第三話 魔氷絶心の秘密

「馬鹿にしているのかねぇ!」


 激昂するボルスタイン子爵。

 彼は顔を真っ赤にし、唾を飛ばしながら罵声を浴びせかけてくる。


「エリシュオンは植物と文明を共にしてきた国なのであるぞ! 繁殖拡大を続ける龍跡樹海にとって、根を封じることの重要性など、貴様にわざわざ指摘されるまでもないわ!」

「つまり、地下にも結界は施されていると?」

「それは――ええい、知らなくてもよいことだろう!」


 そうはいかない。

 私は、意見役として招かれているのだから。


「たとえ貴様が陛下に招かれたとしても断じて言えぬ。土地に手を出すことが、この国の民には不可能な理由があるのだよ。しかし、それを語ることは――」

「よい。ボルスタイン卿、貴殿の忠義、余は覚えておく」

「しかし、トワニカさま!」

「よいと言った」


 なおも言い募ろうとする……いや、口をつぐもうとする彼に、陛下が語りかける。


「ヨナタンは、余の事情を知っている」

「は? いま、なんと」

「余の秘密を、この男は知っていると言った」


 だから、構わないのだと、陛下は仰る。

 ボルスタイン子爵は、目を丸くした。


「建設的な論議を続けよ。ボルスタイン卿、龍由来植物とその根について、どう考えているか説明してやれ」

「……はっ。仰せのままに」


 どこまでも不服そうにしながら、しかし王命に逆らうことはなく、我に返った彼は語る。

 私へと向けられる眼差しには、憎悪すらこもっているようだったが。


「身共らが考えるに、龍由来植物は異形ぞ。しかし、その本質は植物。地下には根を張り、種子や胞子にて増える」


 認識を摺り合わせるため、私も応じる。


「つまり、そこを押しとどめなければ、龍由来植物の拡散を防ぐことは出来ないのでは?」

「余は、封じ込めは完璧であると報告を受けているが?」


 女王の言葉に、「ぐっ」と貴公子は言葉に詰まった。

 どうやら、虚偽の申告をしていたらしい。

 しかし、それが愛国心と陛下に対する敬愛の心から来ていることは、私にでも解る。

 だから、この場の誰も彼を責めなかった。


「……トワニカさま。そもそもこの男は何者なのですかな? 本当に、これほど重大事を話してよい相手なので?」

「そなたの心配は解る。だが、無用だ」

「しかし」

「〝龍禍賢人りゅうかけんと〟」

「なっ」


 陛下の言葉を受けて、貴公子が再び目を見開いた。

 彼の瞳に宿る嫌悪が、まったく別の感情へと変貌していくのが見て取れる。


「こ、この男が、吟遊詩人の歌にも名高い、あの龍禍賢人ですと? エルドの国においては、巨大龍を一度ならず退けたという――」

「そうだ。ヨナタンこそ巨大龍の骸を預かるエルド国が忠臣。かの国において龍災害対策機関の長を任された碩学にして」


 陛下は、そこで一拍挟み、


「余が伴侶に望む男、ヨナタン・エングラーだ」


 ……おそらく、私の立場が大きくまずくなることを、言い放った。



§§



「龍跡樹海に対する具体的な方策であるが、今回は焦熱魔法を用いた完全焼却作戦を考えておる」


 本格的な対策会議の場へと変貌した食堂にて。

 私へと険しい視線を向けながら、ボルスタイン子爵が説明を始める。


「これまで、本国は酸性雨を用いた樹海枯死作戦、水分の断絶による永久萎凋点えいきゅういちょうてん作戦、品種改良植物による水際防衛作戦などを行ってきたが、思わしくなかったのである」

「相手は植物です、酸性雨よりも塩害を起こす方が効果が見られたのでは?」

「龍禍賢人殿。身共らは愚者ではない。無論、これも一考した。しかし大地に与える影響が強すぎること、小規模な実験で望んだ結果が出なかったことから実行には移されなかったのである」


