第四話 アンデッド龍牙兵、大暴れ!

 アンデッド化。


 強い魔力に曝露ばくろされた死体で、極めて稀に起こる現象。

 死した骸が動き出し、兇猛きょうもうな排他的衝動に突き動かされて、周囲の動くもの全てを殺戮さつりくする。

 もしこれが龍に起きたとしたなら、否が応でも人類存亡の戦は、第2幕を開けてしまう。

 今度は殺すことも叶わない、巨大質量との果てなき殺し合いがだ。


 そんな恐ろしいこと、到底看過できない。

 私とルドガーは、事の真相を知るために町中を駆けていた。


 酔い潰れた者たちを除き、多くの民草が恐慌を来しながら逃げ惑っている。

 何かが暴れているのは間違いない。

 それも、龍が倒れている方角からやってきているのだ。

 しかし。


「龍なら、巨体がとっくに見えている」


 見上げれば、陽光を遮る威容がある。

 龍は動いてはいない。

 ではなにが、これほどまでに人々を惑乱させているのか。

 その答えは、すぐ明らかになった。


 ――骨だ。


 悪夢のような光景である。

 竜骨の形をしたバケモノが、暴れていた。


 肉も、皮もない、けれど爪牙を持つ小型の龍。

 人よりも頭二つ分ほど大きな、しかし小さな龍。

 それが一体ではなく、六体もいた。


「おいおいおい。ヨナタン先生、ありゃあ、まさか」

「――――」

「気絶するな。目を覚ませ!」

「――っと。ああ、おまえの推測が当たりだ、ルドガー。龍牙兵りゅうがへいで、間違いない」


 龍牙兵。

 龍の牙に魔力を込めて作られる使い魔の類い。

 戦闘力は、人よりもよほど強い。

 そんなものが町中で暴れているのなら、この混乱も頷ける。

 だが、同時に疑問も浮かぶ。


 龍牙兵は魔法使いなどが、人為的に作成する使い魔だ。

 それが、どうしてここにいる?

 無論、巨大龍と無関係とは思えない。

 同じ疑問に到達したのだろう、悪友が腰の剣へと手をかけつつ、こちらへと問い掛けてきた。


「あれは、誰かが作ったものか?」

「いや……」


 恐怖に蝕まれる頭脳で、しかし私は推論を導く。


「おそらくだが、龍の全身にはまだ、魔力が満ちている」

「そいつがあふれ出して、勝手に牙を変異させたってのか? 面白い、つくづく埒外らちがいだな」

「押さえ込めるか」

「やってみよう。時間稼ぎは得意だ」


 辺境伯の息子にして、当代最高峰の剣士。

 災いを断ち切る凄烈なる剣士――〝災世断剣〟と誉れ高い悪友が、猿叫えんきょうを挙げて駆け出す。


 龍牙兵が応じた刹那、その身体が霞んで消えた。

 同時に、雷霆らいていのごとき一閃。

 抜き放たれ、振り下ろされた刃が、アンデッドを肩口から大きく切り裂く。

 切り飛ばされた肋骨が宙に舞った。


 僅か一撃で龍の骨を割り砕くか。なんたる剣速、なんたる剛剣。さすがは大陸最強の剣士!

 しかし、友の表情は苦渋によって支配されていた。


「……だからは嫌いなんだ」


 彼の手に握られていた剣が、傍目にも解るほど酷く刃こぼれしていたのである。

 そうか、ルドガーの凄絶な剣技、そして膨大な魔力にかりそめの武器では耐えられないのか。

 もしも龍との戦いで、彼が愛用の武具を失っていなければ勝ちの目もあったかも知れない。


 されど、いまは厳しい。

 なにせ骨を切り落とされた龍牙兵は、痛みを覚えたそぶりもなく、即座に反撃を仕掛けてきたからだ。

 悪友は呻きながらも、刃へと魔力を流して、なんとか応戦する。


 私はその間、民たちの避難を手伝う。

 こめかみを滑り落ちる冷や汗は止まらない。

 口の中はカラカラに渇き、油断すれば叫びだしそうな恐怖へと支配されそうになる。


 このままでは間違いなく、大規模な被害が出る。

 彼奴らをここで押しとどめなければならないが、その具体的な方法が思いつかない。


停滞ていたいたる氷よ!」


 剣技に合わせ、ルドガーが圧縮言語を用いて氷雪系ひょうせつけいの魔法を発動。

 骨の足を凍結させ、一瞬身体の自由を奪い、


「裂き砕く雷閃よ!」


 刃を、雷のごとき速度で、脳天へと振り下ろす。

 同時に、背後から迫っていた骨へと、火球の魔法を投げつける。

 だが。


「頭を割っても止まらないか……ヨナタン! なんとかしろ!」

「なんとかとは」

「なんとかはなんとかだ! 俺が生きているうちに考えてくれ」


 戸惑っている暇など無いことは、明らかだった。

 骨を断たれ、脚を折られ、頭を砕かれてなお、不死のバケモノは動き続ける。

 いかにルドガーが精強でも、じり貧になるのは目に見えていた。

 つまり、彼の余力があるうちに、知恵を絞り出すしかない。

 思いつく方法は……ひとつ!


