第98話 15-5.


 突入部隊との会話の途中で通常戦闘服姿の701師団の普通科隊員達が事務所に突入してきて、気絶しているヤクザ達の搬出で混み合ってきた為、入れ替わりに四季と瑛花は階下に逃れた。

 組事務所の入ったビルの前は、横浜市街では滅多に見られないUNDASNの高機動車や3トン半中型輸送トラック等のOD色の軍用車両で埋め尽くされていて、ふたりはその間を縫って道向かいの自動販売機の前で足を止め、ペットボトルの麦茶を買った。

「ふう! 冷たくておいし! 」

「やっぱ、暑いな、このカッコ」

 ふたり言い合いながら喉を潤していると、一帯を封鎖していた県警のパトカーの赤色灯の向こうから、背の高いスーツ姿の男がゆっくりと近付いてきた。

「鏡原」

「おう、坂崎、お疲れ」

 四季が手を上げて微笑む姿を見て、瑛花はその男の正体に、ピンと来た。

 病院で通信していた相手と同じ苗字。

 ひょっとして彼が、四季の?

「終わったのか? かなり派手にやったようだが? 怪我はないのか? 」

 駒門の701師団から出た『お迎え』の37式中トラックの荷台へ放り込まれているヤクザ達を振り返りながら、坂崎と呼ばれた男が心配そうな口調で言った。

「私達は大丈夫……、って言うか、面倒かけちまってすまない、正明」

 四季が両手を顔の前で合わせて拝むのを見て、瑛花は先刻の自分の勘が当たっていたことを知った。

 四季が自然に、彼をファーストネームで呼んだからだ。

「責任と後始末は私の領分だ。外務省には取り敢えず、捨て届けだけど通達済みなんだ、たぶん今頃国連局から警察庁に連絡が入っていると思う」

「そんなの構わん。別に、恨み言を言いにきた訳じゃないさ」

 正明は笑いながら両手を顔の前で振った。

「元々、UNDASN基本条約と作戦行動許諾条約で日本政府が持っている第1次捜査権も、UNDASN施設及び人員への直接的テロ行為と作戦行動妨害に関しては、これを放棄する、ってなってるしな。まあ、ちょいと強引だが今回の事件をテロと看做せば、これもコンプライアンスにゃ違反しないさ」

「でも、そっちの手柄を取っちまったみたいでさ……」

 身体を縮めて声を落とす四季を、瑛花は化け物を見るような目付きで凝視した。

 ああ言えばこう言うを常に地で行く、生意気な後輩だった筈なのに。

 いやまあ、元より優しすぎるくらいに周囲への配慮が行き届いている娘だったのだけれど。

「いいんだよ、そんなこと。たまたま先に、実行犯を県警が確保しただけのことさ。それより聞きたいのは」

 正明は少し声を潜めた。

「港青光興業解散って……、そりゃ、警視庁や県警の組対(組織犯罪対策本部、他府県警における捜査4課)も大喜びだが……。実際、与党の大物との関係もあって、メスを入れるのが難しかったのは確かだ。そこを外圧で解いてくれたのは助かったんだが、具体的にはどうするんだ? 普通に考えれば、看板だけ外して他の系列組織が元港青光の構成員を匿う、なんてことになると結果は変わらないわけだしな」

 瑛花もそれは気になっていた。

 池本代議士とは与党国連経済政策調整部会を通じて顔見知りだった瑛花が今回の件の渡りをつけたのだが~裏で、ヒューストンの国際部長が懇意にしている首相辺りに直接話を捻じ込んでもくれていた~、最終的に港青光興業をどうするのかは、四季は最後まで教えようとはしなかった。

「ええと……。あんまり気持ちのいい方法じゃねえんだけど……」

 四季は言い難そうにそう言うと、口を閉ざしてふたりの顔を交互に見たが、許してくれそうにもないと思ったのか諦めて話し始めた。

「いわゆる、『懲罰大隊』行き、だな」

「『懲罰大隊』? 」

 瑛花と正明が異口同音に声を上げたのに、四季は頷いて見せる。

「表向きじゃ地球の平和と人類の未来を守る、銀河系の恒久平和を確立するとか大層なことを言ってても、UNDASNだって所詮軍隊、表もあれば裏もある。裏では情報戦や非合法活動とかもやってるし、軍事機密……、これまでの『国軍』と違って敵国との情報戦ってことじゃなくて、UNDASNの持つ最先端科学技術が、地球上の一国家やテロ組織、民需技術等へ流出することを防止する必要もある。だけど、地球の連邦化まで長期間を要する今の国際情勢では、全てをキレイに片付けることはできない。……これはUNDASNの外部に対してもそうだし、内部での犯罪や抗争にも、時には非合法に対処するしかない場合もある。軍事法廷では裁けないような、汚いドロドロ、下手すりゃ今の微妙にしてセンシティヴな国際関係に影響を与えかねない、とかの政治的判断で、ね……。今、厭戦気分の高まりつつある地球上のシビリアンに知らせられない、そんな汚い裏側を……」