 なるほど、龍跡樹海には塩も利かないわけか。

 まったくもって、植物という枠組みを逸脱している。


「無論、結界による地上部の封じ込め、種子の飛散抑制にも限界があるのでな。やはり全てを焼き払うべきだと身共らは考えているのだ」

「くどいようですが」

「まさしくくどい。差し出口はやめていただこうかな」


 子爵は言い募ろうとする私に鋭い視線を向けた。

 つまり、この作戦は厳密な対応ではないのだと白状したに等しい。


 あくまで対症療法。

 樹海の浸食速度を抑えるために、まずは種子と胞子を作る器官――地上部を燃やし尽くす。

 その上で、地下には新たな対処を後日行うということだろう。

 私がこの国の人間であれば、同じ対応をする。


 資源である豊かな森を焼きたくはないし、なによりも重大な理由が潜んでいるからだ。

 だが、ヨナタン・エングラーは部外者である。


「地下の根ごと焼くべきです」

「黙れ! 作戦はこれよりすぐ実行される! そこで見ているがいい!」


 一喝すると、彼は遠見の魔術で映し出されている樹海を指し示した。

 命令とともに、焼却作戦が実行へと移される。


 業火。


 数百名にも及ぶ術者の詠唱が生み出した小規模な爆炎。

 それは太陽のごとく、樹海の全てを焼き尽くしたかに思えた。


「やった! 見たか龍禍賢人!」


 拳を握りしめ勝ち誇るボルスタイン子爵の目の前で。

 しかし――無慈悲にも極彩色が再び咲き誇る。


 焼け焦げた土壌から無数の種が芽吹き、急成長。

 魔法などよりよほど魔的な光景に、居合わせた全員が絶句する。

 唯一氷の魔女だけが、その異名の通り表情を微動だにさせなかった。


 数時間後。

 樹海は元の姿を取り戻す。

 龍由来植物はこれに止まらず、圧倒的な繁殖力で結界を地下から貫通。

 さらに勢力圏を広げ、一層巨大な群を形成した。


「ボルスタイン卿」

「トワニカさま。違うのです。身共らは、ただ国土を傷つけないやり方で」

「他国から、余がなんと呼ばれているか、そなたは知っているか? 〝魔氷絶心〟。人の心が解らぬ氷の魔女だ。炎もそなたたちのぬくもりも、余にはふさわしくない」

「トワニカさま……」

「エリシュオン女王の名の下に、余が命じる。ボルスタイン・ダーレム。ヨナタン・エングラーと力を合わせ、次こそあらゆる手段を用いて樹海を根絶して見せよ」


 貴公子は何かを言いかけて、ぐっと唇を結び、


「はっ」


 と、頭を垂れて見せた。

 女王陛下は小さく頷き、「いっとき休め。今日は下がってよい」と、彼に言葉をかけられる。

 悔しそうな顔のまま、ボルスタイン子爵とその他の臣下は退出していく。

 彼は去り際、私の横を通り、


「陛下への無礼は、決してゆるさぬからな……!」


 押し殺した怒気の滲む忠言を残していった。

 全員が退出したのを見計らってだろう。

 陛下は、私へと歩み寄り、


「女王陛下」

「許せ」


 こちらへと、倒れかかってきた。

 咄嗟に支えれば、恐ろしいほど枯れ果てた、触れるだけでへし折れてしまいそうな肉体の感覚が伝わってくる。

 体温は、驚くほど低い。

 とうに限界を迎えているのだ。


「これで、誰にも悟られていないつもりなのですか」

「仕方あるまい。ヨナタンの責任感を煽るには、これが一番であると余は知っている」

「だからといって」

「……他国では、そなたしか知らない秘密なのだ」


 かぼそい言葉に、私は沈黙を選ぶしかなかった。

 トワニカ・エル・エリシュオン。


 彼女は――エリシュオン魔導国の領土と、命を共にしているのである。

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