第九話 いま、鱗を剥がすとき

 準備を整えた私たちは、馬車に乗り込み巨大龍を目指していた。

 万が一、龍牙兵が現れないとも限らないので、ナッサウ王からは名うての兵士……といっても残存戦力だが……を借り受けている。

 ついでに興味があるからと、エンネアも同行していた。


 それを見たルルミが、


「ところであの処女雪ヴァージンスノウのような方、マスターのなんなのですか。随分と仲よさげでしたが?」


 などと、無表情の極みじみた顔で訊ねてくるものだから、説明に苦慮くりょした。

 旧来の友人、龍牙兵を倒した女傑じょけつ、七年間行方不明だった幼馴染み。

 どれも曖昧模糊あいまいもことして、信用に値しない言葉ばかりである。

 なので、


「大切な仲間だ。おまえ達と同じようにな」


 そう、返答する。

 しばらく彼女は納得いかない様子でこちらを見詰めていたが、やがて「そうですか。大切ですか」とつぶやき、不問にしてくれた。


 ……それが切っ掛けだったわけではない。

 しかし、あの夜のことが気になった私は、エンネアへと問いを投げていた。


「部下に説明したい。どうやって龍牙兵を倒したんだ?」

「簡単です。こう、ズバーっと」


 いや、ズバーっと、ではない。

 だが……彼女は頓珍漢エンネアだった。エンネアに変わりないことが、解った。

 先日の豹変ひょうへんも、何か理由があったのだろう。

 己をそう――逃避だとしても無理矢理に――納得させる。

 

「具体的に説明してくれ。曲がりなりにも龍の一部だぞ?」

「そう言われても、この短剣ならば切れるのです」


 言って、彼女は懐から何かを取りだした。

 全体は白く、青いラインが走っている。

 短剣と言われなければ解らないほど刀身は短く、鍔の方が広い。

 とても刃物としての用をなしそうにない、儀礼的な代物。


白力の閃剣デュナミスパークル太古の魔法エンシェント・スペルで織られた神聖兵装。具体的に言えば、『神様が作った最強武器! ただし燃料不在の欠陥品』です」


 まったく具体的ではない。

 しかし彼女は、できると断言した。

 事実としてあの夜、私たちはエンネアに救われたのだ。


「身のこなしは、どこで習ったんだ?」

「七年の間に」


 はぐらかしたいわけではなさそうなので、さらに問いを重ねる。


「それで」

「デュナミスパークル」

「デュナミスパークルで、鱗は剥げるか?」

「いまは無理ですね」

「なぜだ?」

「まだ、刃が短いですし。鱗、大きい。これ、短い。届かない、ワカリマスカ?」

「なにゆえ片言で……」


 とはいえ、端的な言葉だからこそ説得力も強かった。

 なるほど、どれほどよく切れる刃物でも、人間一枚分もある鱗を皮から剥がし取るとなれば困難か。

 仮にできるとしても、途方もない時間が必要だと。


「〝強い祈り〟を繋いでいければ、切れ味も刃渡りも変わってくるのですが」

「魔法剣のようなものか? 大気中から魔力を集め、同時に魔法を付与するという……ふむ。ならば予定通り、ルドガーに任せるしかないか」

「これがうまくいったら、どうするつもりです?」

「……地道な方法しかないだろう」


 ため息をひとつ吐いたとき、馬車が止まった。

 目的地に到着したのだ。


 下車すると、そそり立つ壁が見えた。

 巨大龍。

 その赤黒い肌が、世界を隔てる断崖の如く、視界を埋め尽くしている。


「一番槍の誉れ、貰っておくか」


 同じように下車したルドガーが、鞘で肩を叩く。

 他の者たちは周囲を警戒。

 龍牙兵がいないか、他に魔物モンスターの姿はないかと目を光らせる。

 確認を追えた旨を受けて、私はルドガーへと視線を向けた。


 彼は鷹揚おうように頷くと、巨大龍へと歩み寄る。

 龍の膨大な魔力が作用しているからか、付近は異様な熱気に包まれており、奇妙な気流すら発生していた。

 その渦中へと歩み入りながら、ルドガーは抜剣。

 鱗へと、手を添える。


「熱いな。そして、分厚い。一息にやるしかねーぞ」

「頼む」

「任せろと言った。『一剣いっけんすなわ万剣ばんけん。万剣、即ち一剣。万象は一より始まり、一に収斂しゅうれんする。聖剣、起動!』」


 それなるは詠唱。

 己の限界を超えて力を解放する攻勢魔法。

 剣身に任意の術式――此度こたび対魔法アンチ・スペルを込めて放つ渾身の一撃。

 ルドガーの筋肉が隆起りゅうきし、総身が二回りも大きくなった。

 同時に、剣へと魔力がみなぎる。


「『妙剣解放――災禍を断ち切る一撃ぞ、いま!』」


 〝災世断剣〟の二つ名にふさわしい魔力が、ティルトーへと集束。

 高密度の紫電まりょくが跳ね回り、その余波で束ねられた彼の髪が弾け、大きく広がる。


 強力無双ごうりきむそうとなったルドガーは。

 裂帛れっぱくの気合いとともに、ティルトーを龍鱗の隙間へと突き立てて――


「うるるるるぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 戦士の雄叫び。

 めきり、めきりと、肉と鱗を剥がしているとは到底思えない異音をかなでながら刃が進む。

 そして。

 そして――


 ゴドン。


 人ほどもある巨大な鱗が、地面へと、落ちた。

 全員が、重く息をつき。

 小さく、拳を握った。


 成功したのだ。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 部下達の間から上がる喝采かっさい

 当然だ、この八年、誰一人として龍に傷をつけた者はいなかった。

 これは、人類が巨大龍へと与えた、有史以来初めての傷なのだ。

 感極まるな、と言う方が無理であった。


「どんなもんだ。……と言いたいが、こりゃあ人手がいるぞ」


 精も根も尽き果てたといった表情で。

 ほどけて顔にかかった長髪を掻き上げながら、悪友がこちらへと笑いかける。


「いや、よくぞやってくれた。前例があるだけで、随分助かる」


 鱗の下から覗いたのは、龍の肉。

 それは酷く生々しく、とても死んでいるとは思えない。


「ルルミ」

「イエス、マスター」


 小柄な副官が龍へと歩み寄る。

 懐から抜き放った白刃が、龍の肉へと突き立てられた。

 研ぎ澄まされたルルミの刃は、しかしその一刀で駄目になる。

 それでも。


「この通り、鱗を剥げば、肉は切れることが証明された」


 僅かにだが切り取られる龍の肉。

 私は宣言する。


「龍解体作戦第一号、成功だ……!」



§§



 巨大龍災害の収束へと向けて、私たちは大きな一歩を踏み出した。

 だが同時に、さらなる問題を抱えることとなってしまう。


 剥ぎ取った鱗を、検分けんぶんのため鍛冶師街へと持ち込んだのだが。

 その詳細を分析していた鍛冶屋は、鱗の構造を理解するなり、椅子から転がり落ちて悲鳴を上げた。

 何事かと駆け寄ると、彼は真っ青な顔で。


「こ、こいつはオリハルコン鉱石の多層構造なんてものじゃねぇ。古の時代に失われた希少金属、宝石、未知の何かの堆積物でさ!」


 つまり?


「これひとつで、国が買えるってコトですよ……!」


 ……この財産、どう処分する?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る