第九話 黒幕の名を暴く

 星々は天を巡り、太陽と月は時を競う。

 龍の解体は進む。止まらずに進む。

 日進月歩、飛躍的な速度で展開される。


 赤黒い鱗は要部から剥がされた。

 天を覆う巨体は、肉を切り出されて骨が覗き、向こう側が見えるようになっていた。

 魔力の源である血液を抜いたことで、今後は龍肉は鮮度が重要となるから、その切除は急ピッチで行われている。


 やがては魔力によって保たれている全身も、自重によって崩れ落ちるかも知れない。

 それとも腐る方が早いか。

 心臓だけが、焼け焦げたままなお魔力を漏れ出させている。


 帝國での会談から半年。

 魔法による龍の解体が可能となって数ヵ月が経過した今。

 エルドは、建国以来最大の賑わいを見せていた。


 巨大龍解体へ、あらゆる国家からリソース――マンパワーが投入されていたからだ。

 日々数を増す解体施工者達によって街を潤い、王都から龍の遺骸へと続く道は出店や案内人、歓楽街などありとあらゆる欲望の坩堝るつぼへと変貌していた。

 

 もはや、祖国は復興した。

 いい加減肩の荷を下ろしてもいいかも知れないと、久方ぶりに故郷の酒へと手をつけたその日。

 私は、ルルミから呼び出しを受けた。


 龍災対の奥にある小部屋を指定してきたのは彼女だ。

 ようやっと、とある調査が終了したのだという。


「龍骸教団の件だな?」

「はい」

「奴らの教義とはなんだ? 目的は?」

「端的にいえば、龍の復活を願う集団、それが龍骸教団です」


 おおよそ想定の範囲内の言葉。

 私はルルミを手招きし、その顔に指を這わせた。

 火傷の跡は薄くはなれど消えることはなく、今後も一生、この娘を縛り続けるだろう。

 龍がつけた傷だ。


「おまえは、そのような不埒者ものたちを許せるか」

「〝掃除〟をしろ、というご命令でしょうか」

「……違う」

「では――何も思うことはありません。とっくに、私心などというものは捨てました」


 彼女をこうしたのは私だ。

 生まれついての身体能力と、災害を生き延びたことで開花した危機に対する高い感知能力。

 必要だからと、私は今日まで彼女を――彼女たちを利用してきた。

 ……〝掃除じごくにされる落ちるべきは、私の方だろう。


 全てが終われば、贖罪しようと誓う。

 だから、いまは最善を尽くす。

 国と、友と、犠牲者彼女たちのために。


「説明を続けてくれ」

「イエス、マスター。教団はこれまで、各地で暗躍を続けてきました」


 暗躍。

 たとえば乗馬中の私を狙った魔法攻撃。

 あるいは魔導国における臣下の反乱。

 そして、先日の暗殺未遂。


「ふん、狙われているのは、いつも私ではないか」

「何かしらの意図があるものかと」


 それはそうだろう。

 魔導国で捕まえたぞくの取り調べはどうなっている?


「口を割りません。目を離せば自害しようとする始末です。ただ、龍骸教団との関わりは認めています」

「やはり教団か」

「はい、その教団ですが……暗躍の一方で、いくつも窃盗事件を起こしていました」


 窃盗事件。

 数えるまでもなく思い浮かぶ事件の数々。


「龍の資源が狙いか」


 秩序の光とも関わりがあるとすれば、高値で売りさばきたいというのか?

 いや――何度でも否定するが、龍の素材は個人が取引できる値段ではないのだ。


「されど、盗まれていることも事実」

「はい。鱗、肉、すでに血液も盗まれています。帝國の内部でのことです」

「監視は何をやっている。いや、待て。?」


 無言で頷くルルミ。

 道理で、この部屋を話し合いの場所に選んだわけである。

 道理で、彼女がここまで手こずるはずである。

 つまりは。


「国の内部に、龍骸教団は浸透しています。エルドだけではなく、他国でも」

「……これほど調査に時間がかかったことが不思議だった。だが、各国の暗部まで総ざらいしていたとはな」


 しかし、思い当たる節はいくつもあった。

 各国が相互に監視する厳重な龍由来物質を盗難出来たのは何故だ?

 エリシュオンにおいて私を操り、トワニカ女王を暗殺しようとした勢力は?

 帝國の兵を勝手に配置換えし、龍牙兵の脅威へと晒し戦争を起こさせようと画策したのは?


 考えるまでもない。

 多くの国家と交易を持ち、金と権力を持ってその中枢へと潜り込むことが可能な組織。

 それは――


「秩序の光。被災者援助を名目とすれば、どの国に立ち入るのも容易かろうな」


 読めてきたぞ。

 秩序の光と龍骸教団に密接な繋がりがあることは解っていた。

 けれども、私は先ほどまで教団が主、秩序の光が従であると考えていた。

 違う、違うのだ。

 それは全くの逆で。

 ならば、教祖の正体は――


「マスター」


 答えを導き出す直前で、ルルミが口を開いた。

 思慮深い彼女にして珍しいと思いながら見遣ると、なにもかもを押し殺したような瞳が出迎える。

 その薄い口唇が開き、とある言葉が吐き出された。


「もし。もしもですが……ルドガー様が、マスターを裏切っているとしたら、どうしますか? あの方は長らくエルドから離れております。音信は不通。地位も、権力も、想定の対象としては十分で」


「くだらん!」


 一笑に付し、酒を一息に呷る。

 グラスを強く机へと叩きつけ、告げる。


「私とあの男は刎頸ふんけいの間柄だ。あいつが私を裏切るとすれば、それは私が……ルドガーの夢について行けなくなったと言うことに他ならない」


 そんなものは。


「切り捨てられて当然。この素っ首、今すぐにでも差し出してくれる」


 臆病者が、珍しく啖呵たんかを切った。

 あるいは、私は怒っていたのかも知れない。

 腹の底で、ルルミに指摘される以前に――ほんの僅かでも、友を疑っていたことを。

 エンネアの姿をした何者かが私を諭したときから、くすぶっていた猜疑心を。


 だから、私は少女の頭を優しく撫でた。

 決して、怒りの矛先を向けてはいないと示すために。

 しっかりと、くびきを打ってくれた懐刀へと感謝を表して。


「告げよ。龍骸教団の首魁しゅかい――教祖は誰だ」

「はい。それは、エンネア・シュネーヴァイス様の後を継がれた御方」


 つまり。


「逆賊ギルベルト・メッサーの他をおいてありません」

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