第二話 大陸諸王会談 ~龍の素材、売ります、買います~

 各国の王と、その代理人。

 そして諸侯が列席する会談は、極めて喧噪けんそうに満ちあふれたものとなった。

 なかには熟練の魔法使いを派遣し、遠見とおみの魔法で遠距離を繋ぎ、直接話を聞く王の姿も。


 エルドは中原の国だ。

 そこへ東西南北から王たちがやってくるわけだが、当然、良好な関係性の国ばかりではない。


 会場は、被災を間逃れた者の中で、最も大きく豪奢なものにし、各人の配置にも気を遣った。

 ゆえに、どれほど険悪な国家間感情を抱いていても、即座に刃傷沙汰にんじょうざたとはならないはず……だったのだが。


 人間、欲には目がくらむものである。


「再三指摘しているとおり、巨大龍に致命傷を与えたのは我らトレネダ帝國である!」

「同じく再三再四繰り返すが、論拠ろんきょを示されたい」

「タルカス共和国には魔法ノロイの専門家が多い。巨大龍の解析は、本国が行うことこそ正しいと断ずる!」

「そのノロイがほぼ通用しなかったのではないか。それに、魔法の第一人者はエリシュオン魔導国であろうが」

「なに!?」


 会議は踊る、されど進まず。

 喧々囂々けんけんごうごう侃々諤々かんかんがくがく

 己の利権を、ただひたすら声高に訴える周辺諸国の王たち。

 一方で、我が国の諸侯達も黙ってはいない。


「我が領土は龍によって蹂躙された。これは国の管理問題である。必然保証金が払われるものと信ずる」

「巨大龍の移動経路とは無関係であるが、諸国の被害によって当方の領地では馬匹ばひつが不足している。優先的に回していただければ、国土の修復に全力を尽くす所存しょぞんだ」

「待て。ならば食料をまずはこちらへ回して貰いたい。我が家の妻は共和国に遠縁がいるし……聞いた話では、あの龍は食えるそうではないか。しかも不老長寿のおまけ付きと」

「不老長寿だと!」

「そんなものはどうでもいい、龍の鱗を譲渡してもらおう!」


 ここまでくると最早収拾がつかず、各人が己の主義主張を絶叫するだけのお粗末なお遊戯会と成り果てる。

 一致団結して問題へ当たるなど夢のまた夢。

 捨て置けば戦争にすら発展しかけない。


 我が国喫緊きっきんの課題。

 冬を前にした食糧問題解決のため、諸国との輸入緩和政策についてなども議題にあったが、このままでは俎上そじょうに上げることすらままならないだろう。

 私は大きくため息を吐き、隣の悪友をうかがった。

 彼は酷く嫌そうな顔をした後、


「恐れながら、ひとつ。我が盟友に発言の機会を与えて頂きたい」


 よく通る声で、そう告げた。

 大陸一の剣士、ルドガー・ハイネマンの言葉となれば、誰もが耳を傾けるしかなく、いっとき会場が静まりかえる。

 この機を逃すまいと私は挙手し、誰かがとがめる前に議題の誘導を図った。


「提案なのですが、龍の素材を諸国で買い取って貰う、ということはできませんか?」


 当然帰って来るであろう罵詈雑言に身構えた私だったが、実際に訪れたのは静寂だった。

 誰もが、重苦しい表情で押し黙っている。

 どうやら、この話題が出るところまでは察していたらしい。

 ならばチャンスだ。

 私はナッサウ王へと視線で許可を求め、首肯されたのを確認して、話を続ける。


「龍の鱗は、あらゆる伝説級の武具の材料となります。同じく龍の肉は、万病を癒やす薬となるでしょう。巨大龍がエルドの領土で死に絶えたという事実は、どうあっても動きませぬ。となれば、我らはこれを活用したいと考えます」

「それについてだが、我は述べたいことがある」


 真紅のマントを身につけた壮年男性が、金色の王錫おうしゃくを持ち上げる。

 トレネダ帝國の長、ヴァリキア・デル・トレネダ帝であった。


「茶番にはいささか飽きた。単刀直入に申すが、エルド国は、龍を売り渡す用意があるのだな? 独占するつもりはないと?」


 もちろんだと答える。

 現状、既に持て余しているのだ。

 周辺諸国、そして諸侯の協力無しには、あれの解体を続けることすらままならない。

 すると、帝は一度頷き。


「では、本質的な話をしよう。言うまでもなく、これはこの場に居合わせたすべてのものに、帝國より正式な発言として告げるものである」


 記録係が、慌てて筆に墨をつける。

 ヴァリキア帝は、たっぷりとした間を取ったあと、威厳に満ちた声で、こう告げた。


「金貨6億枚」


 それは。


「我が国が見定めた、龍鱗1枚の値段である。はっきり申すが――これを物理的に用立てられる国は、どれほどあるのだ?」

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