躍、気付けたはずがない。否、気が付いていたなら止められましたよね、あなたほどの男なら! だから暗殺などされかける! 落馬の味は美味しかったですか……?』


 ……あれもおまえの仕業か。

 だが、それ以上に解せない。

 彼が私へと叩きつける、この巨大な感情はなんだ?

 私が彼に、なにをした?


。言ったとおり、僕が一方的に羨んだだけです。舞台の中央にいつだっていたあなたは、僕を一顧だにしなかった。こんなにも想っていたのに、視界にすら入れてくれなかった。僕という人間も人生の主役であったはずなのに、物語の主人公であったはずなのに、まるで主演はあなただった。だから……いま思い知らせてやるのです、弱者の一撃を! 今こそ主役の座を奪うのです!』


 弱者というなら、私こそ弱者だろう。

 持っているものなど、何もないのだから。


『好きなだけ戯れ言をほざきなさい。すぐに決着が付きます。長き因縁のね』


 私と彼の間に因縁などない。

 そもそも、民間の被災者支援団体の長以上のことは知らない。

 だというのに、ギルベルト・メッサーは情動リビドーの溢れる瞳で私を見続ける。


『事実、どうですか、今日という日を予見できましたか? ねえ、龍禍賢人殿? 予測できてはいたのでしょう。ええ、ええ、なんとしても龍の復活、止めたいですよね? しかし、残念でしたぁ! 勝負は僕の勝ちなのです!』


 胸を張る彼を見て。

 信者達が「さすが教祖様!」「お見事!」「我らに福音を!」などと歓声を上げる。

 これらの声を聞き、感じ入ったように目を閉じていたギルベルトは。

 やがて、刮目して笑った。


『これが、初めての勝利! そう、生贄じょうけんはすでに揃っているのです――龍よ!』


 彼は背後から何かを取りだした。

 それは、奇妙な形をした龍の鱗。

 逆鱗。

 龍の急所にして、最も深くこの超常存在と繋がった部分。

 私が所持する薄皮とは比較にもならないほど龍そのものとも言える部位。


 まさか、あれで龍を操っているのか?

 そんなことが、可能――


『龍を復活させるには――この信者達の命で十分!』


 な、に?

 疑問を抱くよりも早く。

 龍が、動いた。


 肉を削がれたボロボロの顔が降りてきて、地面を舐めるように這う。

 それだけで、人が消えた。

 血の花が咲いた。


 龍骸教団の信者達が。

 龍の復活に歓呼の声を上げていた者たちが。

 つい今しがたまで教祖を讃えていた彼らが。


 全員、食われた。


 人間だけではない。

 集められていた鱗も、肉も、血も。

 全てが龍へと注ぎ込まれる。

 埒外存在の全身が、ドクンと脈打つ。

 身体から燃えさかるような煙を上げて、龍が甦っていく。


『あはははははははははははははは!!!!』


 ギルベルトの哄笑。

 自らの思惑が全て上手くいったのだと、彼は高笑いを浮かべ。


『おまえ達など所詮は終生の宿敵ヨナタン・エングラーを出し抜くための布石に過ぎなかったのさ! だが安心しなさい、その血肉はまさしくおまえ達が願ったものを甦らせる。さあ、巨大龍よ! 思うさま世界を蹂躙するのです! まずは目の前のエルド王国から! ああ、しかし、しかし! どうぞご安心し下さい国民の皆様。皆様が焼き出されたあとは、ちゃぁーんと僕が面倒を見支配して――え?』


 煙が赤黒い瘴気へと変貌する。

 一帯に、尋常ならざる腐敗臭が満ちる。

 復活しかけていた龍の肉体がドロドロと溶解を初め、崩れ去る。

 強靱な生命力と魔力が崩壊に抗い再生。

 崩れ、蘇り、死に、生き返る。


『な、なにが起きて』


 それなるは、既に巨大龍ではなかった。

 龍などとはかつての名。

 これこそが巨大龍災害の終景。


 巨屍龍アンデッド・ワンが、腐汁まみれの大咆哮を上げる。


『ひ、ひぃいいい!?』


 ボタボタとしたたり落ちる腐った肉に押し潰されそうになって、ギルベルトが逃げ出す。

 しかし、その先には巨大な洞穴が開いていた。

 龍のアギトが。

 問答無用で、教主の身体に噛みついた。


『あ――ありえないぃぃぃぃぃ!? 僕は龍の主で、世界を――』


 そこまでだった。

 教祖の身体が食いちぎられ。

 その辺りに投げ捨てられる。


 勝手に舞台に上がってきた男は。

 自分勝手を極めた後、どこまでも身勝手な退場をした。


 彼の手に握られていた逆鱗だけを飲み込んで、巨大龍――否、巨屍龍が屹立する。


 7000メルトル級の大災害が、いま目標をエルドに定めた。

 巨竜が一歩を踏み出す、大地が震撼する。

 破滅がやってくる。

 おしまいが歩んでくる。


 さあ、この大厄災――どう終わらせる?

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