第三話 重たい金額(物理)

 銅貨が100枚で、銀貨1枚。

 銀貨が100枚で、金貨1枚。


 黒パンが1つ、銅貨3枚。

 山羊の肉が1キロル銀貨2枚。

 全身鎧が金貨80枚。


 民草の一般的な年収は、金貨24枚で。

 兵士ならば金貨700枚。

 王ともなれば、小国である我が国でも金貨24億枚が年間、税を除いて懐に入る。


 ……ということをわざわざ口にすれば、金貨6億枚というのが、どれほど異常な数字か解るだろう。

 ただ1枚の鱗と、国家元首の四半期分の給金が同じなのである。


「いいや、問題の本筋はそこじゃないぜ」


 悪友の耳打ちに、私は逃避していた事実を直視せざるを得なくなった。

 覇王と呼ばれる軍事国家の主ヴァリキア帝へと、恐れながら視線を向け、訊ねる。


「まことに失礼ながら」

「許す、述べよ」

「……帝國には6億金貨、というものが、存在しますか……?」

「どういう意味だ」

「金貨6億に相当する貨幣か、宝物が存在するかと儂の家臣は問うておる」


 有り難いことに、ナッサウ王が言葉を貸してくださった。

 陛下に一度頭を下げ、覇王帝へと視線を戻すと、彼は大きく首を横に振る。


「ミスリル貨幣というものがある。記念硬貨で、金貨1000枚の価値がある。が、そこまでだ。実際に対価を払うとなれば、必要分の金貨か財宝との交換になるであろう」


 これが、どれほど深刻な問題であるか解らない者は、この場にいなかった。

 ただただ、重たい沈黙だけが横たわっていた。


 金貨100枚が、おおよそ3キロル。

 龍の鱗が金貨6億枚相当。

 単純計算で、1.8キロルトルン。

 龍の遺骸、その百分の一ほどの重さになってしまう。


 この途方もない重さの金を輸送する。

 それだけで大仕事だ。


 王の月収は、なにも現金で支払われているわけではない。権利や貴金属、土地などを含めたものの総額である。

 だから、これほどの金銭が物理的に移動するという事態は、これまで国家間のやりとりでもなかったはずなのだ。

 繰り返すが、僅か鱗1枚の――10万枚以上ある鱗のうち、1枚だけの話である。


「……懸念事項は、それだけではあるまい、ヨナタン・エングラー」


 口を開いたのは、これまで沈黙を守っていた諸王の一人。

 遠見の魔法、その彼方から、こちらを見詰める偉大なりし魔導王。

 エリシュオン魔導国が長、トワニカ・エル・エリシュオン女王陛下その人だった。


「話してみよヨナタン。余は赦す」


 〝魔氷絶心まひょうぜっしん〟――氷の魔女と怖れられる彼女の、紫のルージュで彩られた厚ぼったい唇が開き、私の名を再度呼ぶ。

 彼女は水色の髪をそっと掻き上げると、私へと重力を伴った視線を注ぐ。

 可能ならば目を背けてしまいたかったが、今はできない。

 肯定する。


「我々の社会は魔法、武力、既存権益、領地と領民によって成り立っています。これを、社会経済と呼ぶのですが」


 そんなことは解っていると、どこかの貴族がヤジを飛ばした。

 だが、ある程度の共通認識は必要だ。

 くじけけることなく続ける。


「もしも龍の鱗を周辺国の皆様と金銭を持って取り引きするならば――」

「経済が破綻するのだな、ヨナタン・エングラー?」

「……はい、魔導王陛下」


 できるだけ、簡素に首肯した。

 なぜならばそれは、事実に過ぎなかったからだ。

 そうして、次の単語がこの場の全員へと与える影響は、遙かに大きく重たいものだと、私は知っていた。

 ゆえに重たく、慎重に告げる。

 それだけが、私に可能な配慮だったから。


――圧倒的な外部資本の投入による自国貨幣の高騰、税収、物価の暴落、そして……市場の崩壊。世界を巻き込んだ経済的な巨大龍災害。このままではこれが、近い未来に起こりえます」


 この経済危機、どう乗り切る?

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