第八話 白き巨人

 端的にいえば、話が通じなかった。

 作業の邪魔になるので立ち退いて欲しいと告げれば、それはできないの一点張り。

 せめて移動してもらえないかと頭を下げれば、「自分たちは崇高すうこうな教祖様の意志に沿っているので、余人によってこの地を離れることは叶わない」と返答される。


 むべもないとはこのことだろう。

 対話の余地は皆無だった。

 相手が石ころの一つでも投げてこようなら、それを理由に軍警を動かすこともできるのだが、彼らは非暴力を貫いている。

 聞いてみると、この規模まで膨れ上がったのは今日が初めてらしい。

 確かに、以前姿を見かけたときはもっと少数だったし、邪魔と言うほどではなかった。


「代表はいないのか? その教祖様というのは?」


 この問い掛けも当然無意味で、まったくお手上げと言うほかない。

 が――巨大龍解体という国家間事業を停滞させるなどもってのほかだ。

 なんとかしなければならない。


 龍の身体は巨大であるから、別の箇所から解体から進めるか?

 あるいは、彼らの素性を調査して圧力を――

 などと、自分でも恐ろしいことを考え始めたとき。

 一つの悲鳴が、現場の雰囲気を一変させた。


龍牙兵りゅうがへいだ……! 龍牙兵が出たぞー!!!」


 ゾッと、全身が粟立つ。

 エンネアと再会した夜、出遭った怪異。

 疲労困憊だったとはいえ、ルドガーをして打つ手がなかった不死のバケモノ。

 龍牙兵。


 ……私は、おそらくクズと呼ばれる人種だ。

 一瞬、この場から逃げ出そうかと考えた。

 各国の代表達、龍鱗を剥がせる猛者達ならば、独力でなんとかできるだろうと。

 私など無用だろうと。


 しかし。

 脳裏を過るのは、友たちの顔。

 ルドガーが。

 エンネアの月の眼が。

 私に、覚悟を決めさせる。


 ここで逃げたなら、彼らに合わせる顔がない。

 私は、彼女たちと対等でありたいと願う。


 だから。

 歯を食いしばり、拳を握って、震える足で悲鳴が聞こえた方へと走り出した。

 途中、部下達が集まってくれたので、避難誘導と情報収集をするように指示を飛ばす。


 現場へ辿り着くと、すでに他国の剣士達が戦闘を始めていた。

 腕の爪から生えてきたのか、2~3体の龍牙兵が大暴れをしている。

 剣士達は善戦していたが、決定打に欠けるようだった。


「神聖魔術が有効だ! そいつらは、アンデッドであるから!」


 咄嗟とっさに叫ぶと、彼らは頷き、一人がプリーストを呼びに走った。

 持ちこたえることに専念した戦士達の切り替えは凄まじく、骨達の猛攻を凌ぎきるだけでなく、一歩も前へと進ませはしない。

 間違いない、一線級の英雄たちだ。

 どうやら、この場は大丈夫そうだなと、一つ息をつきかけ。


「待て。腕の爪から、生まれた?」


 悪寒が、脳髄を貫く。

 龍牙兵はこちら側の手の爪から生まれてきた。

 では、もう一方の手は?

 足の爪からは、なにも生まれないのか?


 考え至ったときには、もう足が動いていた。

 龍の体躯は、山脈のように巨大だ。

 反対側に辿り着くまで、地力では時間がかかりすぎる。

 周囲を見回す。

 乗り捨ててあった馬を徴発借用し、即座に跨がって駆け出す。


 全速力で龍体を半周。

 行き着いた先で目にしたのは――どうしようもない、絶望だった。


 ひしめくは、汚らわしい骨の群れ。

 カツン、コツンと互いの身体をぶつけながら。

 百体近い龍牙兵が、移動を開始していた。


 卒倒しなかったのは奇跡だったと思う。

 それ以上の恐怖が、意識を飛ばすことを許さなかった。


 こいつらを捨て置けばどうなる?


 考えるまでもない。怪異たちは周囲一帯に拡散し、殺戮の限りを尽くすだろう。

 ようやく再興が始まった村々を。

 あるいは王都と、そこに住まう人々を。


 しらせに戻らなくてはならない。

 救援を、呼ばなくては。


 震えの止まらない身体を理性で律し、私は馬へとムチを打つ。

 いななきがあがった。

 否、それは断末魔だった。


「がっ!?」


 突然のことに、理解が及ばない。

 馬上から振り落とされ、身体を強打した?

 なぜ?


 霞む視界に映るのは、焼き殺された馬の死骸。

 龍牙兵が魔法を使ったのか?

 違う、あれらにそのような機能はない。

 ならば、これは、で。


 そうか、私は策謀のひとつも見抜けぬほど腑抜けていたのか――


「ひっ」


 みっともない悲鳴が、己の口から漏れ出る。

 恐怖が脳裏を染め上げる。

 すべてのアンデッドが、いま、私を向いていた。


 爛々と輝く双眸、残虐な鬼火が、こちらを捉える。

 獲物を見つけた肉食獣がそうするように、群がゆっくりとやってくる。


 死だ。

 これ以上無いほどの、死の実感。

 絶望。


「……ふざ、けるな」


 衝撃で痺れた手足に、それでも力を入れる

 芋虫の如き遅々とした這いずり。

 無様で無意味極まりない逃走。


 ……否、否、否。

 私は、逃げるのではない。


「窮地は、チャンス。伝えるのだ」


 この危機を、皆に。


 そうだ。巨大龍は死に絶えた。

 人類は生き延びたのた。

 災厄に打ち勝った!


 だというのに、また誰かが惨劇のにえになるというのか?

 そんなことを、私は。

 ヨナタン・エングラーは、許すことができない。


 二度と、愛する友を失うようなことは、あって欲しくない!


 だから、前へと進む。

 数秒後には追いすがられ、無惨な挽き肉にされるとしても。

 ほんの少しでも前へと進み。

 届けとばかりに、絶叫する。


「龍牙兵が、ここにもいるぞ……!!!!」


 その声は、誰にも届かなかった。

 届かない、はずだった。

 けれど。


『――――!!!』


 いままさに、私へと襲いかかろうとしていたアンデッドたちが、一斉に空を見た。

 つられたように、私も見上げ。

 そうして目にしたのだ。


 白い流星を。


『――――』


 衝撃。

 爆風。

 吹き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がる。


 顔を跳ね上げる。

 信じられないものを見た。

 有り得ないことが起きた。


 空から振ってきた〝拳〟が。

 巨大龍の腕にも匹敵するが。

 百を超える龍牙兵を、すべて叩き潰して!


「よかった、間に合いましたね。『絶体絶命の主人公! ただし物語はまだ中盤』ということです」


 私は。

 よく聞き知った友の声を、そこで聞いたのだった。

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