第六話 龍炎温泉と秘密の会談場
埋め立てるとなれば、大量の土砂が必要になる。
そんなものを一から削っていては、当然二ヶ月というタイムリミットに間に合わない。
そこで、一計を案じた。
深影龍を討伐するために、魔力を引き抜く。
この魔力を用いて、山を崩したのだ。
結果、大量の岩石、そして土砂が手に入った。
無論、これだけでは弱い。
発酵し無毒化した跛行する毒沼、及びそこで生息していたワームを、〝永劫焔〟に投げ入れる。
それらは互いに干渉を起こしながら、僅かずつではあるが相殺されていく。
ルールのぶつかり合いだ。
火の手が弱ったところで、魔法で運搬してきた大量の土砂を投入。
一瞬でガラス状に溶融するが、構わず投げ入れる。
炎の上に土を盛れば、山が出来て土地が無駄になることは明白。
しかし、帝國の度重なる爆風消火によって出来上がった窪地になら、どれほど土砂を流し込んでも構わない。
そう、何も無駄ではなかった。
彼らが悪戦苦闘した結果、〝永劫焔〟は本来よりも低い位置に移動していたのだ。
埋め立てる。
僅かに土砂が足りず穴が残るが、ここは焼却炉として利用する。
また、生きていた水脈は新たに出来上がった地表へと水路を引き、湯として利用する。
さながら、龍炎温泉とでも名付ければよいか。
「この地をどう盛り立てるかは帝國次第だ。黒い炎が地下にある以上、ここで魔法は使えない。ならば、魔法無効であることを逆手に取ればいい」
要人達の会談場所として、これほど適切なものもないだろう。
銃火器は確かに恐ろしいものだが、魔法とは比べるべくもないのだから。
そういった利用法も、覇王帝には提示してある。
「龍災害を、人間の役に立つよう使ってしまうとは、予想していなかった」
おまえにとってはそうだろう。
しかし、我らは人間なのだ。
「温泉や、会談場だけではない」
跛行する毒沼の発酵物は、今後十年にわたって帝國の食糧事情を支える肥料となる。
温泉地が軌道に乗れば、外貨の獲得も考えられる。
「なにも、討滅することだけが龍災害との向き合い方ではあるまい。これが自然の摂理だというのなら、それを利用し己が利益に変えるのも、連綿と受け継がれてきた人間の知恵だ」
「受け継ぐ……」
エンネアが――いや、〝それ〟は大きく目を見開いた。
考えもしなかったことを言われたとも思える表情。
私は、埒外存在の鼻を明かしてやったと少しばかり気持ちがよくなった。
「とはいえ、これだけの大事業、成し遂げるのはいささか骨が折れた」
まず、帝國労働力の確保。
巨大龍災害を向こうに回して、しかも二ヶ月の突貫工事である。
如何に精強な帝國兵であれ、命に関わることは見えていた。
そこで、エルド本国より龍の肉を輸入。
これを彼らに与えることで、強壮作用と怪我の回復を行った。
効果は
また、試用品として龍の脂で出来た軟膏も用いたが、これも驚くべきほどの治癒能力を発揮した。
魔法を得手としない帝國軍にとっては、まさしく命を繋ぐ妙薬だったわけだ。
が、当然この抜け駆けともいえる優遇処置を、他国が黙ってみていたわけではない。
様々な財政干渉が水面下で行われようとしたため、私は再び一計を案じた。
つまり――方便を用いたのだ。
「これはテストケースである」
龍の肉を人間が食べ続けた場合の副次的効果には謎が多い――ということにしている。
すでにあらかた、龍災対の研究で明らかになっているのだが、
デメリットは致死量が存在することと、十分な加熱がされていない場合薬効が強すぎて体内の悪性老廃物が継続的に排出――つまりは
だから、まだ解っていないと言い張り、交渉のカードとした。
重要なのは、龍の肉には長寿、回復、滋養強壮の効能があるにもかかわらず、他国は信じ切れていないというところにあった。
ゆえにこそ、帝國での活用は大きな一歩と言えたわけなのだ。
食料としての安全性、薬効ともに立証され、さらには龍災害に立ち向かう力ともなった。
デモンストレーションとして、これ以上無い出来映えだった。
間違いなく、各国はこれまで倦厭していた龍肉を、目の色を変えて欲しがるだろう。
同時に帝國へは、優先的に肉を配布することで話が付いている。
龍災害の除去、龍肉の優先権、災害対策のための龍鱗の搬送。
これらが、覇王帝の受け取る
また、長距離転送魔法陣も、今回のことで試作段階から実用圏内に入った。
あの魔法がなければここまでスムーズな兵站を用意することなど不可能であっただろう。
最終的には、全ての国がショートカットで結ばれる時代がやってくるかも知れない。
大外交時代の到来である。
それは、いっときではあるだろうが平和の訪れでもあった。
ただ……懸念材料もある。
龍骸教団。
彼らの影を、帝國でも見ることとなった。
作業の妨害に始まり、龍物資の略奪を行おうとする彼らと私は
その全容は、未だ掴めていない。
なんとも不気味であるものだ。
……いや、今は考えても仕方がない。内情はルルミが探ってくれているはずであるし、魔導国で私を操ろうとした男への事情聴取も進んでいるはずだ。
とにもかくにも、私は覇王帝の無理難題に答えたのだ。
よって、次はこちらの番。
私の話を、聞いてもらうのだ。
「――よくぞ成し遂げた、龍禍賢人ヨナタン・エングラー。約束通り、兵を引こう。また、我は貴様を高く買い、名誉帝國人として迎え入れる所存である」
帝都。
荘厳華麗なる王城、その玉座の間にて私を出迎えたトレネダ帝は、開口一番そのように仰った。
「まったく以て、身に余る光栄です。しかし」
「固辞するか。現場の兵達は、じつに貴様を評価していたぞ。怪我人には自ら軟膏を塗り、戦線でも前へと出る。賢者でありながら臆することなく、
「……もったいなきお言葉です」
どうやら帝國兵からは過剰に持ち上げられているらしい。
あくまで士気を上げるためのパフォーマンスだったというのに。
ばれたら殺されるのではないか? と、冷や汗が背筋を流れる。
いや。真に重要なのはそこではない。
私は、語るべきことを覇王帝へ向けて奏上する。
「お聞き下さい、陛下」
「述べてみよ。此度の活躍に免じよう」
「有り難く……このままでは、いずれ龍の骸はアンデッドとなり、再び世界は災厄に包まれるでしょう。その前に、打てる対策を全て講じておきたいのです」
「ふむ、それで龍禍賢人よ。貴様は我に、何を望む?」
私は。
ゴクリと唾を飲み込んで。
震えそうになる声を可能な限り律し、答えた。
「今度こそ、龍より魔力の源たる血を抜きます。その血液の保管場所を定める会議に、出席していただきたいのです」
無理無茶無謀。
このお願い、どう転ぶ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます