第二章 龍の素材で国が傾く

第一話 龍の鱗、龍の肉

 積層せきそうオリハルコン重魔じゅうま合金装甲。

 ――龍の鱗は、そうとしか呼べない代物だった。


 神代かみよの時代に曰く、あらゆる武具をはじき返す、〝世界そのものエーギス〟と呼ばれた盾があった。

 この鱗は、まさしくその盾を再現したに等しいものだと、鍛冶師は語る。

 武具としての価値は計り知れず。

 素材としても、尋常ではない有用性を示している。


 オリハルコンは現存数が極めて少ない伝説的な鉱物だ。

 魔力をく伝導し、衝撃を受け流し、斬撃にも強い。

 刃にすれば軽く、万物を切り裂き。

 防具とすれば、魔法、武術を問わず防ぎきる。


 建築材に用いれば、千年不変の橋を架けることもできるだろう。

 触媒としても万能で、各種魔法反応を促進し、ポーションの大量製作、スクロールの焼き増しなどにも使用できる。

 魔法研究の先進国たるエリシュオン魔導国など、喉から手が出るほどにほしがるはずだ。


 おかげで、鍛冶街は現在大わらわとなっている。

 老練の魔法鍛冶師マジックスミスから見習いまで、上を下への大騒動。

 当然だろう、ほとんど幻とされていた素材が持ち込まれ、自由に解析していいと言われたのなら、学者でなくともそうなる。

 さらにそれが、予想以上の価値を秘めていたのなら、なおさらに。


 総じて、巨大龍の遺骸は、金鉱脈を超えるこの国の財産であると言えた。

 鱗は垂涎すいぜんの的。

 試験的に切り出された肉も、また同じくだ。


「300年前の伝承から、解ったことが一つ」

「聞かせてみよ、ヨナタン」


 陛下から直々に問われ、私は答える。


「龍肉には、不老長寿の効果があります」

「なんと」


 目を見開く王。

 何かを勘違いされたらしかったので、慌てて注釈を添える。


「ただし、一度に多量を摂取すると死に至るとされています。また、正確には滋養強壮じようきょうそう効果というべきものでした」

「……なに?」

「適量ならば体力を回復させる長寿の薬。あるいは万病を癒やすエリクサー。しかし、食べ過ぎれば強い回復作用で逆に身体が崩壊します」


 だが、良薬口に苦しのたとえもある。

 適切に運用すれば名薬であることは間違いないのだ。


「あの巨体です。精肉できれば食糧問題、ひいては医療問題解決の一助となるかと」

「その適量、というのは、どの程度じゃ」

「それが……」

「それが?」

「解りませぬ」


 正直に答えると、陛下はあんぐりと口を開き。


「いますぐ調べてこぬか大馬鹿者! なんとかせい!」

「なんとか、いたします……!」


 かくて私は謁見の間を追い出され、龍肉の適量を調べる仕事を任されることとなったのだった。



§§



「災難だったな」

「おまえほどではない」


 急増された試験場で、切り分けた龍の肉――龍解体作戦第二号によって切り出された肉であった――を一口大に焼きながら、私はむすりと返事をした。


 そう言うなと笑い、悪友は手籠てかごを一つ差し出してくる。


「陣中見舞いだ。龍災対のメンツに配ってやってくれ」

「相変わらず、気が利くことだな」


 中身をあらためると、山盛りのフィッシュアンドチップス、そして葡萄酒が詰め込まれていた。

 このご時世に揚げ物など、極めて贅沢品である。

 つまり、これらを工面できたことこそ、ルドガーの立ち位置を端的に証明していた。


 彼は今、父親である辺境伯から帰還の命を受けていた。

 同時に、ナッサウ王からは王都に留まり、龍被害の終息へと尽力するように仰せつかっている。

 王も、辺境伯も、互いに譲るつもりはないらしく、彼は板挟みに遭っており、結果として陛下はルドガーの買収へと動いた。

 その身辺に可能な限りの優遇処置をするとしたのだ。


「なんで、いまのところ俺はこっちに残ってる。面白いからな」

「引く手あまたではないか。噂では、他国からも勧誘をうけていると聞いたが? 千人隊長の地位だったか」

「耳が早いな……帝國の連中だよ。この国から力あるものを引き抜きたいのさ。ヨナタンも注意することだ。いや……警戒すべきは、エリシュオン魔導国のほうか。世界中でいま、一番おまえさんを欲しているのはの国だろうからな」


 確かにそうだろう、エリシュオンは現在、少しでも多くの専門家を欲しているはずだ。なにせ、国土の危機は変わらずにあるのだから。


 しかし、私を必要としているのはこの国だ。

 全霊を尽くすべきなのも、この国だ。

 エルドに……エンネアが生きる国に、私はすべてを捧げる。


「それよりも、だ。懸念事項が、三つある」

「言ってみろ。俺とおまえさんの仲だろう」

「ひとつ、おまえが抜け駆けしたこと」

「……告白一つできない意気地無しにつきやってやるほど、俺は悠長じゃないぜ?」


 それはそうだろう。

 子どもの頃から続く暗黙の了解。

 どちらがエンネアにちょっかいを書けても、言いっこなし。


 初めて会ったときから、俺たちは二人ともエンネアにかれていた。

 真っ直ぐで、おそれを知らない彼女が、酷く儚く見えたから。


「今のは忘れてくれ。ふたつめ……この龍肉」


 目前の肉塊を指し示すと、途端にルドガーは天を仰いだ。

 彼は額に手を当てると、大げさにため息を吐き。


「自分のことじゃねぇのかよ」


 と、呆れの混じった言葉を吐き出す。

 当たり前だ。


「すべては国、民草のためだろう」

「それは建前だろう。よりよい暮らし、幸せになりたいという願望。酒、飯、金、地位、名誉、そして女! これが本音でない人間がいるか!?」


 ここにいるだろうが。


「おまえさんのようなやつのことを、灯台もと暗しっていうんだよ」

「どういう意味だ」

「……いい。続けろ。俺をとがめる度胸が残っていただけ、よしとしておいてやる」


 釈然としないものの、懸念を打ち明けることをこの場では優先した。


「龍の肉を、いきなり人間に食わせるわけにはいかん。だからまずは、豚に少量ずつ与えている」

「豚だって一財産だろうが」

「しかし、人と同じ程度の大きさと重さがあり、経過を観察できいる対象となれば、選択肢は少ない」


 ある程度体重が近くないと、効能に差が出るかも知れないのだから、ここは厳密にやっていきたい。


「腹案もあるにはあるが……モンスターを捕まえてきて、無用な怪我人を増やすわけにもいかぬだろう」

「それはそうだ」


 うんうんと頷いてみせる悪友。

 私は話を前に進める。


「それで、だいたいだが毒性が出る量は解った」

「ほう。いくらだ」

「生なら一日0.5キロル。よく火を通せば、1キロルまで、豚は死ななかった。火を通したものを1キロル食べさせれば、病にかかって死の床にあった豚が、走って回れるまでに回復した」

「妙薬と言いたいが……問題があるのか?」

「想定される龍肉の総量は180キロルトルンだ」

「――は?」


「だから、1800000キロルだと言っている」


「はあああああああああああああああああああ!?」


 悪友が白目をむきかけて、なんとか戻ってくる。

 続いたのは罵声。


「そんなもん、一国で消費できる量ではないだろう!?」


 周囲の視線が集中するが、適当に手を振って散らす。

 彼の発言はもっともだ。

 いくら龍の肉が腐らないとはいえ、180キロルトルンの肉を処理するとなれば、現在の人口では無理がある。

 保存場所だって問題だ。


「当然、諸外国へと輸出することで金に換えたいと思うのが人情だ」

「国家の運営としても、それが正しいだろうな」


 そこで、三つ目の懸念事項が浮上する。


「ちょうどいい、ルドガー。数日後、各国の代表を招いて会談が行われる。おまえも参加してくれれば心強い」

「何について話すつもりだ?」


 知れたことだと、私は口元を歪めた。


「龍鱗と龍肉、誰なら買い取れるかという話をするのさ」

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