第三話 遅滞戦術

 ふざけた茶番のあとに待っていたのは、冷酷なる現実であった。


 現在エルドには、再分配のため一時的に保管された龍素材が無数にある。

 いま咆哮を上げながら、腐肉をまき散らし王都へ迫る巨屍龍の狙いはこれだろう。

 これまでの傾向から間違いないはずだ。


 かつてのエルドであれば、龍の襲撃になすすべもなかった。

 だが――今は違う。


「各員に通達! 龍災害特記事項に従い、王都全域への緊急迎撃態勢を解禁する!」


 側にいた魔法使いの力を借りて、指揮を執る。

 巨大龍災害対策機関は、このような緊急時に限り王都に駐屯ちゅうとんするすべての兵員に対する命令権を有していた。


 あちこちで警戒を告げる鐘の音とサイレンが鳴り響き、同時に王都の各所が変形する。

 〝火砲〟。

 この日のために帝國と取り引きし輸入を進めていた非魔力兵器。

 王都全域に配備された大砲が、すべて屍龍へと向けられる。


「騎馬隊、歩兵隊、及び術士隊、配置につきました!」


 遠見の魔法を経由して届く伝令。

 王都から出陣した精強な兵士達が、龍の進路上へ展開。

 これに随伴する魔法使い達が、杖を掲げる。


「攻撃、開始!」


 私の号令と同時に、戦端の口火が切られた。

 凄まじい轟音が響き渡る。

 爆音を引き連れて、いくつもの砲弾が撃ち出される。

 魔法使い達も負けじと攻勢魔法を連発。


「3、2――着弾、今!」


 観測手の報告と同時に無数の爆発が龍の体表で起こる。

 どうだ!?


「――目標、以前健在! 速度、緩みません!」

「打ち続けろ、一秒でも龍の足を止めるのだ! エンネア、私と来い。ここでは指示もままならん!」


 厳命を下しつつ、私は〝それ〟の手を引いて指揮所へと走る。

 龍災対へ戻ると、すでに各員が覚悟の眼差しでこちらを見詰めていた。

 状況報告を頼むと、彼らは背筋を伸ばし、必要な情報を持ち寄ってくれる。


 機関員の一人が言う。


「現在龍――仮称〝巨屍龍〟は、王都から3500メルトルに位置。このままでは10分後には到達されます」


 砲撃は効果を上げているか?


「残念ながら、足止めにはなっていない模様です」


 ならば、次の策を使うまで。

 私は新たなる命令を発する。

 エルドは国を挙げて準備を行ってきた、ただこの日のために。

 それを、たったひとりの頭のおかしい男のせいで、茶番如きで、台無しになどさせてなるものか。


「龍移動経路に設置した防壁を展開。同時に作業用に閉ざしていた堀を解放。段差を持ってその動きを封じる」

「了解!」


 左右に首を振りながら、真っ直ぐに王都目指してくる龍のアンデッド。

 その左胸では煌々と心臓が燃えており、拍動を刻んでいるのが遠見の魔法越しにも見て取れる。

 龍の前方で、地面が開き、建造物が屹立。

 魔法で強化した緊急用防壁が移動を阻む。


 これに同期して、王都周辺の地形が変形。

 渡されたいた鉄板や丸太が撤去され、龍の足が落ちるほどの巨大な堀が展開される。


 無論、この間も火砲や魔法による攻撃は継続。

 さて、これでどの程度時間が稼げる?


「まったく、いて欲しいときにいない男だ」


 脳裏を過ったのは、鼻先を撫でる仕草をする幼馴染みの姿。

 大陸一の剣士がこの場にいれば、戦況はもう少し楽だったかも知れない。

 それほどまでに事態は切迫していた。


「第一防壁を龍が突破!」


 意識は即座に現実へと引き戻される。

 見遣れば映像の中で、防壁が無惨に踏み壊されたところだった。

 ――微かな違和感。

 なんだ? 私は、何を感じた?


「機関長!」


 部下の怒鳴り声。


「全軍後退!」


 即座に指揮をとばす。

 なぜならば、龍が大顎を開いていたからだ。

 それなるは絶望の一撃。

 この世のあらゆる物を灰燼と帰す滅びの厄災。

 口腔に宿るのは、禍々しい黒い炎。

 メラメラと燃える永劫炎が、放たれ――


『――――』


 無数の爆発が龍の頭部に集中!

 強引に顎を上げさせ、ブレスの発射位置を上空へと逸らす。

 燃えさかる空。

 しかし、こちらは無傷。

 なにが起きた……?


「状況報告!」

「今度はなんだ!」


 叫ぶ部下に、私も思わず大声を返す。

 しかし彼の目には、光があった。

 希望という名の光が。


「帝國軍、参戦! 繰り返します、長距離転送魔法陣を経由して帝国軍が参戦! 現在その圧倒的火力を持って、龍へと集中砲火を浴びせています!」


 それは。


「通信、繋ぎます」


 指揮所へと飛び込んできた魔法使いが、新たに遠見の魔法を発動。

 空中へ浮かび上がったのは、真紅の装束を身に纏い、黄金の鎧で武装した大軍勢。

 そして――


『遅くなったな、ヨナタン・エングラー。トレネダ帝國第六十一代皇帝ヴァリキア・デル・トレネダ。龍を討ち取る武勇を他者に委ねるのはあまりに惜しい。ゆえにこの大戦、義によって助太刀しよう!』


 覇王帝が、兇猛な笑みをたたえてそう告げた。

 背後では、万軍の兵達が鬨の声を上げる。


「……いける」


 私は、一人拳を握った。

 覇王帝の加勢が有り難かったのだ。

 なぜなら――


「巨屍龍、無敵にあらず! 私に彼奴を討ち取る秘策あり!」

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