 四季の美しい横顔は、自己嫌悪で歪んでいた。

「そんな『UNDASNやUNに対し害となる、だけど合法的に対処できない』邪魔者を、表面上は合法的に、実際は強制的にUNDASN兵員として志願させ、戦死率の高い最前線や任務に就かせて『口封じ』する。その為に、書類の上だけで編成された部隊。編成国/地域コード”99”、部隊ナンバー”00”、正体不明の、まるで鵺みたいな、あり得ない部隊。それが統幕軍務局情報部直轄『9900特殊師団』。この師団には2つの大隊しかないんだ。ひとつは、地球本星でのテロや誘拐、脅迫等、犯罪者の手の届かない場所で時期が来るまで被害者を保護する為の『保護大隊』。主に反UN系国家や反UN過激派、マフィア等に狙われている政治家や科学者、官僚とその家族の為の、保護プログラム」

 正明が、掠れた声で後を続けた。

「そしてもうひとつが『懲罰大隊』か。法律で裁けないような犯罪者を、戦死という形で処罰する為の部隊……」

 四季は、こくん、と頷いた。

「あのヤクザ達は、懲罰大隊行きになる。2、3名づつに分かれて、ミイーケやドットといった、一番危険な最前線へ、死んでこいとばかりに放り出される。ロクな装備も持たされず、ロクでもない任務をデッチ上げられて、ね」

 手に持ったペットボトルをクシャリ、と握り潰した四季の顔が、背後の自販機の灯りに浮かび上がった。

「こんな話、法曹界に生きている正明には納得できないだろうな。いくら今は法務省から警察庁へ出向している身だとは言え、な。私だって、判ってる。昔はお前と一緒に働きたいって思ってたんだもの」

 瑛花は思った。

 若い青春の日々、四季は恐らく、この坂崎正明という男と並び立ち、このシャバで、共に人生を歩んでいきたい、そんな夢を胸に抱いていたのだろう、と。

 けれど、それは。

「こんな方法、許される訳ないんだ。判ってる。判ってるんだよ、私……。だけど……、だけど……」

 まるで、泣いているようだった。

 それはきっと、一緒に法曹界を目指し、正明は今、そこで生きていて、けれど四季は何らかの理由で並び立つことができず、挙句、彼の職務への誇りを否定するような手管を使ってしまった自分への断罪を下しているように思っているのだろう。

「だけど私、許せなかった。……どんなに泣いて喚いて叫んでも消せなかった暗い過去を、何年も何年も、長い、長い時間を苦しみながら乗り切り、漸く掴んだ幸せを……、下らない面子と少しの食い扶持、それだけの為に銃弾で奪おうとしたあいつらが……」

 アマンダと陽介を銃弾で引き裂こうとしたヤクザ達への怒り以上に、四季は、ふたりをそんな運命に、職務とは言えども追いやってしまった自分自身を責めているのだろう。

 ひょっとしたら、アマンダ達より先に幸せを掴んでしまったことにすら、彼女は罪悪感を覚えているのかもしれない。

 自分自身を置き去りにしてまで、それでも周囲の人々のために怒り、悲しみ、涙を零す生意気な筈の後輩をこれ以上見ていられなくなって、瑛花は、自分の足元をみつめて肩を震わせる四季を、そっと、抱き締めた。

「いいのよ、四季。アンタのせいじゃない、アンタが悪いんじゃない。仕方がない、って言葉はね? こんな時にこそ、使うものなの」

「先輩……」

 瑛花の胸に顔を埋めて、子供のように嗚咽を漏らす四季を、瑛花は抱き締めながら、ゆっくりと、いつまでも、背中を撫で続けた。

 ふと、正明と視線が合った。

 彼は、ふ、と微笑むと軽く頭を下げ、煙草を咥えてゆっくりと背を向けた。

 あ、この男なら四季のこと、任せても良いかな?

