第十話 龍骸の目覚め

 市政の混乱を最小限におさめるため。

 また、国に根を張る龍骸教団の一掃を同時に行うため、ギルベルト・メッサー追討の命は、静かに下された。


 誰が味方で、誰が敵か判然としない。

 それこそ、私の信頼は全くの誤解で、ルドガーが黒幕という可能性だって皆無ではないだろう。


 もっとも、万物を疑っていては話が進まない。

 ルルミの調査と私の人脈を駆使して、信用できる人物は抑えてある。

 そこを基点に動くしかない。

 これは、龍災害から復興する上で、絶対に私が討伐しなければならない災厄だったからだ。


 通常の龍災害。

 経済に対する龍災害。

 そしてこの、権力に対する龍災害。

 取り除かなければ、エンネアは戻らない。


 解法は見えている。

 龍骸教団の目的は巨大龍の復活。

 ならば、こちらが先に解体を終えてしまえばいい。

 その間、邪魔な手出しをさせないことに注力する。


 この試みは、上手くいった。

 龍の背中に備え付けた鏡によって、陽光はエルドへと降り注ぎ、冬の間でも人々は例年とさほど変わらない活動が可能であった。

 おかげで特に遅滞なく解体現場は活動を全うし、季節が一巡する頃には心臓の摘出にまで漕ぎ着けられるだろうという運びになっている。

 魔法を用いることが出来るようになった影響と恩恵は、限りなく大きい。


 つまりは、いまが踏ん張りどころ。

 臣民達には苦労をかけるが、ここさえ乗り切れば明るい明日も見えてくる。

 そのためになら、いくらでも私は骨を折ろう。


 ルルミと私は、何度となく例の一室で情報共有を行うこととなった。

 あまりに頻繁に会い、姿を消すものだから、宮中では私に不名誉な渾名がつき始めていたが、いまさらどうでもいい。

 元より分不相応な身分。

 地位も体面も、全てが終われば生きていくに不足ない分だけ残ればいいのだ。


「龍の背中はどうなっている」

「陽光反射鏡については、骨への移設を行いました」

「魔導国から借りている魔法使い達は?」

「ご命令の通り、寸暇すんかを惜しんで龍の心臓へと〝神聖魔法〟を施しています」

「継続させろ。おそらく、決定打となりうるのはそれだ。ルドガーとの連絡は?」


 首を横に振るルルミ。

 信じるしかないか。


「ダンジョン化の兆候はどうだ」

「解体の速度が上回っており、いまのところは」

「スタンピードは起きないと?」

「散発的な龍牙兵、龍由来植物、小型の深影龍、〝ノミ〟の発生は確認されていますが」


 そこ止まりか。

 抑制が上手くいっているな。


「だが、油断はならない。万一に備えた各部隊への〝装備〟は整っているか」

「七割ほどが、既に」

「急がせろ。各国との連携を確かめたい。魔導国、帝國、共和国、他にも打診を――」


「時間切れだ」


「――っ!?」


 誰も入れないはずの密室に。

 〝それ〟は突如として現れた。

 制止する間もなく飛びかかるルルミの刃を、輝く短剣で受け止め、弾き飛ばすのは月光の眼を持つ乙女。


 エンネア・シュネーヴァイス。

 その姿を借りた者。

 即ち。


「〝われ〟が告げる。人よ、最後の戦いが間もなく来たる」

「マスター、掃除しますか」


 エンネアが狂ったと、ルルミには見えているのだろう。

 私の懐刀は既に抜かれてしまっている。

 だが、それよりも重大なのは、いまこの〝ナニカ〟が口にした言葉だ。


 最後の戦いが来る?


 それは。

 まさか。


「この行為も、〝吾〟にとっては不自然なこと。それでも告げる。……君に、話しておきたいと思う。龍と巨人の関係を」

「単刀直入に言え。なにが起きる?」


 巨大龍の天敵とされた存在は。

 白き巨人は、答えた。


「龍が目覚める。人の手によって――今宵甦る」


 直後、凄まじい衝撃が私たちを襲った。

 これまで嫌というほど味わい、この二年間完全に忘れていたもの。

 地鳴り、地響き。


 ――巨大龍の、足音だった。

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