第五章 龍災害根絶作戦

第一話 一触即発、国境に集う帝國の大軍勢!

 空気がひりついている。

 ビリビリと痺れ、ギシギシときしみ、ドクドクと脈打つ。

 もしも運命を司る神などというものがいるのなら、決壊の瞬間を舌なめずりしながら待ち望んでいたに違いない。

 それほどの緊張が、満ちていた。


 こめかみから冷や汗が伝い、顎より落ちる。

 慌ててかき集めたエルドの手勢3000に対し、目前にて臨戦態勢を取るのは、赤と金の鎧に身を包んだ屈強な兵士45000。

 悪名高き、トレネダ帝國火砲兵団。

 巨大龍にこそ後れを取ったが、国家間同士の戦いであれば無敗を誇る、精強なるつわものたち。


 それがいま、国境を境にしてエルドへと砲口を向けているのだ。

 これを怖れずして、何を怖れろというのだろう?

 固唾を呑んで趨勢すうせいを見守っていると、突如として帝國の軍勢が動いた。


 一糸乱れる動きで、海を割るようにして兵が退き、現れたのは巨大な戦車。

 その頂には玉座が備え付けられ、筋骨隆々たる強面の男が一人、片肘をついて腰掛けている。


 覇王帝ヴァリキア・デル・トレネダ。

 彼は鷹のように鋭い、翡翠色の眼差しをエルド軍へと向ける。

 否――私を、射貫く。

 稲妻のような怒気が、放たれた。


「〝龍禍賢人〟への礼を執り、我は一度だけ謁見を赦す。我が怒り、我が軍勢を怖れぬのなら――一人で、やってきてみよ」


 大気を震わす大音声いかりを前にして、私は。


「いや、無理だ。行きたくない。なんとかならぬか、ルドガー?」

「なるわけがないだろう。さっさと生贄になってこい」


 かくて刎頸ふんけいの友に売り飛ばされ。

 私は、覇王帝と対面することになるのであった。



§§



 通された天幕は、驚くほど警備が手薄であった。

 なにせ紅蓮の衣装を纏い、黄金の鎧を身につけた覇王と、私だけしかいなかったのだから。

 ……推論をたてるまでもない。

 覇王帝は、人払いが必要だと考えられているのだ。

 が、周囲は帝國の大軍勢なわけで、狼藉ろうぜきは即、死を意味する。


 私はひざまずき、最大の礼節を以て挨拶を行う。


「エルド国エングラー男爵家三男、巨大龍災害対策機関長ヨナタン・エングラー、トレネダ陛下のもとへ参上致しました。拝謁の栄に浴すること、まこと有り難く存じます」

「はて――我は謁見を赦したが、拝顔まで許可した覚えはない」

「……はっ。そのため、伏しておりまする」

「口の達者な男だ。いけ好かん」


 それまで、退屈そうに頬杖をついていた覇王は、くつくつと喉の奥で笑った。

 どうやら憤怒の矛先を即座に向けられるわけではないらしい。

 それでも肝が冷える。

 今すぐ逃げ出したい。

 耐える。


 私の知る情報では、帝國は突如侵攻を開始し、このままではエルド本国へ雪崩れ込む機運らしい。

 そうなれば、せっかく築いた条約関係は意味をなさず、エルドの平和は水泡と帰す。

 エンネアが、悲しむ。

 だから踏ん張るしかない。


「陛下、発言をお許し頂きたい」

「よかろう、よくよく言葉を選んで申せ。我は、これで怒髪天を衝いておる」


 怒り狂っていると言うことだが、なぜだ?

 高速で思考を巡らせ、遠距離転移魔法陣で此処へやってくるまでの間に収集できた情報を組み上げていく。


 巨大龍の解体。

 鱗剥ぎ。

 龍肉。

 血抜き。

 龍由来生物。

 事業の妨害を行う龍骸教団。

 最も多く、解体部隊を出した国はトレネダ。


 おぼろげに浮かび上がるのは、ひとつの危難。

 導き出された結論にしばし逡巡し。

 しかし、私は言葉に代えた。


「もしや……陛下の御兵に死傷者が?」

「その通りだ、龍禍賢人。この大軍はな」


 覇王が、嚇怒かくどをもって告げた。


「巨大龍の骸より無限に湧き出でるバケモノ――龍牙兵を討伐しきれない、軟弱なエルドへ向けた我が怒りである!」

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