第四章 龍跡樹海攻略戦

第一話 長距離転送魔法陣を敷設せよ

 エルド王城の中庭を占有する巨大な魔法陣。

 その中心に、私はおっかなびっくり立つ。

 背後には必要になるだろうものを詰め込んだ荷馬車と、術者が一人。

 従者の類いはいない。

 で謁見する相手が、高貴な方だからだ。


「ルルミの不在が心細い……などと言っている場合ではないな。やってくれ」


 命じると、術者が魔法陣を起動した。

 瞬間、視界が大きくゆがみ――


 ――気が付けば、私は先ほどとまったく異なる場所に立っていた。

 一面が、木でできた部屋。

 木製の住居は、我が国でもポピュラーだ。

 しかし、いまここにあるものは違う。


 なにせ、建物自体が〝巨木〟の中に収まっているのだから。


 木々や植物との共存を図る国。

 この大陸において、魔法研究の最先端を突き進む国家。

 要するに、ここは――


「ようこそ、エリシュオン魔導国へ」


 振り返ればそこに、儚く美しい女性がいた。

 水色の長髪に、透き通った肌、水晶の瞳。

 唇に紫のルージュをさした気高き御方。

 私はその場で片膝をつき、頭を垂れる。


「余の国へ、やっときてくれたな、ヨナタン?」


 当代最高峰の魔法使い。

 魔氷絶心まひょうぜっしん

 トワニカ・エル・エリシュオン女王陛下が、氷の表情をもって、そこにいた。



§§



 国家間大規模転送魔法は、もともとエリシュオンで開発されていた技術だ。

 あらゆる場所を瞬時に接続し、人や物の行き来を可能とする。

 本来の使用用途は、当然戦争における人員輸送だが……現在はまったく異なる目的での利用が検討されている。


 即ち、トワニカ女王陛下の全面協力の下、我が国を結束点として、この大陸中にインフラを通そうとしているのだ。

 理由は単純明快。

 巨大龍である。


「龍の鱗や肉、それらを取り引きする以上、短時間で大量に運べる設備が必要であろう」

「まさかそれを、エリシュオン魔導国から提供願えるとは思いませんでした、女王陛下」

「キロルトルン級の金貨を直接やりとりするよりも、よほど建設的だと考えただけだ。敷設の代金と材料は、各国持ちであるしな」


 場所を移して、エリシュオン王城。

 全高110メルトル、総重量にして1000キロルトルンにも生長する世界樹の中に作られた宮殿。

 強い魔力が満ちる王宮の、その最奥。

 玉座の間で、私はトワニカ女王に拝謁していた。


 陛下は何故か人形を抱かれており、時折その手を振って遊んでおられる。

 成熟した女性の色香と、児戯のような振る舞いが合わさり、大変複雑な感情を抱く。

 いや、こんなことを考えている場合ではない。


「建設的だから、ですか」


 女王は簡単に言ってのけたが、ここまでの技術力、他国にあろうはずもない。

 裏を返せば、金貨による取引へと条約を差し戻せば、技術供与を即刻停止するという警告だった。


 とはいえ、だ。

 魔法陣が諸国に実装されれば、時代が変わるのは間違いない。

 なにせお互いに手が届く距離となるのだから、戦争状態ではせっかくの外交ラインを維持できない。


 国力の増強と復興のための財源、そしてインフラ。

 これはどの国であっても、喉から手が出るほどに欲している。

 この機を逃したくないと、各国が思っているはずだ。


 つまり互いに供出が可能なら、無用な争いを回避できるのだ。

 戦うための技術が、平和に繋がる。

 これ以上のことはない。


「本当にそう思っているのか、ヨナタン?」

「誰もが聡明であればと、但し書きは必要でしょうが。概ねは」

「腹芸の達者な男だ。先日までのそなたならば、確かに国へと尽くしただろう。しかし……いまは顔つきが違う。目的を持った男の、い顔だ」

「…………」

「ふん。沈黙は金と言うことか」


 いや、腹の底を見透かされて恐ろしくなっただけである。

 けれど陛下は勝手に勘違いして話を続けるてくださる。


「国家間の緊張状態を作り出したのもそなたであろう。龍鱗の兵器を相互に持ち、龍の財で潤えば出し抜き合うこともないと思っている。違うか?」

「まさか」


 そこまで悪辣あくらつではないし、そこまで賢くもない。

 私は、一時がしのげればよいのだ。

 この間に、各国の協力さえ取り付けられれば、それで。


