幕間劇 その頃、エルド国の幼馴染みたちは
ヨナタン・エングラーが魔導国へと向かった翌日のことである。
ルドガー・ハイネマンは幼馴染みのもとを訪ねていた。
エンネア・シュネーヴァイス、その仮の宿である。
「意外に元気そうじゃないか。安心したぞ」
「ルドガーもよく来てくれますね。嬉しいです」
「惚れた女のところに顔を出さない男がいるか? なんなら今から、俺の屋敷に来てくれてもいいんだぜ?」
「やはははは、またヨナタンに怒られますよ? 『古今無双の知恵者! ただし主導権は下半身』って」
「ちがいない」
ひとしきり笑って、ふたりは葡萄酒を酌み交わした。
七年もの歳月に横たわる、どうしようもない溝を埋めようとしていたのだ。
口を開いたのはエンネアが先だった。
「この七年、ヨナタンはなにをしていましたか?」
ルドガーは怪訝そうに片眉を上げ、ジッと幼馴染みを見詰め。
ニヤリと口元を歪める。
「龍禍賢人」
「…………」
「いま、あいつはこう呼ばれている。巨大龍の災いに抗する知恵を持つ、唯一の人類とな。どうしてそんな二つ名がついたか、聞きたくはないか?」
「是非聞かせてください。興味津々です」
「傑作だぜ。あれは六年前のことだ。エルドでも有数の大都市〝リオ〟へ、巨大龍が迫っていたとき――」
六年前。
巨大龍の実在と、その止まるところを知らない被害を受けて、各国は急ぎ対策を用意することとなった。
エルド国でも、巨大龍災害対策機関の前身である組織、巨大龍被害検討委員会が組織されていた。
これに、ヨナタン・エングラーは、龍の研究をしている風変わりな田舎貴族として強制参加させられたのだ。
「まあ、委員会に奴を推薦したのは俺なんだが」
「どうしてですか?」
「……おまえさんが行方不明になったからな、あいつは生きる甲斐を失っていた。身体を動かしたほうがいいだろうと思ったのさ。なに、ちょっとしたお節介ってやつだ」
委員会で活動することになったヨナタンは、決して目立つ存在ではなかった。
細々と雑事をこなし、求められた意見を答えるだけの空虚そのもの。
しかし、ある失意が彼を変えた。
変貌したヨナタンが請け負うことになった最初の仕事こそ、リオ市へ進路を取った龍の妨害であった。
当初、エルド国は龍を迎え撃つつもりだった。
遅滞戦闘を行い、その間にリオの町から住民を遠ざける、そういう算段だ。
だが、突如として龍は、移動速度を速めた。
このままでは退避が間に合わない。
「そんなとき、あいつは目を覚ました。いや――その少し前に、手痛い失敗をしていてな、覚悟を決めたという方が正しいか。ともかく、俺の伝手を勝手に使って、戦術指揮を執ったのよ」
半ば無茶な命令系統の委譲。
これはルドガーにとっても痛手ではあったが――それでも、彼は友を信じ、剣士として振る舞うことを決めた。
「決戦は、リオ市へと続く街道。やつはこの両脇に千人の魔法使いを配備した。当時でも、龍に魔法は効果がないってのは解ってたが……ヨナタンには秘策があった」
観察眼。
物事を怖れ、未知に恐怖する男は。
結果として、全てを見通す目を身につけた。
ヨナタンは子細な観察と古文書から、龍の喉元に逆鱗と呼ばれる急所があることを突き止める。
「ここへ、一点集中。千を越える魔法が突き刺さった」
「それで、どうなったのです?」
「……龍は無傷だった」
渋面でルドガーは呻く。
どれほどの大火力を叩き込まれても、巨大龍は無傷。
ただ。
「逆鱗の薄皮が、1枚だけ剥けた」
「薄皮?」
「おう。俺が試し切りしても、キズひとつ付かない薄皮だ。ヨナタンは、これを回収した。ひとりで戦場へ突っ込んでな」
「それって」
「命知らずの自暴自棄だ。少なくとも俺はそう思った。だが……違った。あの男には、勝算があったのさ」
龍の進路は未だリオ市。
退避は完了しておらず、このままでは大被害は避けられない。
しかし、ここに来て龍は進路を変えたのである。
僅かではあるが、北の渓谷地帯を経由する形になった。
「これはヨナタンの受け売りだが……昔話に曰く、龍ってのは同じ龍の臭いを避ける。だから現代に伝わる龍由来の武器だとか、タリスマンってのはお守りとして価値がついている」
ところが、このたびの龍は違った。
人間の密集地。そして龍由来物質に惹きつけられる習性があったのだ。
「これをヨナタンは見抜いた」
「なるほど、その薄皮を」
「ああ、おとりに使ったのさ」
進路を変えた龍は、それでも都市へと迫る。
渓谷を素通りしようとしたところで、
「あいつは事前に敷設していた大規模破壊魔法を起動した」
渓谷に連なる平原に埋設されていた破壊術式が疾走、大地に亀裂を入れる。
「『巨大龍よ。おまえの肉体は強靱なのかも知れない。この世の如何なる武器でも傷つけられないのかも知れない。だが――その強き四肢を支える大地までは、盤石ではないぞ?』」
「ヨナタンの物真似ですか? そっくりですね! 例えるなら『山の上で絶叫、正し返ってくるヤマビコは人力』みたいな」
「そのたとえは解らんが……それで、
無論、龍は無傷であり。
僅か一日で完全に復活するのだが。
それでもここでヨナタンの稼いだ一日は、値千金の一日であった。
「リオ市の住人は避難に成功し、この功績を以て、あいつは後の巨大龍災害対策機関機関長へと就任する。同時に、世間からこう呼ばれることになったわけだ」
龍禍賢人――と。
「あたしが知らないうちに、ヨナタンは冒険をしていたのですね。あの怖がりさんが、そこまで強く」
嬉しそうに笑うエンネアを見て。
男は、皮肉げに口をねじ曲げた。
「知らない? そうか。そうだな、知らないだろう。なら、これはどうだ? いま、諸国は巨大龍の解体を進めている。鱗剥ぎにも一端目処がついた。次は、血抜きをしようって事になっている」
「――――」
「だが、龍の血液だ。どんな効能や厄災を秘めているか解らん。各国は慎重だ。そも、抜いた血をどの国が保管するのか――とな」
「……どうしてそんな話を、あたしにするのですか?」
不思議そうに訊ねるエンネアの喉元に。
魔力を帯びた切っ先が突きつけられた。
目にもとまらぬ速度で抜剣したルドガーは。
ドスの利いた声で、不敵に問う。
「てめぇが誰だかわからないからだよ。ここひと月、ヨナタンの動きがおかしいとは思っていたが……いい加減、正体を現せよ誰かさん?」
「…………」
〝吾〟はしばらく思案したあと。
一つの疑問を抱いた。
「なぜ、気が付いた?」
そう問えば、ルドガーは憎々しげに口元を吊り上げ、
「エンネアは、龍牙兵すら殺せないお人好しだからだ」
吐き出すように、告げた。
なるほど。それは正しい認識だろう。
ならば告白する方が早い。
「吾は白き巨人。現在エンネア・シュネーヴァイスの肉体を修復している。ヨナタン・エングラーは既に知っており、協力関係にある」
「てめぇの目的はなんだ。敵か、味方か? それとも――」
「答えは、君の中にあるだろう」
「……目的は、なんだ」
問われるのならば、答えよう。
吾は。
「人間を、知りたい」
そう。
「希望とは、なんなのかを」
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