第二話 和解の条件と血液保管場

「ルドガー! ルドガー・ハイネマンはどこだ!」


 生きた心地などしなかったトレネダ軍本陣より生還して、私は真っ先に悪友を呼んだ。

 単純な武力でトレネダと拮抗しうるのは、あやつだけだからだ。

 だというのに……


「それが。ハイネマンさまは長距離転送魔法陣をお使いになり、どこかへ消えてしまわれました」

「なに!?」

「入れ替わりで、エリシュオン魔導国より神聖魔法の術者一行様が到着しておりますが、どう致しましょうか?」


 龍災対の部下から、恐る恐るといった様子で訊ねられ、私は唸る。

 頭が痛い。

 頼れる友は姿を消し、エリシュオンからは国賓こくひん級の方々がやってこられている。

 ……いや、悩んでいても仕方がない。

 そもそも、図面を引いたのは私なのだ。


「この書状をナッサウ陛下と大臣たちへ届けてくれ。その上で、魔導国の術者一行には、頼んでいたとおりのことをやって頂く。龍の遺骸への自由通行許可書も忘れずに渡してくれ」

「はっ」

「ルドガーについては捨て置け。何か考えあってのことだろう。ルルミはどうしている?」

「定時連絡は来ておりますが、いまだ龍骸教団の内情を探っているところかと」

「急がせろ」


 あとは、現状を正確に把握する必要がある。

 覇王帝には詳細を調べると言って猶予を貰っているのだから。


「トレネダ帝はこちらに瑕疵があるという言い様だった。遺骸解体の責任者を、ここに。この数日なにが起きたのかレポートにまとめてくれ」

「その必要はないですよ、ヨナタン」


 月光のような声が、私の言葉を遮った。

 誰もを魅了する優しく儚い声音。

 白い髪、月色の瞳。

 龍災対本部へと踏み込んできたのは――


 なぜか饅頭まんじゅうを抱えた、エンネア・シュネーヴァイスだった。


「あたしが、あらましを説明しますので!」



§§



「その饅頭はなんだ」


 人払いをして第一声、私はエンネア――いや、白き巨人へと問い掛けた。

 すると〝それ〟は感情の見えない表情で、饅頭を一つ持ち上げる。


「元祖巨大龍饅頭という、らしい」

「なに?」

「他にも、本家巨大龍饅頭。巨大龍饅頭本舗。真・巨大龍饅頭」


 人を超えた埒外存在の口から飛び出す胡乱うろんな言葉の数々に、思わず頭痛を堪えきれなくなって顔を覆う。

 いや、だいたい解った。

 市井のものたちが、復興の一助としてたくましくも巨大龍をシンボルに商いを行っている、ということだろう。


「あっているか?」

「正しい。他にも、土産物が充実している。ティルトー木剣、龍の鱗ミニチュア、龍肉風焼き鳥、観光案内も日程を組んで行われている。興味深い行動だ。危難に遭ってなお、商業的活動を継続している」

「自国の民のたくましさに勇気づけられる思いだ。もっとも、おまえにはそんな感情もあるまい」


 無表情のまま白き巨人は沈黙し、やがて手に持っていた饅頭を一つ、頬張った。

 咀嚼し、嚥下して。

 それは、小さく言葉を漏らす。


「これが、甘いということは解る。ならば希望とは、甘いのか」

「なにを言っているのか皆目見当もつかないな……」


 それよりも、現状とやらを教えて欲しい。

 人払いにも限度がある。

 なにより私は、恐れ多くも覇王帝を待たせている立場なのだ。

 これが解っているのか解っていないのか、白き巨人はどこまでも静かに語る。


「君たちの時間感覚で三日前、巨大龍の骸から67体の龍牙兵が発生した」


 それは、過去最大の数だ。

 死傷者は?


「近くに居合わせた帝國の兵士が8名巻き込まれ、命を失った。その後、武力によって鎮圧。君たちが言うところの神聖魔法により、龍牙兵は消滅した」

「あれはルールの上書きらしいな。私たちを龍牙兵から守ったとき、やってのけたのもそれか?」

「否定する理由はない。デュナミスパークルは古代魔法、君たちが言う神聖魔法の魔法剣だ。もっとも、君たちは神聖魔法の原理をはき違えているようだが」


 なに?


「あれは、観測者による認識の押しつけだ。吾や龍はルールそのもの。世界に望まれ、世界を書き換えるもの。これほど地に満ちても、いまだ人間の手には余る。否、人が満ちたからこそ吾らがあると言うべきか」

「興味深いが、その話は後に回そう。それで、なにが起きた?」


 おそらくはこの辺りに核心があるのだろうと思って投げた問いは。

 確かに事の根源を暴き出した。


「意図的な配置換えがあり、これによって帝國兵は生命活動を停止させられたのではないか。そのような嫌疑が浮かんでいる」


 ……おおよそ、最悪の解答であった。

 つまり、エルド国は覇王帝より疑われているのだ。

 人為的に、作為的に帝國の兵を危険地帯へと追いやったのではないかと。

 宣戦布告。

 でなくとも、帝國の国力を削るための策謀ではないかと。


「まったく」


 この図案を引いているのは誰だ?

 誰が、こんなにも馬鹿らしく悍ましい策謀をでっち上げようとしている?

 私の敵は――おそらく、そいつだ。


「相解った」


 私は一つ膝を打つと、その勢いのまま立ち上がる。

 誰がどのような意図を持って、こちらの協力関係を脅かそうとしているかは解らない。

 されど、対策はひとつだ。


 信用回復。

 そのために打てる策は。


「魔導国へ救援を要請する」

「…………」

「その上で、我らエルドは」


 諸国を巻き込んで。


「龍牙兵一掃作戦――即ち、龍解体作戦第三号、残存血液の血抜きを断行する!」

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