第五話 よいニュースと悪いニュース

 声をかけたところ、謎の一団は逃走した。

 呆気なく、蜘蛛の子を散らすように、散り散りになって、三々五々解散したのだ。


 この時点で彼らの正体は不明であり、我々は首をかしげつつも忙しさの中で事件自体を忘却していった。

 しかし……。


 思えばこの頃から、不穏の影は確かにあったのだ。

 もう少し早く、危機感を覚えていればと強く思うが、すべてはいまさらである。

 寄せては返す波のように、殺到する膨大な問題を処理するだけで、私たちは精一杯だったのだから。

 事実、日照不足やダンジョン化といった危険は、時を経るごとに明確な脅威として現実を蝕みつつあった。


 ――龍の周囲で、奇っ怪な植物が生長を始めたのである。


 この地方では見られない、原始的な生態を秘めたそれらは、尋常ならざる速度で生育し、〝森〟を形成していく。

 龍災対は実働部隊を駆使し、植物を片っ端から刈り取り、引き抜き、焼却していた。

 だが、気が付けばいつの間にか新たな芽吹きが起こり、繰り返されるのはいたちごっこ。

 いずれは人員不足に陥ることが明白であった。


 この〝森〟については、エリシュオン魔導国という前例がある。

 いずれは国家同士で連携、強力が必要だろうが……現状は保留とするしかなかった。


 さて、暗いニュースだけではない。

 吉報もある。


 第一に、民間で被災者の支援を行っていたパトロンたちが、援助の継続を約束してくれたことだ。


「僕は覚えておいでですか、龍禍賢人りゅうかけんとヨナタン・エングラー殿」


 眼鏡の奥で、糸のように細い目をゆがめ、ニコニコと微笑む優男。

 彼のことは覚えている。


 民間における被災者救済団体の最大手。

 旧〝白の互助会〟。

 現〝秩序の光〟代表を務めている人物。


 龍災害に苦しむ人々を取りまとめ、パトロンたちとの橋渡しをするやり手の商人。

 私がおおやけに龍対策を行っているとすれば、彼は民間で同じことをしてきたのだ。

 だから、忘れるわけがない。


 男の名は――ギルベルト・メッサー。


 その彼が、用件を切り出す。


「旧代表のシュネーヴァイスさんがご帰還されたと聞き、挨拶をしたいと思っていたのですが、じつは会えずにおりまして」


 エンネアが姿を消してから互助会を引き継ぎ、今日まで盛り立ててきたのは彼である。

 確かに筋は通したいところだろう。

 ふむ……あとで彼女に声をかけておくか。


「それはともかくとして、エングラー殿。僕らは互いに龍から生き延びた身、無事に再会できましたのも何かの縁。今後も〝秩序の光〟をご贔屓ひいきいただければ……」

「そうは言うが、メッサー殿」

「ギルベルトで構いません、エングラー様」

「メッサー殿、国の援助金の内訳を見たところ、幾つか使途不明金が見られた。これを是正して貰わなければ、継続的な支援は難しい」


 一応の事実を口にすると。

 彼は、困ったように眉根を寄せた。

 人好きする顔立ちが、なんとも情けない様子で曇る。


「それは、全て被災者を助けるためになのです。奴隷に身をやつした人物を買い戻したりと、明記できない理由があり、曖昧な記述となっているのですよ」

「事情は勘案かんあんする」

「では、次からはもう少し致します。これで手を打っていただければ」


 ふむ……含むところのある物言いだが、なにを言いたいのか。

 敢えて反応をしないでいると、彼は察したように話の向きを変えてきた。


「ところで、龍の肉の流通について、すでに卸業者おろしぎょうしゃはお決まりですか? もしもまだでしたら――」


 被災者支援の第一人者して、各国を股にかける豪商ギルベルト・メッサー。

 口の達者な彼との商談は、随分と時間を要することになった。

 エルドの財政は逼迫ひっぱくしている。

 すり合わせを行い、互いに妥協点を探ることは必須だったのだ。

 それでも、間違いなくこれはよい話であった。


 朗報は他にもある。

 龍の脂から、薬効が見つかったのだ。


 龍の鱗を剥いでいる最中に怪我をした者がいた。

 これがたまさか皮下脂肪に傷をぶつけたのだが、たちどころに血が止まり、塞がってしまったという。

 今後の研究次第では、大いに役立ちそうであり、龍解体作戦第二号へ盛り込みたい内容であった。


 そうして、最後のよい報せ。

 各国から、認定作業部隊が到着したことだ。


 大量の荷馬車と従者、それに文官を引き連れるのは一騎当千の大剣豪達。

 災世断剣の名声に並ぶとも劣らない各国の勇士たちが、武具を持参でやってきてくれたのである。

 彼らの使命は鱗を剥がし、己が祖国へと持ち帰ることであるが――

 文官達、そして我々巨大龍災害対策機関には、まったく異なる仕事が待っていた。


 即ち、事務方同士の調整である。


「エングラー機関長殿。宿泊施設の手配は、エルド国がしてくださるのではありませんでしたか?」

「無論、こちらで準備をさせて戴きました」

「しかし、龍の近くにキャンプを張る陣営も」

「魔導国からは事前に打診があっただけです。言うまでもなく、〝森〟の危険はありますが」

「……作業時間や作業施設は公平ではないと?」

「不眠不休で行われても、こちらはいささかも構いません。と、申し上げている」

「なるほど、覚えておきまする」


 腹の探り合いは終わることなく、十五人目の使者をさばいたところで、私は疲れを自覚した。

 天を仰ぎ、細い息を吐き出す。

 これを見計らっていたかのように、誰もいなかったはずの背後から声が聞こえた。


「マスター、お茶をお持ちしました」


 振り向けば私の右腕副官が。

 無感情な顔をして立っている――

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