第五話 巨大龍、解体すべし!
「この大仕事が終わったら、儂は退位する」
ナッサウ王の言葉を、一同は重く受け止めた。
王宮でのことである。
先日起きた、龍牙兵騒動について聞き及んだ陛下は、己の不明を恥じた。
誰にも予想などつかないことであったが、戦に勝ったあとの高揚感に身を任せていた自らを猛省されたのだ。
結果として、陛下は己が最後の仕事を、ある一点に定められた。
即ち――
「巨大龍、解体すべし!」
となれば、その方法を策定するのが私の仕事だ。
これまでもそうしてきた。
そしてこれが、仕事納めとなる。
もはや未練などないが、腑抜けなりに仕事をやり遂げよう。
「ヨナタン・エングラー巨大龍災害対策機関長に問う。龍の身体、まずはどこから手をつければよい?」
「はっ……龍の総身は、強固な鱗によって覆われております。これは、魔法剣の一撃、極大魔法ですら跳ね返す尋常ならざる強度を誇ります」
「して? その鱗を切り裂く術はあるのか?」
王の問い掛けに。
私は、深く頭を垂れて正直に答えた。
「ございません」
「なっ」
「……こちらにお持ちしろ」
絶句する陛下から一度視線を切り、背後に控えていた部下へと指示を送る。
私の右腕である、紫髪の少女。
彼女が運んできたものを見て、王は首をかしげられた。
「それはなんじゃ?」
「龍と我が国の戦い〝リオ市防衛戦〟において、千を越える魔法が龍の巨体、その一カ所に集中するという奇跡がありました」
「ほう」
「そのとき、僅かに剥がれ落ちた龍鱗の……薄皮です」
「うす、かわ」
「ルドガー」
「おう、まかせろ」
陛下は戸惑った様子だったが、見てもらうのが一番わかりやすいだろう。
第一、そのために用意したものなのだから。
台座の上に置かれた龍鱗の薄膜。
その前に立ち、ルドガーは剣の柄へと手をかける。
「御免」と無礼を謝罪しながら抜剣、大上段に剣を振りかぶり、振り下ろす。
この大陸でも最強に近しい戦士たるルドガーの。
満身の力を込めた
見ているだけで背筋が粟立つ凄絶な一撃だ。
しかし、鱗は。
「――馬鹿な。魔法剣が、ありえぬ……!」
有り得ないことなど、この世には有り得ない。
その証明として、鱗は僅かたりとも傷つかなかった。
それどころか、嫌の音を立てて、刀身こそが砕け散る。
それなりの名剣を用意したつもりだったが、無意味だったらしい。
ため息を一つ。
目を見開いているままの陛下へと、ありのままを伝える。
「この通り。ルドガー・ハイネマン
「では、どうすればよいというのだ!? なすすべもなく、龍がアンデッド化するのを、スタンピードが起きるのを見守れというのか!? なんとかせよ、なんとかしてみせよ――ヨナタン・エングラー!」
陛下の統治者としての焦燥の言葉に。
私は、最大の誠実さで答える。
「なんとか、いたしましょう。窮地はチャンス、打つ手はございます」
「それはなにか!」
「はい」
私は答えた。
「龍の鱗を、
§§
謁見の場に集まっていた者たちがざわめいた。
当たり前だ。
巨大龍の鱗を剥いだ者など、この中には誰もいない。
否、現代に生きるものは、ひとりとして経験したことなどないだろう。
「鱗が切れない以上、剥がしてしまうよりほかありません。幸い、癒着部は鱗ほどの強度はないと解っております。剣に比べ、魔法への耐性もいささか低い。もしもルドガーが万全であり、魔法剣を使えたのなら」
「むぅ、可能性はあると」
「はっ。ですが……いま実験したとおり、並の刃物では鱗と皮の癒着部分すら断てません。魔法を宿す耐久力も不足します。つまり、なんらかの名刀宝剣が必要かと存じます」
「龍の鱗は、一枚が人間の身体と同じほどの大きさであったな? 加えて、ハイネマンの
首肯を返せば、陛下はしばらく思案した後、不機嫌そうに私とルドガーを指差した。
「相応の刃物を用立てるために、そちら、儂を試したな?」
さすが、この災害を乗り越えた
暗君では、やはりない。
「平にご容赦を」
「よい、必要だと解るわい。血と肉がある限り流から魔力は消えぬ。鱗がある限り、肉を切ることは適わない。ならば鱗を剥ぐことが第一、そういうことじゃな?」
「ご賢察の通りです」
「それで、どの程度の武具が必要なのじゃ?」
「できれば、オリハルコンに劣らぬ魔力と切れ味を帯びた、伝説の武器。もしくはこれに準ずるものであれば」
「……大臣。我が宝物庫に、相応の武具は残っておるか?」
君主として苦渋を飲み込んだ陛下は、大臣へと問い掛けられたが、残念なことに答えは「否」だった。
龍を討伐するため、あらかたの武器は使い果たしてしまったのだから仕方がない。
「繰り返すが、鱗を剥がずに解体する術はないのじゃな?」
「先ほど御覧戴いたものがすべてです」
「むむむ」
ナッサウ王は呻き、天を仰いで、それから大臣へと再び視線を向けた。
二人はしばらくの間、小声で会話を続け。
やがて陛下が、私へと顔を向けられた。
「この議案については、ヨナタン・エングラー、貴様に一任する。名案を思いつき次第報告せよ。可能な限りの
当然、陛下にかかる負担、職務は山のようにあった。
私が占有できるわけではない。
この場で処理すべき議題、その中で喫緊のものは龍の解体。
そして。
「使者、じゃと?」
王は意外そうな声を上げたあと、はたと正気に戻られる。
どうやら脅威に長くさらされていたあまり、この世界には自分の国しかないのだと思い込んでいたらしい。
実際のところ、エルド国は大陸に数多ある国家の一つだ。
当然、他国との
龍の王都接近で滞っていたものの、これとて陛下にとっては重大な責務。
果たして戴かなければ困る。
私は大臣を見遣る。
大臣も心得たものと頷き、王へと下知を仰ぐ。
「使者と、お会いになりますか?」
「どこから来ておるのじゃ」
「南はタルカス共和国、北はトレネダ帝國、西はエリシュオン魔導国。国内の貴族や、被災者たちの代表からも、随分と」
「気分ではない。気分ではないが、聞かねばならんじゃろうな。同じく龍の被害を受けた者たちなのじゃから」
老王は大きく息を吐き出し、謁見を許した。
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