第七話 龍鱗盗難事件
「
各国使節団の到着から、ひと月が経った頃である。
早速奇妙な問題が浮き彫りになった。
鱗の数が、少ないというのだ。
ルドガーを筆頭に、勇士達は日夜剥離作業に勤しんでくれている。
この剥がれた鱗は、いったんエルド王城へと集められ、その後作業の貢献度によって各国へと配当が行われる。
そのため、エルドを含む多くの国が、鱗の総数には常に目を光らせていた。
いたのだが……保管されているものと、実在する数に隔たりが起きていたというのだ。
「どこかの国がちょろまかしているのでしょうか。であれば、わたしが〝掃除〟してきますが」
「……発想が短絡的すぎる」
無表情のまま鼻息を荒くするルルミ。
彼女を抑えつつ考える。
龍の鱗の価値は計り知れない。
だからこそ、逆に換金が難しい。
また、各国の相互監視下で、一国が他を出し抜くというのは、いかにもリスクが高くメリットがない。
当然だろう。
鱗は剥いでさえしまえば、取り分として持ち帰ることができるのだ。
不当に奪う理由がない。
同盟に入れていない小国の仕業か。
あるいは民間で何者かが動いているのか。
どちらにしろ、
数え間違いであってくれるのが一番有り難いが……まずあり得まい。
「最も恐ろしい展開は、これを根拠に強国が攻め入ってくることだが」
それは、条約がある限り一応無視できる。
彼らの理性……というよりも、損得勘定には信頼が置けるからだ。
もちろん、争いは理屈を超えたところで
「まずは鱗だ。早急に手を打とう。巨大龍周辺からの運搬、そして集積所、分配所の監視を強化してくれ。それから、人員を多く割いて構わない、目撃証言を集めて欲しい」
「……! マスターのお考え、解りました。鱗は巨大ですから、持ち出したのなら必ず人の目につくはずだと?」
「察しがよくて助かる。何かに隠していたとしても、あの大きさなら印象に残るだろう。頼むぞルルミ」
「御意」
速やかに部屋を出て行く少女。
ここに来て、現場では龍鱗を解体できないことがいいように作用している。
細切れにできなければ、元の大きさで運ぶしかないのだ。
まったく、何が幸いするか解らない。
とにかく、私は関係各所との連絡に努めよう。
ここで関係性を悪化させてしまうのが一番問題であるだろうし、一触即発にでもなれば寿命が縮む。
具体な案を模索していると、冷や汗をかいたルルミが飛んで戻ってきた。
「今度は何事だ」
「それが……解体作業が、ストップしてしまいました」
「なぜだ?」
「……です」
「なに?」
「例の龍解体反対を叫ぶ一団が、座り込みをしているからです!」
§§
「龍の遺骸は
「龍とは神の摂理なり!」
「触れるべからず!」
「触れるべからず!」
「りゅーがーい、はいりょう!」
「りゅーがーい、はいりょう!」
赤黒い衣装に身を包み、旗を振りかざしながら声を張り上げる一団が、解体現場に座り込んでいた。
ちょうど、荷馬車などがやってくる入り口の部分であり、関係者達が困惑の表情を浮かべている。
私に気が付いたらしいルドガーが、たくましい腕をこちらへ振って見せた。
ルルミと頷き合い、迂回して彼の元へ向かう。
「なにが起きた、ルドガー」
「それは俺の方が聞きたいが……想像はつく」
先ほどまで解体に従事していたのだろう、ルドガーは上半身裸で汗を拭っていた。体付きが以前よりも屈強になっており、まだ成長過程にあるのかと驚く。さすがは大陸一の剣士だ。
その彼が、私の横に紫髪を認めると、口元をいやらしく吊り上げてみせた。
「よう、ヨナタンの右腕。どうだ、俺の肉体美は? 抱かれたいか?」
「…………」
「無言で短刀を抜く女は、好みだぜ?」
ルドガー。
「冗談だ。さて、あの連中」
彼の視線の先では未だ座り込みが続いており、十数人にまで数が膨れ上がっていた。
「既に
「龍骸教団?」
「調べるのは、それこそおまえさんたちの仕事だろう。前から奴らはチョロチョロしていたが、ここまで邪魔になるのは初めてだ。なんとかしてくれ。俺は、一休みして鱗剥がしに戻る」
肉体美を強調するように何度かポーズを決め、彼は満足したのか上着を羽織った。
なぜ脱いだのだ?
趣味か?
「まあいい。助かったぞルドガー。これは差し入れだ、栄養をつけておいてくれ」
「……あいつの作ったやつか」
「嫌そうな顔をするな。味は保障する」
「悪い方にな」
カボチャとニシンのパイを手渡し、私たちは苦笑を交わす。
しかし……教団というのは気になるな。
「ルルミ」
「は」
「彼らがいつごろ組織されたものか知りたい。どの程度の規模か、何を教義としているかもだ。急ぎ頼めるか?」
「無論。……内密にでしょうか」
「これは勘だが、危険な案件になるやもしれぬ。断ってくれてもよいが、おまえ自らに頼みたい。信がまことにおけるのは、ルルミだけだ」
「――やります。焼けたこの手をマスターが取ってくださったときより、雨よりも温かな雫をこぼしてくださったあのときより、身命を賭す覚悟は、既に」
こちらを見上げるルルミの瞳には、神妙さと懸命さが同居していた。
それが、幼さゆえの愛情に代替する感情であると理解しながらも。
私は今日まで、ルルミを利用してきた。
これからも、必要としている。
罪悪感を押し殺し、頼む。
「苦労をかけるな……行ってくれ」
「はっ!」
重たい口を開き、命令を発した瞬間、彼女は姿を消していた。
ルドガーが口笛を吹く。
彼の目を持ってしても、ルルミが消える瞬間が見えなかったのだろう。
さて、私はどうするか。
「ヨナタン・エングラー機関長。見つけましたよ。あいつらなんとかしてください、作業ができません!」
現場監督が、私を見つけるなり泣きついてきた。
各国の作業員達も、こちらに期待――とは名ばかりの「なんとかしろ」という視線を向けている。
……まったく。
「承知した。なんとか、しましょう」
大きくため息を吐き、私は謎の宗教団体――座り込みを続ける一派の元へと向かうのだった。
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