第六話 神聖魔法とその他の魔法
大陸に国家は数あれど、魔法の根源へと迫る国はただ一つ。
即ち、エリシュオン魔導国。
他国が砲術や剣の腕を磨く中で、ただひたすらに求道者たり得たのがこの国だ。
ゆえに、私たちが当たり前のように見てきた魔法の、その真実を知るのも、エリシュオンだろう。
火水風土の四大属性。
そこから派生する雷や霞といった様々な属性魔法。
そして、不浄を退け、傷を癒やす神聖魔法。
私たちは、これらが同じモノだと認識してきた。
だが、どうやらそれは正しくない。
火や土のエレメントを操る法術と。
神聖魔法は、まったく違う理で動いているらしいことを、私は最近痛感した。
「切っ掛けは、龍牙兵でした」
あれらはアンデッドであるから神聖魔法が有効だ。
そう考えていた。
しかし相性の問題であるなら、より強大な力の前では無意味になるはずだ。
龍のブレスが、大自然の雨雲を蒸発させるように。
莫大なる魔力さえあれば、神聖魔法でなくとも龍牙兵を消滅させ得るはず。少なくとも理論上は。
されど、事実は異なる。
ルドガーの魔法剣は龍鱗にこそ及ばないが、肉を切り骨を砕くには充分。それは実証済みだ。
けれど、砕いたところで奴らは止まらなかった。
各国の英雄英傑の剣技や槍術でも同じこと。
結局、動きを止めたところで神聖魔法を施さねば、
「おかげで、エルドは国を挙げてプリーストを雇い入れることとなっていますが……重要なのは、神聖魔術の性質」
炎や雷とは、まったく異なる作用機序を持っているのではないか?
その答えを持ちうるものがあるとすれば、魔導国の王族に他を置いていない。
だから、私は真っ直ぐに訊ねた。
信頼に、信用を持って報いるために。
陛下は。
「〝龍禍賢人〟――伊達や酔狂の名ではないか」
「私の推論が当たっている、ということでしょうか?」
「うむ。よくぞ魔力を持たぬ身で至った。余は、友として誇らしい」
重々しく、首肯される。
やはり、そうなのか。
だとすれば神聖魔法とは。
「神聖魔法とは、この世の法則を書き換える魔法だ」
「トワニカさま」
「ボルスタイン卿や皆の懸念は解る。しかしな、ここまでくればヨナタンは独力で答えにいたる。隠す意味がないのだ」
臣下の方々による忠言を受けた上で、陛下は続ける。
「自然の力を借りる他の魔法など、全ては神聖魔法の代替品。神々の力などとは、嘘偽りのこと。神聖魔法とは、即ち
「ならば、それは龍に及ぶということでは!」
「否――龍そのものが〝
――なるほど。
これが、龍に対して魔法が通用しないことの真実。
世界そのものに対して剣を向けても、切り裂けぬのが道理。
驚愕の事実ではあったが。
予測の範疇でもあった。
「私は、龍牙兵を例に挙げました」
魔力の総量と、理によって守られた龍には、なるほど人は及ばないだろう。
だが、その魔力の量が少なければ?
「龍の身体からこぼれ落ちたものならば、総力を持って挑むことで、打ち勝てるのではありませんか?」
「問いの答えは即ちこうだ――〝
私は、口元を吊り上げる。
「ならば、龍跡樹海、脅威に及ばず!」
勝利の方策は揃った。
あとは、確かめるのみ。
「陛下、もうひとつだけお聞かせください。エリシュオンには、
私の問い掛けに、臣下たちがざわめくのが解る。
当然だろう、刻を巻き戻すことが出来るかと訊ねているのだ。
可能ならば、どれほどの脅威であるかを私に
「事実だ」
しかし、陛下は一瞬の躊躇もなく断言をしてみせた。
沈黙は肯定だと、賢王たる氷の魔女は解っていたのだ。
「物体を構成するもっと小さな単位である魔素を、凍気により静止状態――まったく運動が出来ない状態にまで凝縮する。ここでさらに魔力を加えることで、凝縮は限界を迎え
「それは」
「うむ、古代魔法――現代で言う、神聖魔法である」
やはりか。
しかし、これまで用いてこなかったということは、なにか問題があるのだろうか?
「もはや隠すまでもないな。前提として……現存する古代魔法は少ない。世は広いから、どこかには失伝した死者蘇生や万物創成を受け継ぐものもいるかも知れない。だが、エリシュオンに残るのは〝凍てつく刻限の禁呪〟だけ」
古代魔法は死者の蘇生まで可能なのか。
まさしく万能だな。
「話を戻すぞ? この禁呪は対象を選択する必要がある。現状でも、結界によって相手を隔離選択することで、静止状態にするまでは出来る。しかし、その先の縮退へ至るには、対象の根源的な部分へとピンポイントで魔力を送り込まなければならない。龍へのアクセス権限。余はこの手段を持ち得ないのだ」
だから手をこまねいてきたのだと、陛下は語る。
つまりは〝照応〟なのだ。
龍跡樹海と対になるもの、その所有権を得なくては、いかに古代魔法とて真の効果を現せない。
龍跡樹海を凍結し、一時的に動きを止めることは出来る。
しかし、これは結界と同じ効力しかなく、動きを一時的に制限するだけだ。
樹海を初めの種子へと戻したいのならば、樹海の本質、最初の一へと繋がる触媒が必要なのである。
「正しい認識だ。照応の材料として、龍の鱗を用いたことはあったが、純度の問題から失敗した。あれは、鎧や盾という側面が強い」
「であるなら、やはり打つ手はございます。エルドの国が、それを提供できまする」
「なに?」
「陛下、そのために二度、私に長距離転送魔法陣の使用を許可願えないでしょうか」
「どうするつもりだ、ヨナタン」
「はい」
私は、答えた。
「龍の逆鱗を以て、龍跡樹海への照応とします」
§§
私とボルスタイン子爵、そして陛下たちは策をギリギリまで詰めていた。
しかしその途中で、数名の臣下が目配せをし合い、一人が退場していく。
まるでこちらから隠れるように。
……無策ではあるまい。こちらも応じる必要がある。
ひっそりと、ある人物と連絡を取り、綿密な連携の準備を行って。
そして、焦熱魔法が放たれてから七日目。
私は、再び龍跡樹海を目前としていた。
いよいよ、この忌まわしい龍由来植物に決別を告げるときが来たのだ。
「ヨナタン」
大魔法を成立させるための術式を織る陛下が、魔法陣の中央から、語りかけてくる。
「余は、生きるぞ」
「もちろんです」
必ず成功させようと、私は誓いを新たにする。
そして――龍跡樹海殲滅作戦が、幕を開けたのであった。
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