第三話 覇王帝への提言

「龍牙兵の討伐及び血抜きを、我はよしとしない。我が怒りはエルドにあり、失墜した信用の回復なく、そちらの提案に乗るいわれはないからだ」


 今一度帝國の天幕へと出向くと、むべない返事が返ってきた。

 確かにそうだろう、トレネダ帝は我が国の不甲斐なさに怒っておられるのだ。

 ゆえに、私は強靱な盾を振りかざす。


「巨大龍災害援助条約、第六条をお忘れですか?」

「各国はエルドに対して、恒久的な災害復興援助を行うことを約束するものとする。だったか? これはあくまで龍素材取り引きの問題。貴様らを滅ぼしてはならぬなど、一言も書かれてはいない」


 それは言葉遊びであるが、先に論理を振りかざしたのはこちらである。

 帝の言うことは正しい。

 されど、決してこの方は蒙昧もうまいな王ではないのだ。

 事実、次のように続けられた。


「だが……素材の流通が滞れば、否応なく我が国は全世界に対して戦端を開くことになるだろう。どのような大義名分があろうとも、我らは侵掠国家と見做され、我が名――ヴァリキア・デル・トレネダは歴史に暴君として刻まれる」

「それを避ける手段が、ございます」

「言われるまでもない、貴様らの貸しにしてやれと言うのだろうが」


 本当に聡明な覇王だ。

 おそらく、私の考える程度のことは全て読み切っているのだろう。

 だから、あえてエルドの地に踏み込むことなく、戦争を始めもしなかった。

 帝國が最大の武力を誇りながら、名誉の国であると知らしめているのは、この賢明さがあってのことに違いない。


 ……つまりは、ここまで全ては既定路線。

 覇王帝のたなごころのうちなのだということを、事ここに至って痛感させられる。


 ゆえに、この先で私が語る言葉もまた、誘導されたものとなるだろう。

 それでも言わねばならない。

 全てを解決し、エンネアを取り戻すために。


 私はゆっくりと息を整え告げた。

 知性と権謀術数を、怒りという隠蔽いつわりで覆い隠してみせた覇王へと。


「帝國は、大陸でも最大の版図を誇る国家です。ゆえに、巨大龍災害の残滓、残された課題も多いのでは?」

「わざわざ教えてやるまでもないが、跛行はこうする毒沼、深影龍、消えぬ炎、樹海と全てが揃っておるわ」

「ならば――

「なに?」


 ここで、帝はそのしっかりとした眉を怪訝そうに歪めた。

 ねじ込むならばここしかないと、私は言葉の矢を放つ。

 想定があるとしたら、この一点なのだから。


「〝龍禍賢人〟が請け負います。この兵を退いて頂けるのなら、そしてご助力を賜れるなら、必ずや全ての巨大龍災害への対策を行って見せましょう。エルドにおける龍災害を鎮圧するよりも、優先すると明言致します」

「……言ったな、ヨナタン・エングラー。男に二言はないか? 不始末にはどう責任を取る?」


 低く脅すような言葉に、私は深く頭を垂れた。

 そうして、自らの首に、手刀を当ててみせる。


「面白い。龍禍賢人の首をかけた交渉か。我が軍を引くだけの価値はある」

「でしたら」

「ただし、条件があるぞ、異邦の賢者」


 大陸最大の実力者。

 黄金と真紅によって彩られし覇王。

 ヴァリキア・デル・トレネダは。

 こう、言い放った。


「二ヶ月――この間に全ての対策を打ち出せねば、我はエルドを滅ぼしてしまおうと思う」


 ……この逆境、どう克服する?



§§



 私に許された猶予は2ヶ月間。

 何よりも迅速な行動こそが、事の是非を握る。

 私は急ぎ、帝國へと旅立った。


「そんなヨナタンが、ビール工場の見学になんて来ていいのですか?」


 エンネア。

 いや、エンネアの皮を被った〝それ〟が、彼女の口調で皮肉を放ってきた。

 どうやって覇王帝に取り入ったのかは知らないが、私の同行役という任務を受けて、この場に同席していたのだ。


「『死刑宣告がされた馬車馬! でもまずは腹ごしらえ』ということ?」


 まったく完璧な模倣だ。

 あるいは本当に、話しているのは意識のない本人なのかも知れない。


「間違ってはいない。準備なしに策は使えぬものだ」


 怪しまれない程度の軽口で応じつつ、工場の内部を見渡す。

 ここは、帝國の名物であるビールを生産している工場だった。

 帝國自体が大陸の北にあり、エンネアの防寒着が正しい服装になるほど冷え切った季候をしているのだが、工場内部は一定の温度に保たれている。


「ビールを造るには、低温での管理が必要なのです。微生物が糖分を分解してアルコールと炭酸ガスに変える過程。これが丁度いい塩梅で進むのが、この寒さの中なのですよ」


 案内をしてくれていた工場長殿が、適切な解説をくれた。

 つまり、アルコールをつくる微生物にとっては、この極寒が一番適した気温なのだ。

 ……ならば純粋な疑問も浮かぶ。

 暑いとどうなるのだろうか?


「分解が進みすぎて、麦汁が駄目になりますね。早すぎては、熟成が見込めないのです」

「腐る、ということもありますか?」

「温度が高く、雑菌の繁殖に適する温度となれば、当然そうなります」


 なるほど、勉強になった。


「というか、おい」

「え、なんです?」


 え、なんです? ではない。

 エンネアの皮を被ったなんらかよ、何故おまえは平気な様子で試飲をしている?

 人間の文化に興味があって?

 そんな顔をしても駄目だ。


「帰るぞ」

「待ってください。もう一杯だけ、もう一杯だけ飲ませて! 『最後の晩餐! ただしおかわりは自由』という権利を……!」


 喚き立てる彼女の襟首を掴み、私は足早で次なる目的地へと向かう。

 突如、理知的で温度の見えない声が耳朶に届いた。


「〝跛行する毒沼〟は、火力で消し飛ばすことが不可能に近い」


 耳元にぐっと顔を寄せたエンネアが……違う、白き巨人が語りかけてくる。

 火砲が無意味であることぐらい、言われずとも理解している。

 だからわざわざ、こうやって回りくどい方法をとっているのだ。

 私が帝國で最初に挑む龍災害、それが〝跛行する毒沼〟だった。


「すでに現場には工作兵を派遣して貰っている。しかし、準備には時間が必要だ。その間、私は他の龍災害への対策を練る」

「まるで君は、跛行する毒沼は既に攻略したと言っているように聞こえる」


 そう言ったのだ、解らなかったのか埒外存在?


「覇王帝の兵力を存分に使えるまたとない機会、出来ぬ事などあろうものかよ」


 私は薄く笑い、遠距離転送陣へと飛び込むのだった。

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