第七話 龍血会談と暗殺者

 各国首脳陣との会談は、新設された施設にて行われた。

 件の永劫焔を下敷きとして、一切の魔力使用が禁じられた土地を活用するプランを早速採用した形である。

 よって、遠見の魔法は用いられず。


 この時代、この大陸を割拠かっきょする王たちが、一堂に会することとなった。


 上座にて、黄金に赤の礼装を身に纏うのは、トレネダ帝國の覇王ヴァリキア・デル・トレネダ帝。

 その右に、エリシュオン魔導国、氷の魔女。トワニカ・エル・エリシュオン女王。

 左には我らがエルド国の老王ナッサウ・デ・エルド。

 さらに共和国や小国の王たちが十数名、それぞれの思惑を秘めた顔で腰掛けている。


「では、これより龍血会談を始めることとする」


 覇王帝の威厳ある声音によって、政争の幕は切って落とされた。

 議題は当然、龍の解体。

 及び、血抜きで発生する龍血の管理についてだ。


「よろしいですかな?」


 真っ先に発言したのは、共和国の首相だった。

 口ひげを弄りつつ、首相は率直な疑問を口にする。


「なぜ、帝國が音頭を取られているのか、お聞かせ願えますか?」


 ……やはりきた。

 円滑な会議など期待していない。

 足の引っ張り合い、見栄の張り合いになることは織り込み済みだ。

 それでも、初手からやられると大いに萎える。

 されど、覇王はさすが覇王だった。


「文句があるのか、龍災害に対して一切の貢献を為していない共和国が」

「なっ」


 首相は顔を真っ赤にする。

 怒りのあまり言葉が出てこないのか口をぱくつかせているが、残念なことに事実だ。


 共和国は、比較的龍災害の規模が小さく、民間への対策どころか、周辺諸国への援助も行っていない。

 いわば協調路線を持たない国であり、事実、彼を見る周囲の目は白く、誰も擁護しようとはしなかった。


 当然である。

 彼が比べた帝國は、ひと月ほど前まで多大な財と労力を投入し、国内全ての龍災害を除去していたのだから。


 そう、既に帝國内部に、危険となる龍災害はない。

 現存するものも、この議事堂の地下にある永劫炎のように無力化されている。

 それは、他国でも同じだ。


 魔導国への派遣から約半年。

 私は各地を駆けずり回り、要請のある限りあらゆる龍災害の名残と戦ってきた。

 各国は今、龍を克服しようとしている。

 ゆえにこそ、翻って共和国の立場はどうなのか、ということに終始する。


 この地に来た以上、協力する用意があるのか。

 それとも、利益だけを掠め取るのかと。


 この流れを読み取れないほど、共和国首相は蒙昧ではなかった。

 荒くなった鼻息を僅かな時間で整え、表情さえも取り繕って、胸を張る。


「む――無論、文句などありません。帝國は大陸最大の国家として、規範を示されました。我が国も続きたい、そう思っている限りです。本日招待を預かりましたことは、そのノウハウをお教え願えることと思っておりましたが?」


 時流を見ることにかけて、彼以上の政治家はいないかもしれない。

 諸王たちの風向きが変わっていることを機敏に察し、情報提供がなされる側であると自国を定義する。

 最大の利益を、最小限の労力で勝ち取る。

 そのためなら、己のメンツなどなんとも思わないのだ。

 さすがの老練さである。


「余は仕切り直すのがよいと思うが、如何か?」


 トワニカ陛下が、こちらを見ることもなくそう提言してくださる。

 異論はなく、全員が襟を正し、今度こそ議論が始まった。


「まず、各国の龍災害、その状況についてだが――」


 議長として覇王帝が取り仕切り、各国の問題が列挙されていく。

 そのほとんどが既知の龍災害か、その亜種であった。


「これらについて、儂――エルドには、対策のマニュアルが存在するのじゃ。これの共有に、儂らは積極的である。魔導国と帝國が実例じゃな。しかしいかんせん、まずは国内の巨大龍遺骸をなんとかせねばならぬのは間違いない。助力を賜れるかのう?」