「ルドガー、ここを任せる」

「任された。生き延びたらいい酒をおごれよ」


 すべてを察した様子で鼻を鳴らす悪友。

 信頼が重いが、対策は浮かんだ。

 神聖魔法だ。


 これが龍であれば、如何なる魔法も意味をなさない。

 堅牢な鱗と、膨大な魔力があらゆる武威ぶいを受け付けないからだ。

 だが、相手は骨。所詮しょせん、骨。死霊に属するものアンデッドに過ぎない。


 プリーストたちが使う、古き神々の力を宿した魔法――神聖魔法ならば、浄化し消し去ることも可能なはず。

 思いついてみればシンプルでこれしかないと思える答えだ。

 ゆえに、私は救援を呼ぶため走り出そうとして、


「すまん、ルドガー」

「気でも変わったか、怖じ気づいたなら切っ先を喰らわしてやるが」

「囲まれた」

「――――」


 武人としての悪友が戦慄する。

 骨。

 そう、相手は骨なのだ。

 生気など、あるわけもない。

 つまり……気配もなく周囲を取り囲むことなどたやすい。


 気が付けば私たち二人だけが、龍牙兵に包囲されていた。


 カタカタと顎をならしながら、間合いを狭めてくる六体の骨。

 尋常ならざる力を宿した魔物。

 こちらには対抗手段がなく。


「……つまらねぇな。せっかく生き延びたってのに」

「諦めるな」

「妙策が?」

「……ある。窮地はチャンスだ」


 悪友が太い笑みを浮かべて、剣を握り直す。

 私があると言ったからだ。この男は、そういうやつなのだ。しゃに構え、女癖が悪く、気取っているが――いつだって私に命を預けてくれる。


 だから、諦めない。

 考えを止めない。

 これ以上、大切なものたちを失いたくはないから。せっかく、龍災害を乗り越えたのだから。


 死霊とはいえ、骨という器があるのが龍牙兵だ。

 ならば、砕いてしまえばどうか。

 中核となる骨――即ち、竜骨を。


 超えるべき艱難辛苦は多い。

 ルドガーの剣は本来の威力を持たず、竜骨を砕くほどの威力を発揮するためには正式な詠唱が不可欠。

 包囲網は厚く、突破は困難。

 必要なのは時間。


 導き出される結論は……私自身を時間稼ぎに使うこと。


 逃げてばかりの人生だったが、命の使いどころを誤るほど愚かではありたくない。

 人をこき使ってばかりの私と、大陸最強の剣士。

 後に残すべき命がどちらかなど、あまりに明快だった。


「来るぞ!」


 覚悟を決める。

 悪くない人生だったと、口の端を吊り上げ恐怖を誤魔化す。


「ヨナタン、なにを!?」


 一斉にこちらへと飛びかかってくる龍牙兵の前へと、私は飛び出した。

 歯を食いしばる。

 目は閉じない。できるだけ多くを引きつけるために。

 私は、最後の一瞬まで思考を続け――


せて!」


 誰かの叫びを聞き、ルドガーが私を引きずり倒した。

 刹那、白い光が、またたいて。


『――――』


 龍牙兵たちが、骨を鳴らすことをやめる。

 その身体が、ずるりと斜めに傾斜し、地面へと崩れ落ちた。

 龍骨――最も重要な部分の骨が、焼き切られていたからだ。


 六体、全ての死霊が崩れ落ち、動かなくなった。

 あとには、代わりに。


「窮地はチャンス! 己の意志で夜を歩みきれば、きっと朝日は昇るもの。つまり――」


 一人の、背の高い女性が立っていた。

 抜けるように白い肌、細く長い首。

 火蜥蜴の革でできたタイトな防寒服に身を包み、耳当てイヤーマフをはめたその人は、輝く短剣を握りしめていた。


 白雪のような髪が揺れ、黄金の瞳が煌めく。

 まばゆい光のような、その美しい女性は。


「あたしたちが、希望なのです!」


 強い笑みで、私たちに笑いかけて見せる。


「にはははは、ただいまヨナタン。ルドガーも!」


 永遠白き可憐なる華。

 エンネア・シュネーヴァイス。

 行方不明だった幼馴染みが、七年前と何も変わらない姿で、そこに立っていた。

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