「しかし、その前提を覆す気がかりが余にはある。なにか解るか?」

「…………」

「やはり沈黙を選ぶか。さかしいぞ、ヨナタン・エングラー」


 私の緊張はピークに達した。

 女王陛下が玉座を下り、こちらへと歩み寄って来られたからだ。

 差し出されたのは、御御足おみあし


つくばい、接吻せっぷんせよ」


 居丈高な口調で告げられる命令。

 私は微動だにせず返答する。


「できません」

「老王ナッサウはそれほど君主か? 余の機嫌を損ねれば、この大事業がふいになるとは思わないのか? そなたの思い描く未来図形さえも崩壊すると」


 陛下は私を必要としている。

 今の言葉を、最大限好意的に解釈すると、そうなる。

 だが、


「ナッサウ陛下は決して暗君では御座いません。であるなら、二君にくんに仕えるなどもってのほか。どうか、ご容赦のほどを」


 深々と頭を下げたはずだった。

 顔が上がった。

 勝手に。


「面を上げよ」


 女王は、腕の中に抱いた人形の首へ指を添えて、クイリと持ち上げる。

 既に全身の自由は奪われていた。逃げ出すことなど出来ない

 相手は魔氷絶心。

 氷の魔女にして天下無双の魔法使い。


 おそらく、あの人形は私なのだ。

 照応しょうおう、という言葉がある。

 ふたつの物事が互いに関係し、作用することだが。

 エリシュオンの魔法は、この性質が強い。


 本当に効果を及ぼしたい何かがあったとする。

 しかし、それが遠距離にあったり、大きすぎて手が出せなかったとき、この国の魔法使いは一計を案じる。

 本命を小さくしたミニチュア、あるいは形が似たもの、繋がりのあるものを代用品として用意し、これを媒介として活用するのだ。


 百聞は一見に如かずという。

 事実、いま女王陛下は人形の首に手をかけた。

 私の喉が、ギチリといやな音を立てる。


 連動しているのだ。

 私と、人形が。


 陛下が本気になれば、このまま私の首をねじ切ることが可能だろう。

 生殺与奪の権は今、まさしく女王の手に握られている。


 それでも私は息を潜め、無理矢理に頭を垂れた。

 礼節を尽くし、初志を貫徹する。

 どれほど死が間近に迫っても。

 私の命よりも、大切なことがあるのだから。


「――――」


 首が飛ぶ――などという瞬間は、何故か訪れなかった。

 代わりに、顎先へひんやりとした手が、今度は実際に添えられて、ゆっくりと上を向かされる。

 水晶の瞳が、私を出迎えた。

 氷の美貌が、息も触れあうような距離にあって。


「ならば、余のねやへと招いてやろう」

「なおさらできません」

「恥を掻かせるつもりか?」

「私は、名誉よりも、命を重んじます。そう――病床の陛下に手を出すほど、私は男としての義を捨ててはおりませぬので」


 美しい眼が僅かに見開かれ。

 そっと、彼女の手が私から離れた。


「二君に仕えるつもりがないとは、随分便利な詭弁いいわけを見つけたな。ナッサウではなく、思い人が他にいると言えばよいものを」

「女王陛下」

「よい。余は、真っ直ぐに歩むそなただから愛しているのだ。好きにせよ」


 羽をもいで、籠に入れるほどつまらない真似をするつもりはない。

 そう言いきって、彼女は玉座へと戻った。ついでに、人形をその辺りへと投げ捨てる。

 私の身体を縛り付けていた呪縛が解けて、呼吸が楽になった。

 思わず酸素を貪る。


「しかし、側近にも悟らせなかったことをよくぞ見抜いた。やはりよい眼をしているな、ヨナタン」

「……臆病ゆえに、相手を観察する癖が抜けないだけです。お加減が悪いのは、やはり」

「ああ、巨大龍災害の影響だ。照応の理屈を、そなたは知っているだろう?」


 そうか、やはりそうなのだ。

 トワニカ女王。

 絶世の魔女はいま、窮地にある。

 巨大龍が死に絶えてなお、この世界を蝕む災厄は、まだ終わっていないのだ。

 魔導王陛下が、重々しい声音で告げた。


「巨大龍災害が一つ、〝龍跡樹海りゅうせきじゅかい〟。この国は、侵略的外来種である龍由来植物によって滅びの危機にある。さあ、龍禍賢人。対龍災害のスペシャリストよ」


 この窮地、そなたならどう乗り越える?

 陛下は氷の美貌で、そう問われた。

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