断章 龍と巨人の役割を告げる

〝それ〟は巨大龍と世界を語った

 交渉事において、君たちが〝誠意〟を重要視することは理解した。

 ゆえに、はっきりと告げておく。


 吾は人類の味方ではない。


 停滞装置と表現することが、君たちの文明においては適切だろうか。

 ヨナタン・エングラー。

 君はかつて、順を追って話すことを求めた。

 だから、此度こたびも同じ形を取る。


 初めに言葉があった。

 ――産めよ、増殖えよ、地に満ちよ。

 あらゆる生物に刻印された、最上位命令。

 君たちはこれに従い、世界を旅した。


 孤立を嫌い、集団を形成し、国を作り、文明を起こし。

 多種族を狩り、家畜を生みだし、金銭を取り引きし、世界を開拓する。


 この世の在り方を変えること。

 そのために繁栄を続けること。

 生物の至上命令を履行した。


 しかし、それでもなお、変革が足りないと見做みなされるときがある。

 即ち、一個の種によって地表が覆われてしまったときだ。

 これ以上の大きな変化が見られないと判断されたとき、終末装置は起動する。


 君たちはこれを――〝巨大龍〟と呼称している。


 世界を滅ぼすもの、巨大龍。

 されど、その本来の役割は異なる。

 現代の文明、地表を覆うテクスチャーを一掃し、新たなルールで上書きする。

 これをもって、現存生命の進化を促すこと。


 そうだ、ヨナタン・エングラー。

 君の推測は正しい。

 巨大龍こそが、君たちの味方だ。

 新たなステージへと霊長を導く福音なのだ。


 けれど、これをよしとしない生物も当然存在した。

 その意志の集積――願い、祈り、そういったものが一定量に達したとき、発動する巨大龍のカウンター。

 それが、吾だ。

 君たちが白き巨人と呼ぶものだ。


 よって、吾は人類の味方ではない。

 君たちに進化をやめさせ、現状に甘んじることを強制する、いわば大敵である。


 だから。

 本来ならば。


 吾は、人間と対話をすることはない。

 してはならない。


 世界が記述した命令式のままに実行される現象でなくてはならない。

 ならなかった、はずだ。


 だが、此度は巨大龍からして、何かがおかしかった。

 不具合を抱えていた。


 テクスチャーを上書きするという性質上、巨大龍は一度通った場所に二度とは赴かない。

 それは、先の時代における龍の活動範囲でも同じことが言える。

 巨大龍のパーツを〝お守り〟とすれば、龍が避けるという人類の伝承は、これに由来するものだと推測される。


 しかし今代の龍は、かつての龍達を求めた。そのパーツを。

 テュポス山脈となった先代の龍の側までやってきたこと。

 これ自体は、私というカウンターを除去するためだと推定される。

 推定されるが、それ以降の行動には合理性がない。

 プログラムを逸脱している。


 今代の龍は先代の龍、さらに以前の龍が降り立った地ばかりを目指した。

 龍遺物を飲み込みすらした。


 吾にはこの理由が解明できなかった。

 エンネア・シュネーヴァイスの肉体を借りて、七年間観察を続けたが、いまもって解は出力されない。


 七年間。

 吾は、エンネア・シュネーヴァイスの声を聞き続けた。

 この肉体の主は、吾に語りかけ続けた。


 内容を教えることは出来ない。

 出来ないが、結果として吾は、ヨナタン・エングラーとルドガー・ハイネマンを二度守護した。

 あと一度、吾は君たちを守るだろう。

 それが正しいことか、判断は付かないが、実行しよう。


 繰り返す、吾は人類の味方ではない。

 進化の機会を奪う敵である。


 それでも。

 吾の言葉を信じるというのなら。

 ひとつ、伝えたいことがある。


 ――巨大龍は、間もなく甦る。


 不死死なずとなって、目を覚ます。

 君たちが進化を――人の世の崩壊を望まないのであれば、狙うべき場所は一点だ。


 心臓を壊せ。


 龍の魔力、理の力は、全て心臓を基点に発生している。

 なぜ、忠告するか?


 ……わからない。

 吾には、全く解らない。

 ただ、吾は。

 もう少しだけ。


 君たちの希望を、見届けたいのだ。


 さあ、征けヨナタン・エングラー。

 窮地は、チャンスなのだろう?

 その先で――吾は約束を履行しよう。

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