 不意に、そう思った。


「あ、アミー、志保」

 ICUのガラス張りの向こうでジャニスの口が、そう動いた。

 ジャニスはベッド脇の丸椅子から立ち上がり、ICUから出て、部屋の前にやってきたアマンダを伴った志保の傍に来て肩を並べた。

「どお? さっぱりした? 」

 アマンダはコクン、と頷きつつも、その視線は真っ直ぐに、ガラスの向こうで酸素マスクをあてがわれて眼を閉じている陽介に注がれていた。

「さっき先生がいらっしゃったところなの。今のところ容態は安定しているって」

 そこまで言ってジャニスは、やはり心配そうな表情でガラスの向こうをみつめている志保に視線を移す。

「志保もありがとね、着替えとか」

 事件発生を聞いて、居ても立ってもいられずに焦燥ばかりが募っていた志保に、ジャニスからの連絡が入ったのが2000時フタマルマルマル過ぎ。

 アマンダの着替えをお願いと言われて病院に駆けつけて、まるで朽木のようにボロボロの姿を見て息を呑んだ。

 ジャニスから事情を耳打ちされて、シャワールームを病院に行って使わせてもらい、その間、アマンダが妙な気を起こさないかとずっと注意を払っていたが、どうやら大丈夫そうだと判断してここまで連れてきたのだった。

「ううん、いいの」

 志保はそう言った後、アマンダの顔を覗き込み、優しく囁いた。

「沢村一尉、行ってあげなさいな」

 アマンダは無言で頷き、ドアに歩み寄り、アルコール消毒をしてマスクをつけた。

 引き戸に手を掛けた彼女は、忘れ物でも思い出したようにふと動きを止め、ふたりを振り返った。

「ええと……、ジャニス、明石」

「? 」

 ふたりがアマンダの顔を見ると、彼女は視線を外し、おずおずと言葉を継いだ。

「アタシが……、その、こんなで、ほんと……、ご、ごめん」

 ペコリ、と頭を下げるアマンダに、ふたりは揃って眼を丸くしてしまった。

「あ、謝ってすむことじゃねえってことくらい、判ってる。だけど……」

 ジャニスがアマンダの言葉を遮ろうと口を開きかけた瞬間、先に志保が声を発した。

「似合わないことするんじゃないわ、アミー」

 唇を噛み締め、不安げな眼差しを向けたアマンダに、志保は普段通りを装って、クールな口調で言葉を継いだ。

「貴女とセンター長、凸凹コンビは、結構見てて面白いカップルだって思ってたのに、貴女が急に良い子になっちゃったら、つまらないじゃない。いつも通り、ふてぶてしく睨みを利かせて、時々悪役っぽくニヤッて笑ってなさい! 」

 それから不意に力を抜いて、優しげに微笑み、そっと呟いた。

「センター長はね? きっと、そんな貴女が大好きなんだから」

 アマンダはプイッとそっぽを向くようにふたりに背を向け、ドアを開けながらボソリと言った。

「……うっせ」

 黒髪の間からちらりと見えた耳朶が、真っ赤に染まっていた。

 ガラスの向こう、ベッド脇にアマンダが腰を下ろしたのを見届けて、志保はふぅっ、と吐息を落としてガラスに背を向けた。

「さ、私達も戻りましょ」

「え? 」

 驚くジャニスに背を向けたまま、志保はずんずんエレベーターホールに向かって歩く。

「もう、センター長までこんなじゃ、明日からどうやって業務を遂行すればいいのよ、ほんとに。統括も行方不明で捕まらないし、ああ、今夜は徹夜かも」

 独り言のようにぶつぶつボヤきながら歩いていると、背中でジャニスのクスッと笑う声が聞こえて、続いて後を追う足音がついてきた。

「ねえ、志保? 」

 エレベーターの前で追いつき、志保と肩を並べたジャニスは、頭上の階数表示を見上げながら、さりげなさを装いながら、言った。

「貴女、さっき……。『アミー』って呼んだでしょ? 」

 瞬間的に、頬が赤く染まったのが判った。

「お、憶えてないわ」

 同じく階数表示を見上げながら、何気ない様子を装う志保を見て見ぬ振りで、ジャニスは言った。

「呼んだわ」

「忘れたって」

 チン、とチープな音がして扉が開くと、志保は逃げるように無人のケージへ駆け込む。

 ジャニスも続いて乗り込み、志保の背後に立った。

 1階のボタンを押そうと右手を上げた志保を、ジャニスの両手が背後から回ってきて、ふわ、と抱き締められた。

「ちょ、ジャニス……? 」

 ドアが閉まり、ふたりきりの密室に、ジャニスの涙声が響いた。

「貴女だって辛いでしょうに、なのに……。本当、優しいひとね」

「私は別に、優しくなんかないわよ。……でも」 

 ぶっきら棒にそう答え、しかし志保は、胸の前で繋がれたジャニスの手に、自分の掌を重ねた。

「優しい貴女が友達で……、良かったわ」

 どこかのフロアで呼ばれたのか、立ち尽くすふたりの身体に軽いGがかかった。


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