断章 龍解体作戦第二号 補遺

巨大龍3分クッキング!

 テーブルの上に並ぶのは、丸い銀の被いクローシュがされた無数の料理。

 その前に腰掛けた、私を筆頭とする審査員達の顔色は軒並み悪い。

 あるものは滝のように汗を掻き、あるものはこの場から逃げだそうとして衛兵に連れ戻されていた。


 そうして、料理長シェフが、私たちの前に立ち、自信満々で告げるのだ。


「さあ、召し上がれ……!」


 どうして、このようなことになったかというと――



§§



「龍肉をおいしく食べる方法グランプリ?」


 この話を持ち込まれたとき、私は大層怪訝そうな顔をした。

 ちょうど龍災対につめており、昼食を取ろうとしていたからだ。


 折しも龍解体作戦第二号、龍肉の切り取りを推し進めていた時期であり、民間への卸先おろしさきを選定するという激務に追われていた。

 その合間に、どこぞの貴族からねじ込まれた案件が、この〝龍肉をおいしく食べる方法グランプリ〟だったのである。


 龍の肉は、極上の素材である。

 引き締まった赤身で、脂も適度にのっている。

 ただ、独特の臭み――薬っぽさがあり、通常の調理では微妙に食べにくかった。


「そこで、今後の食糧事情を鑑みて、美味い龍肉のレシピを開発しろってのが、この大会の趣旨らしいぜ」


 話を持ち込んできた悪友。

 ルドガーが、口元を皮肉気に歪める。

 提出された書類の審査員欄には、私の名前が。

 解説者の欄には彼の名が記載されていた。


 なるほど、これでも私は龍災害の専門家。

 お墨付きがもらえれば商売はしやすく、他国へも売り込みやすいと言うことだろうか。

 本当か? 私だぞ?


「おまえさんは自己肯定感が低すぎる」

「いや、確かに今のは自虐が過ぎた。時間が勿体ないというのが本音だが……利権もあるだろう、いまさら辞退することなど出来まい?」

「そういうことだ。腹をくくってくれ」


 大げさな。

 龍の肉は適正な量を守っていれば、食べたところで毒性は限りなく低い。

 それどころか、体力を増進し、病をたちどころに治す効果もある。

 私も全身の疲労がたまっていたところだ。

 おっかなくはあるが、舌鼓を打たせて貰おう。


「その話、ちょっと待ったですよー!」


 突如、蹴破られる部屋の扉。

 飛び込んできたのは、純白の乙女。

 私たちの幼馴染み、エンネア・シュネーヴァイス。

 彼女は両目をキラキラと輝かせると、


「『最強バトルトーナメント編開幕! ただし優勝候補は応援席』ですよ!」


 などと、叫んだ。

 つまり?


「その大会、あたしも参加します!」


 ……かくて、謎のグランプリは地獄の様相を呈し始めるのだった。



§§



「一品目は、エルドが誇る医者の名家、ヒポポタヌス家が総力を挙げて開発した――〝龍肉薬膳粥〟だ!」


 熱気を帯びる会場には、やかましい歓声が飛び交っていた。

 どこにこれだけの人間がいたのか、王都の野外ホールには大勢の市民が押しかけていた。

 そんななか、実況席からルドガーのよく通る声が響く。


 お出しされたのは、解説通りの薬膳粥である。

 粒が残らないほどに炊き込まれた麦粥に、小さく刻まれた龍の肉と、食欲をそそる赤い干し木の実ドライフルーツがのせられている。


「それでは審査員のお歴々、実食を!」


 一人だけ高みの見物を決め込んだ悪友に促されるまま、匙を取り、一掬い口元へ近づける。

 立ちのぼる香りはほのかながら、胃袋を強く刺激した。

 この芳香……スパイスと、鶏ガラの中間のような……。


「おお」


 一口頬張り、感嘆の声が漏れる。

 味付けは見た目とは裏腹にしっかりしており、コクのある出汁……やはり鶏ガラが効いている。

 龍の臭みは全くなく、代わりに口腔へと広がるのは甘さを伴った爽やかな香り。

 これは、ナツメと香味野菜のそれだろうか。

 肉は驚くほど柔らかく、歯が当たると同時にとろりとほどけていく。


 総じて美味。


「採点は……おっと、いきなりの50点満点! 審査員五人が、頬を紅潮させ、満足げな吐息を吐き出している! これは優勝で決まりか!?」


 審査員を代表し、私が選評を述べる。


「よく煮込まれた龍肉は年寄りでも食べやすく、滋養も抜群。また粥という形式にしたことで消化によく、肉の量も最低限ですむ。これから冬に向けて、最高の料理だと言えるだろう」


