第六話 ティータイムに山積みの問題を
「ルルミか、助かる」
「当然のことです」
姓はない。
ただ、ルルミと呼ばれている。
夜の闇に溶けるような紫髪を両サイドで結った、顔と手に火傷の跡が残る年端のいかない娘。
彼女は災害孤児の一人であった。
行き場を失った彼女らを、せめてもの
正しかったのか、誤りだったのか、それすら判然としない。
ただ一つ言えることは、ルルミという少女がヨナタン・エングラーの戦いには必要不可欠であったという事実だ。
この国の暗部、私の刃として、彼女にはいくつもの仕事を任せてきた。
……それが、たまらなく不甲斐ない。
「キャンプについてのお話でしたか?」
「ああ、使者を相手にした小手先の権謀術数だ。わかりやすく翻訳してみせようか」
表情が変わらないだけで、その情緒は年齢相応なのだ。
「
「しかし、我が国の食事
「こちらとしても、外貨で潤うのだからそう取り計らいたいのが本音だ」
が、これを不平等と感じる者も、当然いる。
「初手例外としてエリシュオンが動いているのだからな、よい席を掠め取られたと皆考えるだろう。逆説的に言えば、取引さえすれば、もっとよい位置に案内されると思っているのだ」
「
「私の懐刀としての判断か?」
「マスターにお仕えすると決めたとき、私情は全て殺しました。嫌いというのは、危険ということです」
なるほど、頼れる部下である。
だが、どれほど感情を殺しても、それでも滲み出てくるものがあるからこそ人間。
彼女が無自覚に抱いた想念は、誰しもが生来持ち合わせる感覚。
それを、
「だから難しい」
「……理解しました。それで労働時間の無期限開放を?」
「察しがよくて助かる」
簡単なことなのだ。
移動距離や利便性に格差が出るのなら、制限を設けず鱗を剥いで構わないと通達すればよい。
「料理と椅子が離れているのならば、何度でも取りに行って構わないと告げれば解決する。パーティーの終了時間いっぱいまで居座ることを許可するとな」
「そういう話でしたか」
「うむ。この程度の話でしかない」
だから、所詮は小手先のことなのだ。
こんなものは、現場の判断で
重要なのは、もっと上にいる連中――パーティーの主催者たちの動向である。
「ルルミ、各国の作業状況はどうなっている」
「
「第一波としては、順調な滑り出しだな。横やりや
無論、油断はならない。
いつ他の大国が幅を利かせようとしてくるか、
そんなときのために、あらゆる国の動きを把握し、牽制しておかなければならない。
「能率の問題もある」
いかに勇士、大剣豪たちとはいえ、疲労はする。
どの国もローテーションを組んで作業に当たるはずだが、それにも限度があろう。
また、一騎当千の武人を我が国に派遣すれば、軍事力が一時的に減少することは明らかだ。
すべてのリソースを巨大龍に割くなど有り得ない。
……もっとも、こちらとしては兵力を吐き出させること自体が狙いなので、上手くいって欲しいところではあるが。
「兵士がいなければ、そもそも争いはできない、ということですか?」
「おおよそ当たりだ。意識の向きを変えてやるだけでも効果はある。さて、龍の鱗は100000以上。我々は剥離作業のサポートに当たる」
龍の全高は、概算で7000メルトルにも届く。
この超巨大物体の鱗を剥ぐとなれば、足場は必須。
材木などの資材は各国が持ち寄ってくれているが、いずれは巨大龍という
それまでには、寒冷対策として登山服や、保存食、ナビゲーターなども用意しなくてはならないだろう。
先遣隊を作り、
また、龍がアンデッドとして復活したときのことも考え、現場を隔離する手段や、この地――エルド王都で足止めする算段などもつけておく必要があるだろう。
各国へ助力を要請する手段、即座に軍隊を派遣できるようインフラを整える必要もある。
まったく、考えるべきことが山のようだ。
「……先日までのマスターが、戻ってきたように感じられます」
私の様子を見て、ルルミはそう言った。
ほんの少しだけ、嬉しそうに。
「そう、だな」
災害に怯えて暮らす民草を守ること、それこそが私たちの仕事だった。
避難経路の確保、租界地における就職の斡旋や居住施設の建築、食料の再分配。
なによりも龍を倒し、その被害を最小限に抑えるため、我々は力を尽くした。
だからこそ思う。
この数日、もしかすると私は気が緩んでいたのかも知れないと。
あれだけ陛下達には厳しくしてきたというのに、どこかで龍は死んでいるのだという油断があったのだろうと。
それを、ルルミは喜んでいるらしい。
気持ちはわかる。憧れとは、
「だが、夢は追わねば、決して叶うまい」
初志を新たにする。
何も終わっていないことを自覚する。
問題は山積みで、民草は過酷な日々を送っているのだ。
各国との諍いが完全に消滅したわけでもない。
それでもいま、未来が拓けようとしているのだから。
ここで計画を、
気合いを入れ直せ、ヨナタン・エングラー。
「窮地はチャンス、か」
「マスター?」
「……なんでもない」
「障害がありますなら、わたしが〝掃除〟しますが?」
「物騒なことを言うな」
懐刀は、ここぞと言うときまで抜かないからこそ意味があるのだ。
「……これは、失礼を。しかし、それではわたしの存在意義が」
「これまで通り補佐をしてくれ。龍災対で裏の裏まで話ができるのは、ルルミ、おまえだけだ」
「――はいっ」
ほんの少し、強く言葉を発した彼女を見遣り。
私は微笑んで、まだ熱いお茶へと口をつけた。
疲労が、熱の中で心地よく解けていくのを感じる。
願わくば、こんな日々が続けばよいのにと思ってしまう自分が、どこかにいた。
無論――そんな都合のいい願いは、早々に
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