 ナッサウ王の言葉に、会場がざわついた。

 首脳陣と知恵者ブレインが、小声かつ早口で即座に打ち合わせし、国家としての意見をまとめ上げる。

 最終的に上がってきたのは、


「是非お願いしたい。支援は惜しみませんぞ」


 という、前向きな言葉だった。


「魔導国と帝國に対して、エルド国が為された対龍災害ドクトリンの提示は適切であり、非常に効果的であったと報告を受けている。我が国もこれに賛成であり、同様の関係を結びたいと考えている」


 とは共和国の言。

 当方も、こちらも、ならばうちもと、次々に賛同の声が上がる。

 どうやら、私の仕事も存外無駄ではなかったらしい。


「静粛に。では結論を導く。各国が足並みを揃え、国内の龍災害を一掃。同時並行的に、エルドの巨大龍遺骸に対処をすることを確約する。これでよいな?」


 覇王帝の決議が、全会一致で可決。

 これにより、大陸を上げた巨大龍対策プロジェクトが発足された。


 ……ここまで。

 そうここまでは既定路線だ。


 私が災害に対応していた間、ナッサウ王が外交に注力してくれた産物であった。

 ゆえ、これよりは私の仕事である。


 挙手をする。

 トレネダ帝が、発言の許可を私に与える。

 王たちの視線がこちらへ集中。


 臆するな。

 国を建て直すための分水嶺だ。

 なによりも――エンネアを取り戻すために、私は、退けない。

 恐怖など、飲み干してみせよヨナタン・エングラー!


「……では、龍遺骸について、専門家として話をさせていただきたく思います。過去の文献と、現在の調査内容から、遺骸はいまから一年以内にアンデッド化することが確実視されています」


 議会がどよめく。

 そこまでだとは思っていなかった者もいたのだろう。

 だから、追い打ちをかける。


「それ以前に、龍の膨大な魔力は周囲環境を常に書き換えており、このままではいつ、新たな龍災害を引き起こすか解りません。とくにダンジョン化や、全身が龍牙兵に準ずるものへ変異しての魔物津波スタンピードなど、可能性は充分にあります」

「対策はあるのか、龍禍賢人?」

「ございます」


 疑問に対し、私は力強く応える。


「龍の魔力、その源は、心臓より全身を巡る血液にあります。この血液を全て排出することが出来れば――」

「即ち、龍は無害化される、と?」

「はい、魔導王陛下。その通りです」


 絶妙な合いの手をくれたトワニカ女王に感謝しつつ、私はダメ押しをする。


「血が消え、魔力を失えば、龍にも魔法は通じるようになりましょう。膨大な量の肉を解体するためにも、必須の作業です。これには、各国の名刀名剣の類い、その使い手。労働力が必要で。なによりも――摘出したあとの血液をどこで保存するかを決めなくてはなりません」

「そんなもの、当然貴様の国で」

「龍の側に龍の血を置くことが、適切でしょうか?」


 共和国首相の反論をねじ伏せる。

 彼は顔をしかめたが、さらに戈を振りかざすような真似はしなかった。

 巨大龍に復活されて困るのは、誰しも同じなのである。


「ゆえに、私は提言したい。龍の鱗や肉を各国が均等に分けたように」


 血液もまた、全ての国で分割保存すべきではないのか、と。


「危険はないのか、その龍の血に!」

「無論、ゼロではありません。血は魔力の塊。周囲の因子と結びつき、龍災害を起動する要因となりましょう。純正魔力による健康被害もあり得ます。ゆえに、優秀な魔法使いによる管理が必須であり」

「ならば、共和国としてはとても受け容れられな――」


 その続きを、首相が口にしようとしたときだった。


 突如、議事堂の入り口が、蹴破られた。

 そして、


「ヨナタン・エングラー、覚悟!」


 赤黒いローブを纏い、顔を隠した者どもが。

 刃を振りかざしながら、私へと殺到する――

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