 調理スペースでは、老齢の宮廷医とその息子、侍女達が、涙を流しながら抱き合っていた。

 ここまで喜んでもらえるのなら、開催を了承したこちらとしても大変誇らしい。


「余韻を感じたいところだろうが、次の料理だ。ナッサウ陛下近衛隊が製作した〝ドラゴンステーキ〟!」


 名前の通りのものが、テーブルへと置かれた。

 シンプルに龍肉を焼き、なんらかのソースをかけたものだろう。

 味付けの濃さは織り込み済みか、付け合わせの根菜がにくい。


「実食!」


 フォークを射し込んだとき、私たちはおやっと首をかしげることになった。

 予想に反して、ナイフの通りがよかったのだ。

 切り分けて、噛みしめる。

 じゅわりとあふれ出す肉汁。

 野生の肉――そして龍肉独特の臭みが広がるが、すぐにソースがこれを打ち消す。

 ニンニクとタマネギの甘み、そして葡萄酒の酸味が渾然一体となり、むしろ臭みを味わいの領域まで昇華させていた。


 だが、恐らくはそれだけではない。

 私は近衛兵達を見詰めると、一つの問いかけを放った。


「もしや、この肉は焼く前にマリネを?」


 答えは、正解サムズアップ

 やはりだ。

 独特の柔らかさ、そして肉汁がこれほどまでに残っている理屈は、それ以外には考えられない。


 果実酢と砂糖、刻んだタマネギを筆頭とした調味マリネ液に一晩つけたことで、臭みを取り除き、柔らかさを両立させたのだ。

 まさにこのステーキも、見た目のシンプルさに反して創意工夫がなされた代物であると言えた。


「得点は……42点! 悪くはなかったが、やや火加減の難しさが評価されなかった形か。さて、次は――」


 とまあそんな感じで、順調に大会は進んでいったのだが……まさか。

 まさか最後の料理人がエンネアになるなど、いったい誰が予想できただろうか?


「しっかり味わってくださいね……!」


 自信満々で料理を出してくる彼女。

 この場でエンネアを知る審査員は、既に顔を青ざめさせている。

 ルドガーは解説席から高みの見物だ。


 しかし観客も異変には気が付いており、蓋の内側から放射されるドス黒い瘴気を感じ取って、キョロキョロと周囲の反応を窺っていた。

 これは、生半可なものは出てくるまい。


 それでも、私たちは審査員だ。

 意を決して、蓋を取る。


「――――」


 涙があふれ出す。

 唾液は引っ込み、代わりに鼻水がしたたり落ちる。

 審査員だけではない、近くにいた衛兵もボロボロと落涙してしまう。


 おいしそうだったから――では、当然ない。

 あまりに、刺激臭が強過ぎたからだ。


 血だまりを想起させる紫色のスープが、こぽっ……こぽっ……と泡を立てゆっくりと回転している。

 時折水面に浮かび上がってくるのは、なんらかの魚類の骨と思わしきもので、それが沈むと今度はカボチャの皮の部分だけがぷかりと浮上する。

 パチンと弾けた泡からは鼻を刺し、喉を痛める刺激臭が漂い、名状しがたい胸焼けを発生させていた。


 料理?

 これを料理と呼んでいいのか?

 それは料理の長い歴史、人類の叡智に対する侮辱では?

 そもそも、龍の肉はどこに?


「液状になるまですりつぶした龍の肉とニシンとカボチャの冷製スープです! 味付けはシンプルに塩! どうぞ召し上がれ!」

「召し上がれと言われてもだな、エンネア」

「毎日頑張っているヨナタンのことを思って、上手に作りました。栄養満点ですよー?」


 胸を張る幼馴染み。

 乾いた笑いが口から溢れた。

 どうやらこのヨナタン・エングラー、志半ばで果てるらしい。


「よせ、ヨナタン!」


 いまさら悪友が止めに入るが、もう遅い。

 これで食べるのを拒否したら、私は自分の心を裏切ることになるのだ!


「御笑覧あれ、神々よ!」


 私は祈りの言葉を捧げ。

 決死の覚悟でスープを一息に掻き込んで――



§§



 ……このあと起きたことについては、龍災害対策機関の全権を以て、封印処分とする。

 ただ、後世で同じ過ちを犯さないように、私たちはこの一文を残すことを決定した。

 即ち。


 龍の肉は、過熱しろ。

 さもなくば。


 解毒作用で、数日はかわやにこもることとなるだろうから。

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