第四話 世界恐慌を未然に防ぎ、三竦みを実現する
「いつ、魔導国に根回しをしたんだ?」
数日後。
龍解体部隊の相談役に就任したルドガーを訪ねると。
彼は部下へと龍鱗の剥がしかたを教える片手間で、私にそのような問いを投げてきた。
なんのことやら……と惚けようとしたが、その強い眼差しが沈黙を許さない。
観念して、ゆるゆると首を振る。
「はじめからグルだった……といえば、納得するか?」
「外交が上手なのはどっちだって? まったく……とはいえこれは、魔導王陛下の横恋慕か?」
否定はしない。
ずいぶん昔にお会いしたときから、彼女は私を必要としてくださった。
近衛として自国に招き、研究費用もすべて用立てるとまで仰ったが……私にしてみれば、この国への未練の方が大きかったのだ。
「色男は辛いな。実際はエンネアのことで気が気ではなかっただけだろう」
「重ねて否定はしない。だが、魔導王陛下のおかげで話は早くまとまった」
「世界恐慌を理解するおつむが諸王にあったことを俺は感謝したいね」
「まったくだ」
そう、あれから会議は空転を辞めた。
議論は進み、最終的に我が国は、各国と条約を結ぶことに成功したのである。
即ち――
巨大龍災害援助条約
1、龍の素材(鱗、肉、骨、その他)を、各国に分配する。
2、この分配は、各国の協力に比例するものとする。
3、即ち、我が国は各国の作業部隊を認定し、この入国を受け容れ、活動を受容する。
4、我が国は各国の監査団を受け容れ、作業と報酬の監査を許可する。
5、各国は龍災害に対して、相互に協力を約束する。
6、上項に反しない限り、各国は我が国に対して、恒久的な災害復興援助を行うことを確約するものとする。
――というものだ。
簡単に言うと、周辺諸国は作業員を我が国へと派遣し、自由に龍を解体してよい。解体した資源を持ち帰ることも許すし、そのための滞在を認める。
代わりに、我が国が再建するまであらゆる援助の手を惜しまないことと定めたわけである。
「次善の手ではあるな。金銀財宝との引き換えができない以上は、労働力を出すのが無難だ。手弁当にはなるが、見返りも大きい」
「ああ、これならば経済が崩壊することもない。我が国が一方的に儲かるわけではないが、長期的な支援を期待できる」
加えて言えば、災害復興援助の名目で食料の輸入、龍肉との交換も条件として提示することが出来た。
小麦を筆頭とした穀物が壊滅的打撃を受けているエルドとしては、この確保が急務であったから、ひとまずは責任者としての用件を果たせたと言える。
「だが、解っているのか、おまえさんは?」
ルドガーの問い掛け。
彼の危惧する内容は予測できた。
「龍の鱗と肉を与えることで、諸国が軍事力を増大させるのではないかと考えているのだろう?」
「そこまで解っていて、どうしてこれを受容した?」
「他に世界恐慌を防ぐ手段があったのなら、教えてほしいものだ」
「おまえさんは嘘つきだ。腹案の一つぐらい、あったのだろう」
……全くなかったと言えば、確かに嘘つきの
「信用による取り引きならば、可能ではあっただろう」
「というと?」
「なんでもいい。金や銀よりも軽い素材――紙などを貨幣の代わりにするのだ」
「出来るか?」
不可能ではない。
例えば、〝誓約〟という魔法がある。
これは互いが取り決めた事柄に拘束力を持たせる魔法だ。
約束を違えれば最悪、死に至る。
「紙切れ1枚が、龍の鱗1枚に相当する、そういう信用の元に取り引きをするという訳か。だが……」
ルドガーの懸念はもっともだった。
その信用とは、いつまで持つものか。
「契約を結んだ当人達が死んだ後、誰が魔法を引き継ぐ? 王の子か? 有力貴族か? あるいは」
「あるいは、民か。読めたぜ。民草が価値を信用しないのならば、そもそも契約には至れないって事だな?」
