第三章 巨大龍という名の霊峰に挑む

第一話 巨大龍登山隊発足

 私の行動指針は決まった。

 龍災害の完全排除だ。

 そのためには、国外への出向も当然考慮のうちに入ってくる。


 手段を選ぶつもりはない。

 是が非でもエンネアを取り戻す。

 〝あれ〟の言葉を全面的に信用したわけではないが、選択肢などそもそも私にはないのだ。


 ゆえに行動あるのみ。

 早速、災害視察の名目で他国へと向かおうとしたのだが、


「このままでは、かつてない厳冬が儂の国に訪れる。なんとかするのじゃ、ヨナタン・エングラー!」


 ……このように、大恩あるナッサウ陛下からご下命を受けてしまった以上、なんとかするしかない。


 解体現場では奇妙な事故が多発していると聞く。

 また、盗難も相次いでいると。

 龍骸教団の一件もある。

 しっかりとした地固めは必要だ。

 国内の問題を放置して、足下をすくわれるなど目も当てられない。


 であるからして、まず取り組むべきは日照不足の改善であった。


 巨大龍山脈によって陽光がかげり、結果として作物が育たない。

 これ自体が大問題ではあるが、各国との協議の結果、当面の食物事情に関して支援を取り付けることが出来ている。

 あくまで冬を越す余地が出来た程度の話ではあるが、この時間は貴重だ。


 よって、考えるべきは寒冷化だ。

 これからエルドは冬を迎える。

 日が陰ったままでは、いかに温暖なエルドでも地面が凍り付き、雪害の可能性も出てくる。

 事実として、すでに龍の最高点――山頂に当たる部分には冠雪が確認されているのだ。

 このまま冷えた大気が帝都へ雪崩れ込んでくれば、人命に関わるだろう。


「よって、王都の寒冷化抑止及び、今後の龍鱗剥ぎを円滑にするため、巨大龍山脈への登頂を敢行したい」

「マスター、関連性が見えません」


 ふるふると紫色の頭を横に振ってみせたのは、私の右腕であるルルミ。

 む、意図が伝わらないか?


「厳密に言おう。王都の気温上昇、日光を確保するため、龍の背中に〝反射鏡〟を取り付ける」

「――ん」


 普段からして無感情なルルミが、その火傷が残る顔を凍り付かせる。

 まだ伝わらないとは……もしかすると私は、白き巨人のことで冷静さを欠いているのかも知れない。

 自らを戒めつつ、より噛み砕く。


「鏡だ。日光を反射する魔法を施した軽い資材を並べ、王都に日の光を降らせる。これをもって、温暖化を為す」


 それから、今後の鱗剥ぎが円滑になるよう登山ルートを策定。

 可能ならば、山頂付近に中継基地――山小屋を建築したい。


「納得してもらえたか?」

「……マスター、大変失礼ながら、直言を」


 なんだ。


「少し、休まれた方がよいのではないでしょうか?」

「……そんなにか」

「そんなに、です」

「…………」


 どうやら、私はかなりおかしなことを口走っているらしい。

 むべなるかな。

 龍へ昇ろうなどと考えた人間は、有史以来一人としておるまい。

 それでも、やる必要があるからにはなんとかしなくてはならない。


「ルルミ、部下を使って構わん。人員と、登山に必要な道具を一式準備してくれ。メンバーには山登りに精通した者が数名欲しい。荷物持ちと、護衛もだ」

「イエス、マスター。必ず用意致します」


 命令に対しては一切の私情を挟むことなく首肯してみせる少女を見遣りつつ、私も腹をくくる。

 これより向かうのはまさしく前人未踏の地。


 龍の頂であるのだから。



§§



「防寒着なら任せてください! シュネーヴァイス家は代々中原でも寒い地方で暮らしてきました。例えるなら『雪国暮らしなので当然スキーが出来る! ただし雪は降らない』的な!」

「それは雪国ではないのでは?」


 というよりも、なんのつもりだ、白き巨人。

 私が龍に登攀とうはんする計画を、どこかで耳に挟んだらしい〝それ〟は、突如龍災対を訪ねてきて、このような奇行へと走った。


 理屈は解る。

 エンネアの実家ならば、登山の道具を用立てることは容易いだろう。

 また、峻険しゅんけんな山々を知悉ちしつした手合いも多いに違いない。

 いま〝それ〟が纏っている防寒着も、本を正せばシュネーヴァイス領の名産品だ。

 しかし、これはあくまでもエンネア・シュネーヴァイスのこと。

 おまえは、エンネアではない。


「あたしはエンネアですよー? まあ任せてください! お父さんとお母さんには、上手く交渉して見せます。代わりにですが、登山へ連れて行ってください」

「誰をだ」

「あたしをです」


 出来るわけがない!

 ……と、突っぱねることは容易い。


 しかし、今はどこも人手不足。

 登山に明るく、万が一の場合戦力になりそうな人材は必要不可欠だ。

 その点、〝これ〟は間違いない。

 なにせ、龍牙兵すらほふるのだから。

 致し方ない、使えるものは全て使う。繰り返すが、私に選択肢はないのである。


「了承をいただけたと判断しますね。では、どうか数日待っていてくださいヨナタン。このトライアル、絶対成功させましょう! おー!」


 と、勝手に盛り上がる〝それ〟。

 私はやれやれとため息を吐いた。


 まったく、先行きが不安である。

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