第九話 埒外存在より、友を取り戻すために

 バリバリと紫電が走る。

 一瞬前まで存在した龍牙兵。

 これを叩き潰した巨大質量に、稲妻が絡んでいた。


 拳だ。


 天より振り下ろされた拳。

 見上げればそこに、〝巨大な人型〟が膝をついている。

 白い体色に、蒼いラインが走った巨人。

 スマートな甲冑を身につけたようなそれが、ただ存在している。


 反射的に、私は巨大龍へと視線を向けた。

 ちょうど龍の巨体が幸いして、反対側からはこちらの様子が見えていないはずだ。

 私に魔法を放った連中も、どうやら近くにはいないらしい。


 まるで、そんな考えを見て取ったように、巨人が頷く。

 と、同時に白い身体は、粒子となって消えさった。

 あとに残されたのは。


「――君と話がしたい」

「エンネア、なのか……?」


 白髪に、月色の瞳をした幼馴染みが。

 これまで一度も見せたことのない表情で、そこにいて。



§§



「巨大龍を倒したのは、おまえなのか?」


 直裁的な問い掛けに、〝それ〟は「肯定する」という短い答えを返した。

 事後処理を終えて、私は龍災害対策機関の地下にある秘密の部屋へとやってきていた。

 防諜設備を徹底した密談専用の場であり、この部屋で語られた内容はナッサウ王であっても知り得ない。


 そこに、私と〝それ〟だけがテーブル越しに向かい合っていた。


「どうやって倒した? おまえは何者だ? 味方か、敵か? そもそもどうして、エンネアの姿をしている? これまでの彼女は偽物だというのか? エンネア本人は無事なのか?」

「すべては話せない」

「なに?」

「……われは君たちと異なるものだ。よって、人間の言語ですべての問い掛けに対して十全な回答を用意できない。君が、もっとも重要視する問いはなんだ?」


 即答する。


「エンネアは無事なのか」

「彼女はこのとおり無事だ」

「おまえがエンネアだというのか?」

「正確を期すなら、吾はエンネア・シュネーヴァイスと同一空間上に存在しており、現在この身体を修復中にある」


 ブツリと、何かが切れる音が聞こえた。


「ふざけるな……ッ!!」


 怒鳴る。

 意味がわからなかった。

 彼女が無事だというのなら、こいつは何者だ? 修復中とはなんだ?

 どうでもいい。あまりにもどうでもいい。

 そんなことはどうだっていい!!


「エンネアを返せ! いますぐにッ!」


 らしくもない。

 冷静さを欠き、私は声を荒げ続ける。

 子どものように、駄々をこねるように、まるで泣き叫ぶように。


 だって、そうではないか?

 彼女がエンネアでないというのなら、これまで私がしてきたことはなんだったのだ……?

 幼馴染みの帰還を信じて。

 生きていることだけを心のよりどころとしてやってきたことは。

 これまでの全ては、なんだったのだ!?


 ルルミに。

 戦災孤児達を拾い、汚い仕事にまで従事させて私が守ってきたものは、いったい……。


「冷静になれ、ヨナタン・エングラー」

「黙れ!」


 と、叫び返したくなる己を、ぐっと律する。

 ……今必要なのは情報だ。

 エンネアの手がかりは、安否は、〝これ〟からしか知れないのだ。

 ならば、冷静になれ、ヨナタン。

 おまえの武器は、知恵であろうが。


「順を……順を追って、説明して欲しい。できるか?」

「可能だ。きみたちの用いるこよみで、七年前。私は、この個体と出逢った」


 〝それ〟は、思ったよりも冷静に応じてきた。

 七年前といえば……彼女が失踪した時期と一致する。

 巨大龍によって被害を受けている山麓の村を救うため、救援に向かって、そのまま姿を消した。

 ……まさか。


「エンネア・シュネーヴァイスは、世界を塗りつぶす破壊のことわり――君たちが巨大龍と呼ぶものと戦い、命を落とした。集落全体を逃がし、より脆弱な個体を庇うためにだ」


 ……ああ。

 そんなことだろうと思った。

 予想は、できていた。

 彼女なら、エンネアならば、自分よりも他人を優先しただろう。

 プライドでもなく、打算でもなく。

 自然に、誰かを助けようとしたはずだ。


「吾は、そのとき疑問を抱いた」

「疑問?」

「巨大龍とは絶対の破滅ルールだ。この個体もそれを理解していた。にもかかわらず、何故抗おうとしたのか。足手まといでしかない弱きものの身代わりとなろうとしたのか。エンネア・シュネーヴァイスだけならば、逃げ延びることも可能だったはずなのに」