悪友の言葉が全てであった。
龍の鱗と同価値だったものがだ。
そんなもの、どこの国が認めるというのか。
「いまよりも円熟した市場経済の元であるなら、この取り引きも成立するのだろう。しかし、現在の私たちには無理だ。誰もが物わかりのよいわけではない」
「つまり、相手に花を持たせて
そう、捨てるほどある龍の鱗などくれてやればいい。
恒久的な復興支援と、急場を
なによりも、龍の鱗は、即座に価値が発生するものではないのだ。
「どういう意味だ?」
「ルドガー、内密にしたい」
「心得た。おい、ちょっと離れていろ」
彼が命じると、解体部隊の隊員たちは即座に敬礼をとり、別の場所へと移っていく。
まったく、ほぼ指示系統は掌握できてしまっているらしい。
「そう眉間に皺を寄せるな。それで、どんな話だ?」
「……鍛冶街から上がってきた情報なのだが、オリハルコン他多数の稀少金属を含む龍鱗を加工しようと思えば、半年ほど不眠不休で
「つまり、
さすがは災世断剣だ。
私程度が思いつくことなど、即座に理解してみせる。
そう、今回のことで各国は、保有量にこそ違いは出るだろうが龍素材を持つことになる。
すべての国が平等にだ。
こうなれば、どこの国も神話級の武具、魔法の触媒を手に入れる。時間はかかるが、間違いなく全ての国が手にするだろう。
結果、なにが起きる?
「全滅戦争もあり得るな。だが、だからこそ互いに手を出せない」
「そういうわけだ、ルドガー。簡易的だが、これを相互不可侵条約とする。ここまでやって、ようやく一息、なんとか窮地を脱した」
まさしく、窮地はチャンスであった。
例えば、一国が龍素材を奪い取ろうと
しかし、当然他の国は独占されることが面白くないので、これを阻む。
新たな火種になりそうだが、現状では龍の遺骸はすべて我が国にあるので、空取引による戦争となる。
そんなもの、如何なる
馬鹿らしい上に、身を切る出費が多すぎるからだ。
初めにたてた目的が達成できない戦争など、やる前から負けているのと同義なのである。
「つまりは、我が国の安全が優先される。ナッサウ陛下も、よくぞこれを採択してくださった。万一のときは、首を差し出すつもりだったが……」
「よせよ。その時首を切るのは俺だぞ? しかし、見事だぜ。よく考えたものだ」
「じつは……私ひとりの考えではない」
ん? と悪友が首をかしげる。
「エンネアにでも頼ったか? あいつなら、このぐらいは思いつきそうなものだが――」
「魔導王陛下が、内密に接触してきた。魔導国に優先的な
「……デカい貸しだぞ、それは」
解っている。
それでも、他に頼る相手がいなかったのも事実だ。
あのままでは、経済が破綻するか、国が滅ぶかだったのだから。
「何はともあれ、各国は今や味方だ。ティルトーに並ぶ名剣と担い手も派遣され、飛躍的に龍の解体は進むだろう」
「やはり俺の目に狂いはなかったな。おまえさんは、エルドに必要な人材だよ、ヨナタン。あとはもう少し、女に執着でも持てば……」
と、珍しく手放しで褒めてくる悪友。
居心地の悪い思いをしていると、遠くから奇妙な喧噪が聞こえてきた。
ハッと顔を見合わせる。
もしや、龍牙兵ではないか?
あの夜から今のところ発生した形跡はないが、突発的に生じても不思議ではない。
ルドガーは即座に訓練を中断、臨戦態勢に移行するよう厳命すると、私と二人、外へと走り出した。
そうして、私たちが目にしたのは――
「
「触れれば祟りが来るぞ! 龍骸さまは生きておられるのだ……!」
赤黒い衣装を身に纏った一団が、旗を振りながら龍の前で抗議の声を上げる。
そんな、理解の追いつかない光景だった。
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