第五話 巨大龍災害の参〝深影龍〟

「日の出まであとわずかだ! 総員踏みこたえろ……!」

「応!!!」


 私のげきに対して、帝國兵達が大声で応える。

 応援にやってきてくれたエリシュオン魔導国の魔法使い達は、さきほどから彼方にある山脈へと向かって魔法を乱舞させていた。

 ここは帝國南西部。

 時刻は残夜。


 数百の軍勢が取り囲む中心に、巨大な質量があった。

 否、質量はない。

 だが、そこには確かに山二つ分もある超存在が鎮座し、辺り一面を構わず破壊し尽くしているのだ。


 肉体を持たない巨体、物理的破壊力を有する影法師。

 それこそは巨大龍災害の参――〝深影龍〟。


 龍の影が抜け落ちた存在であるこれは、帝國の国土を数多あまた踏み荒らしてきた厄介な災害である。

 肉体を持たないため一切の物理攻撃が通用せず、銃火器の扱いを得意とする帝國では対処の出来ない相手なのだ。


 実際に、百はくだらない村々が、深影龍によって壊滅させられてきた。

 いずれは帝都へ迫るとされており、その対処は急務。

 よって、私が差し向けられたわけである。

 なんとか〝この地〟まで誘導し、帝都への進行を阻止したが、思ったよりも手こずった。


「しかし――ひと月もの間、私は無為に時間を過ごしてきたわけではない」


 深影龍への対策は、既に入念な準備が終わっている。

 エルド国より帝國が輸入した大量の物資。

 その中に、龍鱗があった。


 龍の鱗は魔法の媒介として非常に優れており、また元が龍の一部であるため、当然深影龍とも相性がよい。

 結論から言えば、〝深影龍〟とは巨大龍が内包する魔力の残滓ざんしだ。

 よって、物理攻撃が通用せず、魔法に対する耐性も高い。


「なので、逆転の発想をすることにした。魔力の塊であるのなら、使い切ってしまえばいいと」


 帝國兵士達が深影龍に向けて掲げている大盾は、龍鱗をそのまま用いたものだ。

 これを多重に並べて、深影龍を包囲。

 エリシュオンの魔法使い達が照応を用いて、盾から魔法を発現させる。

 その魔力はどこから供給されるのか?


