第八話 龍禍賢人の懐刀

「首脳陣を殺せ! 龍骸様に徒為あだなすものは、一人残らず殺せ!」

「解体を阻止しろ!」

「諸王も殺せ!」


 口々に叫びながら雪崩れ込んでくる一団。

 全員が赤黒い衣装を身に纏い、龍の絵が描かれた旗をなびかせ、王たちの護衛が間に合わぬほどの電光石火でこちらへと襲いかかる。


「まったく」


 そんな急場にありながら。


「吟遊詩人や、旅芸人から聞かされたことはないのか?」


 私は、じつに冷ややかに。

 状況を眺めていた。


「龍禍賢人ヨナタン・エングラーには――精強無比なる〝懐刀〟あり」

「覚悟――」


 刃を振り上げる目前の闖入者ちんにゅうしゃ

 その首が、ゴキリと横に倒れ、そのまま崩れ落ちる。

 さらにドミノ倒しの如く、暗殺者達はバタバタと倒れていった。

 悲鳴など上がらない。

 はそれすら許さない。


 紫の小さな影が、私の横に降り立つ。その背後にも、数名が続く。


「よくやった、ルルミ。これで全員か?」

「イエス、マスター。完全に無力化しました」


 龍禍賢人の懐刀、ルルミ。

 そして巨大龍災害対策機関諜報部の元戦災孤児達。

 彼女たちが抜き放たれることは滅多にないが、一度鞘走さやばしれば、暗殺を防げる者などいない。

 その凄絶さに、一同が圧倒される。

 頃合いだろう。


「御覧の通りである!」


 声を張り上げ、殊更に告げる。


「彼らは龍骸教団! 龍の復活を望み、各地で暗躍している一派であると報告が上がっている。このまま跳梁ちょうりょうを許せば、あるいは封殺しても、次なる不心得者が必ず現れるだろう」


 それほどまでに、巨大龍とは埒外の存在なのだ。

 人を、善くも悪くも惹きつける。


「ゆえに、今こそご決断を。龍の息の根を確実に止めるのか。その復活を見逃し、世界が滅びる様を見届けるのか。各々方おのおのがた、ご決断を!」


 たたみかけるような私の言葉。

 唖然としていた首脳陣の中で。

 真っ先に反応してくれたのは、やはり彼女だった。


「魔導国は、龍血の保管に賛同する」


 トワニカ女王。


「帝國もこれを認める。我が国土ならば、安全に保管できよう」


 覇王帝。


「な――ならば、当然共和国も!」


 我が国も、もちろん自国もと、賛同の声が次々に上がって。

 私は、音を立てずに息を吐き出し。

 真っ直ぐに前を見詰めて、告げた。


「ならば皆様方、よろしくお願い申し上げまする」



§§



「ヨナタン、どこまでが含みで、どこからがアドリブであるか?」


 議会の休憩時間、トワニカ王女が背後で小さく、そのような囁きを発した。

 私も同じく、誰にも聞こえないように唇だけの動きで答える。


「……魔法が使えない場所なら、暗殺を企てる者ぐらいいるでしょう。帝國が血の処理場に自国を認めたのがその証左です」


 覇王帝は、この場所が暗殺に使えることぐらい理解していた。

 魔法という脅威を除き、己の国で最も秀でた火砲による要人暗殺が可能であるから、施設の建造を認めたのだ。

 その上で、己が領土で起きた責任を負い、貸し借りをなくすという体面的なアピールをして見せた。

 つまりは織り込み済み。

 まったく、抜け目のないお方だ。


 語らなくとも、その全ては女王陛下に伝わったのだろう。

 彼女は私の背中を少しばかり強く叩き、去って行った。


「マスター」


 痛がっている私に、ルルミが、変わらない無表情で告げる。


「龍骸教団について、ご報告があります。いまだ調査の必要はありますが……急ぎお耳に入れたいことが」

「よし」


 ならば。

 次の障害を、取り除くとしようか。



§§



 龍解体作戦第三号――血抜きは、すみやかに行われることとなった。

 草の根活動として行ってきた、龍災害鎮圧ドクトリンが、各地で適応されたためだ。


 元より食料対策――龍解体作戦第二号として、龍の肉は一部が切り出されていた。

 鱗の多くは剥離され、いまさら人の刃を阻む手段を遺骸は持たない。


 各国から集まった猛者達が、剣技や魔法によって龍の首元と尻尾の付け根を切断。

 あふれ出す煮えたぎるように熱い血液を、事前に設営したダムに貯蔵。

 水道ならぬ血道によって小分けし隔離、保存していく。


 切り口は最小限に留めた――最小限しか切り裂けなかった――のだが、血は大瀑布の如く降り注ぎ、昼夜を問わず容器の取り替えを必要とした。


 飛沫となって大地へと落ちた血液は土壌を汚染し、龍由来植物を活性化させ、ときに龍牙兵を生み出した。

 だが、プリーストを事前に大量雇用していたこともあり、私たちはこれを撃破。

 無事に、各国への龍血運搬が開始される。

 魔導国より供与された長距離転送魔法陣が大いに役立ったことは、言うまでもない。


 龍の血液という劇物に関して、それを領地に留める事へ、諸侯達から一定の不安の声はもちろんある。

 民草の不安であるとか、血に悪影響がないかなどだ。

 前者に関しては、説明を徹底するしかない。

 後者に関しては、実際に影響が出るのだから、管理者の責任が重要となってくる。


 今後、あらゆる国で龍血を制御しうる魔法使いは、必須の存在となるだろう。

 これは人類が後世まで付き合うべき、大いなる問題だ。

 翻って、巨大龍に関する研究職は、今後引っ張りだことなるはずである。

 既に魔導国は多量の血液を引き取り、その解析にかかりきりだ。

 共和国はとうとうエリシュオンに頭を下げ、人材の派遣を懇願したと聞く。


 各国が国土と魔法使いの量に応じて、魔力と災厄の源である龍血を保有し、包括的に管理する。

 互いが爆弾を抱えることであり、だからこそ国家間の連携は強まり、侵略戦争はいっそう難しくなった。

 あるいはこのままであれば、やがて大陸にはかりそめの平穏がやってくるかも知れない。

 図らずも、相互不可侵を体現した形だ。


 さて、帝國からエルドへと戻る途中、私は一人の青年と出会った。

 ギルベルト・メッサー。

 被災者救済団体〝秩序の光〟代表にして、商人達を束ねる指導者である。


「お元気そうでなによりです、エングラー様。いつも秩序の光へ贔屓を賜り、まことに感謝しておりまする」

「国として当然の援助をしているだけだ。それよりも」


 何故、貴殿はこの国へ?


「じつは、ナッサウ陛下と謁見が適いまして、そのおり他国への龍由来物質、その通商を一手に任されました。ああ、これは商人としての顔の話ですが」


 なるほど。

 私が知らない間に、そんなことが。


「それで、次は龍の血液を分配されるとか。これに我々も一枚噛ませてはいただけませんか……?」

「……考慮しておこう」

「ありがとうございます」


 眼鏡の奥の糸目をビジネススマイルに歪めた彼は、慇懃に頭を下げてみせる。

 まったく、これがエンネアの後継者とはな。


 私は別れの挨拶もせずに、その場を後にした。

 すぐに、背後へ気配が生じる。


「ルルミか」

「イエス、マスター」

「用件は解っている。間違いないのだな?」

「はっ」


 彼女は、告げた。


「秩序の光は、龍骸教団との取り引きが確認されています」

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