 漠然とした違和感は、いまや確信に変わりつつあった。

 〝それ〟の言葉は、直接見たものの口からしか放たれない疑義だ。

 超然としていて、隔絶しすぎていて万全の理解は難しいが、それでも推し量ることはできる。


 私は訊ねる。

 エンネアが命を失ったとき、おまえはどこにいたのかと。


「吾はすぐ側にいた。君たちがテュポス山脈と呼ぶ座標は、かつて巨大龍であった場所。吾は300年前、龍を倒し、ともに眠りについた」


 導き出された仮説が証明される。

 私は固唾を呑み。

 震える声で、確認する。


「つまり、おまえが〝白き巨人〟なのか?」

「そうだ。君たちが伝承に伝える〝白き巨人〟。世界法則の更新を定めとする巨大龍への抑止力カウンターが吾だ。停滞者、と呼称する種族もいた」

「…………」

「エンネア・シュネーヴァイスの行動に対し、吾の理解はおよばなかった。よって、損壊激しかったこの肉体に同化することで、この個体を仮死状態とし、修復することを決めた。……知りたいと考えたからだ」


 この超存在が。

 白き巨人が、何故エンネアにこれほど執着しているのかは解らない。

 言っていることは理解できるが、それは酷く当然のことだからだ。


 それでも、私には責務があった。

 巨大龍災害対策機関の長として。

 ヨナタン・エングラー個人としても。


「おまえが白き巨人だというなら、巨大龍を倒したのもまたおまえなのか」

「そうだ。しかし、吾にはもはや力は残されていない。エンネア・シュネーヴァイスの修復と、彼女の願いを叶えるために使ってしまったからだ」


 彼女の願い?


「君を助けるということだ、ヨナタン・エングラー。既に二度、そのための力を使った。吾が力を行使できるのは、精々あと一度だろう」

「つまり、これまでの彼女は、おまえだったと言うことか?」

「正解であり、不正解でもある。エンネア・シュネーヴァイスの思考回路を用いて、吾が行動していたということだ」

「……おまえに、どうしても言わなければならないことがある」


 腹をくくる。

 龍を殺せるほどの埒外らちがいを向こうに回し。

 けれど、これだけは絶対に譲ってはならないのだから。


「エンネアを、返せ」


 私の、大切な友を、返せ!


「七年だ、七年も待ったのだ! 私たちに、彼女の両親に、エンネアを返してくれ!」


 血反吐を吐くような思いで懇願こんがんする。

 気を抜けば悔しくて涙が溢れそうになる。

 誰よりも人のために尽くしてきた彼女が、こんな理不尽な目に遭って言い訳がないのだ。

 だから、繰り返す。

 返してくれと。


 白き巨人はしばらくの間沈黙し。

 そして、言った。


「君たちの時間的尺度は理解している。しかし、エンネア・シュネーヴァイスの肉体と魂は深く傷ついており、いま吾と分離すれば即座に生命活動を停止してしまう。吾は、君たちを死なせるつもりはない。ゆえに、即応することは難しい」

「どういう意味だ?」

「巨大龍は、いずれアンデッド化する」

「……!」


 かつて立てた予想が、大それた存在によって肯定される。

 けれど、それはよほど悪い報せの、先触れに過ぎなかった。


「聞け、ヨナタン・エングラー。龍牙兵と同じように、各地には巨大龍が残した災禍の痕跡こんせきがいくつもある。これらは巨大龍本体が死に絶えたことで独自に行動を開始するだろう。吾にはもはや、そのすべてを停止する力はない。しかし、エンネア・シュネーヴァイスの意志を吾は尊重したい。残された力は、君たちのために使う」


 いい加減に混乱してきた。

 エンネアが口にする理解の及ばない例え話と、この超存在が語る言葉は、まるで相似形だ。

 つまり、解るようで解らない。

 いったい、どういう意味なのだ?


「すべての巨大龍災害を解決するのだ、ヨナタン・エングラー。そのとき、吾はエンネア・シュネーヴァイスへとあらゆるを受け渡し、肉体を返還すると誓おう」


 じつに迂遠うえんな言葉。

 だが、率直に理解すれば、次のようになる。


 エンネアを取り戻したいのなら、巨大龍を完全に滅ぼせと。


「……約束は、守って貰うぞ白き巨人」

「確約しよう」

「エンネアは、私が絶対に取り戻す! どんな手段を使ってもだ……!」


 誓う。

 己に、大切な友に。



§§



 このひと月後。

 私は、巨大龍への〝登山〟を決行していた――

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