 無論――深影龍からである。


『――――――――!』


 声なき声で咆哮を上げる巨大龍災害の残滓。

 包囲する前は大山四つ分もあった体躯は、もはや山一つ分にまで目減りしていた。

 さらに魔法の詠唱が轟き、魔力の消費は加速する。

 いままでならば龍の魔力を使うなど不可能だっただろう。しかし、龍跡樹海の討滅を機に、魔導国の研究は加速。

 照応の理屈をここまで拡大できるようになっていた。


「ゆえに――二つ目、取った」


 夜が明ける。

 深影龍は日の光に晒され、そのまま解けて消えた。

 兵士達の、勝ちどきが響き渡る――


§§



 同時並行的に三つの巨大龍災害と向き合いながら、私はひたすらに忙しい毎日を送っていた。

 なにせ、覇王帝が提示した期限まで、あとひと月を切っていたのである。

 残る龍災害への対策に邁進まいしんしつつ、私は本国への連絡を密に行う。


 すでにエリシュオンとは水面下での同盟が成立している。

 借り受けた魔法使い達には、龍の遺骸へと登り、神聖魔法を連続使用して貰っていた。

 古い伝承と、かつて行われた白き巨人との対話より、龍の莫大な魔力は心臓より発生していると私は仮説を立てている。

 事実、死してなお龍の心臓は腐り落ちてはいない。

 この部位への対処こそ、今後の明暗を分ける――そんな確信があった。


 山脈ほどもある遺骸へとの登山――登龍か? どちらでもよい――の用意も、かつてルートを策定していたおかげでなんとかなった。

 魔法使い達の防寒着も、エンネアが手配をしてくれていたからだ。


 ……そう、不可思議なことに、エンネアは酷く協力的であるのだ。

 私に対してではない。

 国が、いや、もっと小さな単位。

 個人が必死に何かを成し遂げようとするとき、彼女はそこに手を貸していた。

 過去の記憶の通りならば、何も奇妙ではない。

 それでも、今の彼女は、彼女ではないのだ。


「なぜ、手伝う」


 一度だけ、そう問うた。

 〝それ〟はエンネアとしての表情を消して、ただ一言答えた。


「見届けたい」


 信用など出来ない。

 私にとっては、明確な敵ですらある。

 けれど、一概に否定することも出来ず、ただ抱え込んだまま、日々の仕事の中に私は溺れていった。


 彼女は戯れのように、こんなことを訊ねもした。


「ルドガー・ハイネマンはなぜ君を助けない? 強者が弱者を庇う。それが人間ではないのか」


 なにか、甚だしい勘違いをしているらしい〝それ〟に、私は教える。


「強いから庇う、弱いから護られる。人間とは、そういうものではない。もっと状況に左右される生き物だ。その上で、あの男が今どこにいるかなど、私には解らん。大陸最強とは、何者にも縛らないがゆえの称号なのだ」

「どこそこの国に取り入られて、君を裏切っている可能性もあるだろう」


 ほう、裏切りという概念が通用するのか。

 ならば話は早い。


「構わんさ。どうせ、あれは自分が面白いと見込んだことしかやらないのだ。それでも私は信じている。最も必要なとき、ルドガーは私たちの側にいてくれると」

「なぜ?」


 何故信じられるのかという問いには、こう返すよりほかなかった。


「あいつは書き置きを残していった――『これから、つまらない努力をしてくる』とな」


 何よりも退屈を嫌う男が、それでもやると言ったのだ。

 理由があるに違いない。


「その程度には、私はあやつを知っている」

「理解が困難だ。しかし」


 その続きを口にするでもなく、白き巨人は沈黙した。

 ただ超然とした眼差しには僅かな、ほんの僅かな困惑らしき色合いが滲んでいたことを覚えている。


 それからしばらくして。

 私はとうとう、帝國における最後の災害と向き合うこととなった。


 それなる世界をく業火。

 黒い炎とはまやかしの光景、消えぬ炎を本質とする厄災。


 巨大龍災害の永劫焔えいごうえん〟。


 かつて龍が吐き出した炎は、未だ消えることなく大地を焼き、森林を燃やし尽くし、山を削った。

 塵埃じんあいが厚く降り積もり、焦土と化したこの地では人は生きられない。

 地下水脈が僅かに無事ではあるが、煮えたぎっており、これでは消火など不可能だ。


 そもそも、周囲の魔力を根こそぎに喰らい尽くして燃える炎である。

 なんらかの魔法によって消すという方法も、物理的な消火も困難な相手であり、打つ手無しというのがあちらの意見。


「これまで帝國は、〝永劫焔〟を消すためどんな方法をとってきたのですか?」


 エンネアの問い掛けに、私は指を折りながら答える。


「まず、大量の水による消火。焼け石に水で、かえって火の気が増した。次に難燃性の布による皮膜消火。覆う前に布が燃え尽きた。最後に爆風消火」

「爆風消火?」

「燃えるものがなくなれば火は消えるもの。よって爆弾――大規模な火力を叩き込むことで炎を酸素ごと消し飛ばそうとした。結果――」


 小高い丘の上から、私は眼前の光景を一望する。

 炎が張って出来た真っ直ぐな裂け目を覆い隠すように、さらに巨大な爆発痕――クレーターが地面を抉っていた。

 それでも炎は消えず、クレーターの中で渦を巻いている。


「大地を吹き飛ばしたが、炎は絶えなかった」

「万策尽きたーってこと?」

「いいや。このために、私は今日まで準備をしてきたのだ。龍災害をかたづける順番は、この通りでなければならなかった」


 怪訝そうに首をかしげるエンネアから視線を切り、私は覇王帝から預かった部隊へと最後の指示を出す。


「これより、〝永劫焔〟の埋め立てを開始する。これが上手くいった暁には」


 その暁には。


「この地は――焼却場兼温泉地として、賑わうことだろう!」

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