最終章 いま、災厄に打ち克つとき

第一話 巨大龍を甦らせた者

 秘密の部屋から飛び出し、肉眼にて視認する。

 エルド王都近郊の平野。

 鱗を剥がれ、肉を削がれ、残すところ内臓と骨だけになっていたはずの巨大龍。


 それが、長い首をもたげていた。


 ルルミが術士を連れて戻ってくる。

 すぐさま遠見の魔法を使うように命令すれば。

 悪夢のような光景が広がった。


 屹立する巨大龍の足下には何百人もの人間がいた。

 それらは一様に赤黒い装束を身につけ、一つの旗を掲げている。

 龍骸教団。

 彼らは手に手にある物を持っていた。


 それは、鱗、肉、血。

 これまで人類が身命を賭して奪い取ってきた、巨大龍の構成要素。

 つまり、こういうことだろうか?

 教団は、素材を龍に返すことで、その命を復活させたと?


「馬鹿げている! ルルミ」

「はっ」

「各国に伝令を飛ばせ。巨大龍、復活せり、手はず通り即応を求むと。国内にも最大級の警報を発しろ、避難誘導もだ!」

「イエス、マスター。御意のままに」


 即座に走り出す少女を見届けるよりも早く。

 私は、違和感に気が付いた。


 龍が、動かないのだ。


 よく見れば、全身の多くは骨のまま。

 眼球に光はなく、心臓だけがほの赤く燃えているだけ。

 ……不完全なのか?

 であれば、打つ手は――


『世界中が僕を待っている――そんな視線を感じますね』


 遠見の魔法を伝って……否、魔法を逆流して、声が届いた。

 映像に目を向ければ、ちょうど信者達の人垣が割れていくところで。

 龍と信者を隔てる中心に、一人の人物が立つ。


 地面を引きずるほどに誇大な衣装を纏い、すっぽりと顔を覆い尽くした何者か。

 彼は自らも遠見の魔法を発動する。

 恐らくは、全世界へと向けて発信された映像の中で。

 男が、フードを外した。


「ギルベルト・メッサー……」

『その通り、一連の出来事を画策したのはこの僕――龍骸教団教祖ギルベルト・メッサーなのです!』



§§



 ギルベルト・メッサー。

 自ら教祖を名乗った男が。

 どこまでも誇大妄想じみた言葉を吐き出す。


『皆様、巨大龍のいない日々、いかがお過ごしでしたか? 随分と心穏やかだったことでしょう。同時に、こうも思われたのではないですか――物足りないと』


 男は言う。

 生と死がかかった鉄火場ではなく。

 命の危機もない日々は。

 どこまでも退屈だったのではないか――と。


『なので、僕たちは準備をしました。各国が恐れ多くも龍骸より剥ぎ取りし鱗を取り戻し、肉を取り戻し、血を取り戻し。邪魔をする警備達を遠ざけるため、あらゆる国の官僚達に取り入り、同志となった。そう、僕らは仲間、友達なのです! 同じ夢を追いかける友達!』


 悪行の告白。

 しかし彼の顔には、悪びれる要素などは微塵もなく。

 ただひたすら、人好きのする笑みが刻まれており。

 なによりも、人類すべてを朋友と呼ぶ。

 まるで、この最悪はおまえ達の責任だと言わんばかりに。


『そう、皆さんのおかげです。お友達の皆さんが協力してくれたからこそ、ついにこの日、龍骸は復活を果たします。喜びましょう、信者の皆さん! 僕らに再び祝福が満ちることを!』


 大きく手を広げたギルベルトへ応えるように、信者達が喝采を挙げる。

 祝福?

 今、巨大龍を祝福と言ったのか?


「馬鹿げている」

『おや? これは龍禍賢人ヨナタン・エングラー殿! なにか僕へ、おっしゃりたいことでも……?』


 こちらの声をどうやって拾っているのかは知らない。

 大方、術者や貴族の中にも裏切り者がいるのだろう。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 いまは煮えくり返るはらわたのままに、絶叫してやりたかった。


「ふざけるな! 龍は災害だ! 人に徒為す厄災だ! それを甦らせて、おまえはなんとするっ?」

『なぜ? 何故と聞かれれば……答えは一つです』


 男は。

 教祖は。

 ギルベルト・メッサーは、答えた。


『だって――龍がいなければ、災害復興ビジネスを続けられなくなるでしょう?』

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